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歌舞伎の本

図夢歌舞伎「忠臣蔵」第4回(七段目)、第5回(九段目、十一段目)、写真絵本「仮名手本忠臣蔵 由良之助とおかる勘平」

2007zumukabuki_20200721212201 図夢歌舞伎4.5回の完結編です。第1回(大序~三段目)・第2回(四段目)第3回(五、六段目)もご覧ください。 

 図夢歌舞伎「忠臣蔵」第4回七段目「祇園一力茶屋の場」

幸四郎の平右衛門は初見です。由良之助と兼ねるわけにはいかないので、前半の放蕩や三人侍や九太夫とのあれこれはカット。事前にTwitterでみたてを募集していましたが、どうやってと思ったら、平右衛門と猿弥人形で。3題披露されましたが、思った以上に「うまい!」という内容で、感心しました。

この忠臣蔵でいろいろな役をやっている幸四郎さんですが、平右衛門はなかなかいいです。身分は低く、あまり賢くなさそうだけどまっすぐで優しい平右衛門。ここまできたら、前回の勘平も(猿之助がやってくれたのはもちろんうれしいんだけど)見たかったかも。運命に翻弄される悲劇の幸さんて好きなんですよね。

さて、おかるは雀右衛門さん。ひいたアングルはおきれいです。何より台詞回しが、ああ、歌舞伎ってこうだった、今歌舞伎を見ている、という満足感を味わわせてくれました。図夢歌舞伎に出てくださってありがとうございます。インスタライブなどもなさったりして、若々しくていらっしゃる。

平右衛門とおかるの仲の良い兄妹が、どこかのんびりしたくどいやりとりをする面白さは、花道を使っての二人の距離の遠近がないだけ、本来よりはだいぶダイジェストなんですが、二人の関係性などは伝わってきたと思います。

そして、映像だからこそ可能となった、初代白鸚(八代目幸四郎)の由良之助の登場。お顔といい、迫力ある台詞といい、堂々たる立ち姿は、まごうかたなき現白鸚、吉右衛門さんの父。初代吉右衛門さんの娘さんがお稽古に通ってきた八代目とどうしても結婚したい、男の子を二人産んで一人は吉右衛門を継がせます、と言ったという話を思い出すのですが、さもあらん、なんて思ってしまいます。この方の、七段目前半の酔態見たかったなあ。

舞台映像なので、「高麗屋!」「八代目!」と、盛んに大向こうがかかります。歌舞伎の幸せな時代だったな、と悲しくなりますよね。

第5回(最終回)九段目、十一段目

さて、とうとう最終回です。まず九段目、山科閑居の場。山科の大星家に、戸無瀬(猿之助)が娘小浪を連れて、力弥への嫁入りを願います。お石は出ず、由良之助(幸四郎)が拒絶。しかし小浪(葵太夫さんの語り)はあきらめられず、戸無瀬はいっそ娘を殺して自分も死のうとします。そこに小浪の父本蔵(幸四郎)が虚無僧姿でやってきて…

雪の中傘をさしてやってくる戸無瀬、凛としてちょっと若さもあって美しい!思いつめたような目、ゆったりとした台詞回し、太棹と義太夫。そんならいっそと小浪に向けて刀を抜く、赤い着物姿の所作の見事さ。(死ぬ覚悟の小浪に)「でかしゃった」が、わー政岡じゃなくてもこんな風に言うんだ、と感動。この戸無瀬も、藤十郎さんそっくりだそうですが、たしかに感じることができました。

(2014年12月には南座で戸無瀬藤十郎、小浪壱太郎、お石 秀太郎、本蔵 現白鸚、由良之助梅玉、力弥扇雀という座組での上演があったそうです。うわー見たい)

本蔵が三方を踏みつけて力弥(染五郎)に自分を討たせ、師直に賂を贈ったことで矛先が判官にいってしまったこと、松の廊下で判官を止めたことで、一命を救ったつもりが無念の死となったことを述懐し、師直邸の地図を引出物として渡します。力弥の雨戸倒しの工夫も見事に見せてくれました。

後半は、由良之助と本蔵の早替わりで幸さん汗だくの熱演!渾身の演技が、吉右衛門さんに似てました。鬘、着物のほか、本蔵は白髪交じりの眉毛が長く、早替わりはなかなかたいへんだったと思いますが、幕間の猿弥人形が、「今日はあーちゃんと私の二人だけ、あーちゃんは殆ど生です」とのことで驚きました。

猿弥人形の出番もこれが最後、明るくわかりやすく、その場でのチャットの読み上げもうまくて、猿弥さんがいなかったら、成り立たなかったといっても過言でない大活躍でした。猿弥さん、弁天娘とかチャップリンとか、幸四郎さんとのがっつり共演けっこうあるんですよね。ほんとすばらしい!

さて、十一段目、大詰です。討ち入りの由良之助の太鼓の後、雪景色の中、一画面一人ずつでの立ち回り。やゑ亮、右田六、喜楽、松悟、やゑ六、笑猿と、いろんなお家のイキのよい若手で、楽しい場面になりました。泉水の立ち回りでは右田六くん活躍で、いい顔してましたです。

そして師直の首をとった由良之助、殿の位牌の前に備えます。勝鬨の後の独白!この時代のつらさにあって、皆で頑張るという覚悟、そして「必ず明日は日本晴れ」…目に浮かべた涙が、清らかに美しかったですよ!

最後は化粧を落としてさっぱりとした浴衣姿の幸四郎さんと戸部さんのアフタートーク。久しぶりに大道具さん、衣装さんたちと会ったときのことを思い出して声を詰まらせる幸さん。世の中の40代後半ってもっとおじさんだと思うんですが、夢を追いかけているためか、若いんですよね。

この図夢歌舞伎は、歌舞伎を知らない人にその素晴らしさを伝えるにはやや未熟でしたけど、通してみるとやっぱり見てよかったと思います。松竹の有志の会の皆さん、出演者、スタッフの皆さん、お疲れさまでした。これから、歌舞伎にもっと気軽に触れたい人のきっかけになるようなわかりやすいコンテンツを作って行ったらいいのに、と思いますね。

(おまけ)

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 「仮名手本忠臣蔵 由良之助とおかる勘平」という写真絵本をみつけました。昭和61年(1986)二月花形歌舞伎での仮名手本忠臣蔵通しのうち、五、六、七段目を豊富な写真と宇野信夫氏の浄瑠璃台本を元にした平易な文章(まるで少年文学のようです)で綴ったものです。

由良之助と斧定九郎を十二代目團十郎、勘平を仁左衛門、おかる玉三郎、それぞれ40才、42才、36才という正に花形な年代ですが、人気もあってこんな本まで出したんですね。

ニザ玉さまがこのうえなく美しいのは当然として、團十郎さんもいい表情ですよ。冒頭のあらすじ部分の血をなめる表情とか、あまり上背があった感じはしないのに定九郎もかっこいい!ほかに高師直 富十郎、塩谷判官 先代芝翫、顔世御前 時蔵、鷺坂伴内 又五郎なんて配役です。

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  文章が丸々1ページのところもありますが、写真の間に文があるところもあって、歌舞伎好きには楽しい絵本です。図書館などにはあるのではないでしょうか。

 

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歌舞伎の本まとめ

Arasujikabuki  カテゴリ内に「歌舞伎の本」はありますが、もっと手っ取り早くということで、タイトルだけまとめてみることにしました。クリックするとこのブログの記事に飛びます。カテゴリ(【歌舞伎入門・歴史・知識、】、【歌舞伎役者・演者の著書】、【歌舞伎役者についての本】、【歌舞伎演目】、【歌舞伎批評】、【歌舞伎を題材とした小説】)毎に、最近読んだ順に並んでいます。随時追加していく予定です。

【歌舞伎入門・歴史・知識】

八坂堅二郎「音で観る歌舞伎―舞台裏からのぞいた伝統芸能」
中村義裕「歌舞伎と日本人」
早稲田大学演劇博物館編「芝居絵に見る江戸・明治の歌舞伎
大西匡輔「歌舞伎のいま どの芝居をどの役者でみるか」
丸山伸彦監修「演目別 歌舞伎の衣装ー鑑賞入門」 
小山観翁「歌舞伎通になる本」
戸板康二「歌舞伎ちょっといい話」
中條嘉明「歌舞伎大向 細見」
双葉社スーパームック「歌舞伎がわかる本」

【歌舞伎役者・演者の著書】

中村雀右衛門「私事」
中村勘三郎「襲名十八代」
澤村田之助「澤村田之助むかし語り~回想の昭和歌舞伎」
坂田藤十郎「坂田藤十郎―歌舞伎の真髄を生きる」
田中佐太郎「鼓に生きる」
三代目市川猿之助「猿之助の歌舞伎講座」
三代目市川猿之助「スーパー歌舞伎」
中村勘九郎「勘九郎日記『か』の字」
坂東三津五郎「踊りの愉しみ」
市川亀治郎著「カメ流」
市川染五郎「染五郎の超訳的歌舞伎」
市川染五郎「人生いろいろ染模様」
四代目猿之助「僕は、亀治郎でした。」
香川照之「市川中車―46歳の新参者」
坂東三津五郎「歌舞伎の愉しみ」
市川團十郎「團十郎の歌舞伎案内」

【歌舞伎役者についての本】

演劇界「歌舞伎俳優から皆様へ― このひと役」
織田紘二「芸と人―戦後歌舞伎の名優たち」
長谷部浩「菊五郎の色気」
山川静夫「私の出会えた名優たち」
中村達史「若手歌舞伎」
鈴木英一「十代目松本幸四郎への軌跡」
喜熨斗勝「歌舞伎 芸と血筋の熱い裏側」
上村以和於「新世紀の歌舞伎俳優たち」
別冊カドカワ「総力特集 新世代歌舞伎~新春浅草歌舞伎~」
上村以和於「21世紀の歌舞伎俳優たち」
小松成美「仁左衛門恋し」
長谷部浩「菊之助の礼儀」
中川右介「海老蔵を見る、歌舞伎を見る」
小玉祥子「二代目聞き書き中村吉右衛門」
齋藤芳弘 写真集「亀治郎の肖像」
葛西聖司「僕らの歌舞伎」
関容子「海老蔵そして團十郎」
長塚誠志「四代目市川猿之助」写真集
関容子「勘三郎伝説」
長谷部浩「天才と名人 中村勘三郎と坂東三津五郎」
中川右介「歌舞伎 家と血と藝」
渡辺保「名女形 雀右衛門」

【歌舞伎演目】

伊藤比呂美「新訳 説教節 小栗判官・しんとく丸・山椒大夫」
木谷真紀子「三島由紀夫と歌舞伎」
関容子「芸づくし忠臣蔵」
藤田洋「歌舞伎の事典ー演目ガイド181選」
四代目市川猿之助監修「スーパー歌舞伎IIワンピース偉大なる世界」
酒井順子「女を観る歌舞伎」
鎌倉恵子監修「一冊でわかる歌舞伎名作ガイド50選」
赤坂治績『しらざあ言って聞かせやしょう」
利根川裕「あらすじで読む名作歌舞伎50」

【歌舞伎批評】

渡辺保「歌舞伎の見方」
山川静夫「歌舞伎の愉しみ」
山川静夫「歌舞伎は恋」

【歌舞伎を題材とした小説】

吉田修一「国宝」
近藤史恵 「ねむりねずみ」「散りしかたみに」「桜姫」「二人道成寺」「胡蝶殺し」

 

演劇界「歌舞伎俳優から皆様へ― このひと役」と私の「このひと役」

 2006enngekikai  3月以来の歌舞伎公演全中止で、役者さんやスタッフさんだけでなく、雑誌「演劇界」さんもさぞ困ったことでしょう。ほんとなら3月は歌舞伎座のほか、明治座の中村屋、国立の菊之助丈義経千本桜通し、南座の新版オグリがあったはずですし、何より5月の團十郎襲名に向けて、いろいろな記事を用意されていたと思います。そんな未曽有の苦境を逆手にとった6・7月合併号の特集企画が、これ。

(なお、児玉竜一先生の「三~五月 劇界の動向」は、歌舞伎のみならず、この間の演劇界全体の苦境を克明に記録した、後世への保存版だと思います)。

117名の役者さんが、「このひと役」を選んで大きなカラー写真に短い一言を添えています。巻頭の海老蔵インタビュー以外のほとんどの誌面を費やした労作で、かえって保存版になってしまって、発売後3日で在庫払底、重版が決まるという人気。本人コメントのついた「かぶき手帖」大判という感じです。

役や写真の選び方がバラエティに富んでいて楽しい!えーっこのお役、と思うと、息子さんと一緒にもう一枚出ていたり、故人の父、祖父、師、大先輩との写真の方もいて。見ているうちに、つい、自分の「このひと役」を選びたくなってしまいました。といっても、2012年から歌舞伎を見始めたニワカなので、ほんとに私の個人的なものです。映像のみで見たものも含めてしまいました。迷う方はブログ内検索で思い出したりして。117名のうち、最近出られていない方など見ていない方、20代前半以下の方は除いています。

新作歌舞伎が多いのは、当て書きだったり、本公演より役が大きくなったりして、印象が強いからかもしれません。これに対して大幹部は、古典の大役のどれにしようか迷いました。

(演劇界での選出と並べていますので、まだご覧になっていなくてネタバレしたくない方はご注意ください)

   演劇界  私の「このひと役」
海老蔵 (インタビュー掲載のためなし) 助六 助六
嵐橘三郎 新口村 孫右衛門 弁天小僧 浜松屋番頭
右團次 華果西遊記 孫悟空 名高大岡越前裁 天一坊
中車 綱豊卿 富森助右衛門 綱豊卿 富森助右衛門
猿弥 當世流小栗判官 矢橋の橋蔵 ワンピース ジンベエ
笑也 新・三国志 劉備玄徳 空ヲ刻ム者 双葉
笑三郎 四の切 静御前 ナルト 大蛇丸
弘太郎 ヤマトタケル ヘタルベ ヤマトタケル ヘタルベ
寿猿 黒塚 強力太郎吾 黒塚 強力太郎吾
猿之助 ワンピース ルフィ 黒塚 岩手・鬼女
左團次 助六 髭の意休 助六 髭の意休
男女蔵 博奕十王 閻魔大王 月光露針路日本 水主小市
團蔵 髪結新三 弥太五郎源七 髪結新三 弥太五郎源七
門之助 新版オグリ 薬師如来 新版歌祭文 座摩社山家屋佐四郎
友右衛門 綱豊卿 お喜世 不知火検校 岩瀬藤十郎
雀右衛門 二人道成寺 白拍子桜子 伊賀越道中双六岡崎 お谷
菊五郎 魚屋宗五郎 宗五郎 文七元結 長兵衛
菊之助 土蜘 土蜘の精 NINAGAWA十二夜 琵琶姫・獅子丸
尾上右近 弁天娘 弁天小僧菊之助 ワンピース ルフィ
松緑 慶安太平記 丸橋忠弥 名月八幡祭 縮屋新助
松也 御所五郎蔵 義賢最期 義賢
市蔵 切られ与三 蝙蝠の安 らくだ 家主幸兵衛
片岡亀蔵 大江戸りびんぐでっど くさや弟 阿弖流為 蛮甲
吉弥 天守物語 薄 帯屋 おとせ
秀太郎 近頃河原の逢引 遊女お俊 木の実 おせん
愛之助 新八犬伝 網干左母次郎 義賢最期 義賢
仁左衛門 吉田屋 伊左衛門 盛綱陣屋 盛綱
孝太郎 女鳴神 鳴神尼 女鳴神 鳴神尼
松之助 夏姿浪花暦 千草屋番頭幸助 実盛物語 九郎助
藤十郎 曾根崎心中 お初 伽羅先代萩 政岡
鴈治郎 曾根崎心中 徳兵衛 河庄 治兵衛
壱太郎 神霊矢口渡 お舟 GOEMON 出雲阿国
扇雀 艶容女舞衣 酒屋 お園 法界坊 お組
亀鶴 幸助餅 関取雷五 すし屋 梶原景時
宗之助 阿弖流為 無碍隋鏡 決闘!高田馬場 おもん
勘九郎 門出二人桃太郎 桃太郎 桜の森の満開の下 耳男
七之助 門出二人桃太郎 桃太郎 阿弖流為 立烏帽子・鈴鹿
吉右衛門 熊谷陣屋 熊谷直実 幡随院長兵衛 長兵衛
吉之丞 一条大蔵譚 勘解由 滝の白糸 裁判長
歌六 沼津 平作 伊賀越道中双六岡崎 幸兵衛
米吉 祇園一力茶屋 お軽 すし屋 お里
又五郎 鳥羽絵 下男升六 ひらかな盛衰記源太勘當 梶原景高
歌昇 絵本太功記 光秀 雨乞其角 船頭
種之助 祇園一力茶屋 平右衛門 ナウシカ 道化
時蔵 切られお富 お富 絵本合法衢 うんざりお松
梅枝 阿古屋 阿古屋 関の扉 小野小町・墨染
萬太郎 連獅子 仔獅子 義経千本桜 小金吾
錦之助 勧進帳 富樫 霊験亀山鉾 源之丞
隼人  寺子屋 源蔵 ナルト サスケ
獅童 今昔響宴千本桜 忠信 四谷怪談 伊右衛門
梅玉 菊畑 鬼三太 寺子屋 武部源蔵
莟玉 菊畑 虎蔵 文七元結 お七
魁春 新薄雪物語 梅の方 新薄雪物語 梅の方
東蔵 籠釣瓶 おきつ 競伊勢物語 小由
松江 九十九折 養子新造 仮名手本忠臣蔵大序 足利直義
児太郎 金閣寺 雪姫 大石最後の一日 おみの
芝翫 熊谷陣屋 熊谷直実 巷談宵宮雨 龍達
梅花 雷神不動北山櫻 腰元うてな すし屋 母おくら
竹三郎 四谷怪談 お岩 夏姿女団七 おとら
玉三郎 二人道成寺 白拍子花子 籠釣瓶 八ッ橋
巳之助 ナルト ナルト ワンピース ボン・クレー
彌十郎 関の扉 大友黒主 阿弖流為 藤原稀継
新悟 景清 保童丸 新版オグリ 照手姫
彦三郎 明君行状記 青地善左衛門 明君行状記 青地善左衛門
坂東亀蔵 弥生の花浅草祭 獅子の精 弥生の花浅草祭 獅子の精
萬次郎 女暫 巴御前 阿弖流為 御霊御前
橘太郎 曽我対面 清重 暗闇の丑松 湯屋番頭甚太郎
権十郎 角力場 放駒長吉 髪結新三 勝奴
白鸚 勧進帳弁慶 不知火検校 検校
幸四郎 勧進帳弁慶 決闘!高田馬場 堀部安兵衛
高麗蔵 熊谷陣屋 藤の方 石切梶原 梢
錦吾 河内山 北村大膳 決闘!高田馬場 菅野六郎左衛門

 

八坂堅二郎「音で観る歌舞伎―舞台裏からのぞいた伝統芸能」

2005otodemiru  国立劇場で長年伝統芸能全般の音響を担当してきた八坂堅二郎さんの「音で観る歌舞伎―舞台裏からのぞいた伝統芸能」(2009年)です。

 全260pのうち、80pくらいが能楽と文楽の基礎知識として舞台の構造や楽器など(歌舞伎じゃない!)、その後の80pくらいが演技以外の歌舞伎の舞台、大道具・小道具、衣装、かつら等の基礎知識です。知らなかったことが多かったんですが、舞台の高さに4パターンほどあり、1尺4寸高の「常足」は商家や民家の家、2尺8寸の高足は立派な寺院や御殿の高さ、その中間の中足は武士の屋敷などなのだそうです。なるほどそういえば。

そして最後の100pほどが、浄瑠璃(義太夫、常磐津、清元)と長唄などの音楽、効果音などの歌舞伎の音響について。音楽の種類毎に見台や肩衣がちがっているとか、赤子の鳴き声や動物の鳴き声、雨等の効果音をどうやって作っているか等。後者の音作りは、筆者の経験した具体的な苦労も交えて詳しく書かれています。

音楽については、メモしておきますね。

義太夫(竹本)…状況説明や心情の語り。三味線は太棹 見台は黒塗り。出語りあり。
清元…高い調子。三味線は中棹だが常磐津より柔らかい音。黒塗りの一本足の見台。萌葱色の肩衣。
常磐津…清元より語りの要素が強い。三味線は中棹。舞台下手で演奏することが多い。三本足の朱塗りの見台。柿色の肩衣。
長唄…歯切れよく速いテンポの演奏。三味線は細棹。見台は桐で足が交差しているもの。肩衣は演目によって違う。

国立劇場のスタッフの方の著作というと、織田紘二さんの「芸と人―戦後歌舞伎の名優たち」を読みましたが、八坂さんも同年代くらいなので、国立のスタッフなのに、公務員的なイメージと異なり、先輩の厳しい指導、ハードな仕事と必死の工夫の様子が、伝わってきます。そして、やはり歌右衛門さんの言葉の重みが、スタッフ一同に響いていたのだなと感じられます。

歌舞伎の上演が、伝統と多くのスタッフに支えられていることを改めて感じた本でした。

 

伊藤比呂美「新訳 説教節 小栗判官・しんとく丸・山椒大夫」

202002  スーパー歌舞伎Ⅱ「新版オグリ」が、元は説教節だとは聞いていたのですが、その説教節というジャンルが何かを知らないままにいたところ、あの伊藤比呂美さんが現代語訳の本「新訳 説教節 小栗判官・しんとく丸・山椒大夫」を2015年に出していた!ということで読んでみました。

あの、というのは、詩人である伊藤さんの独特のリズム感のある子育てエッセー「良いおっぱい悪いおっぱい」「おなかほっぺおしり」「おなかほっぺおしりふとももそしてふともも」「コドモより親が大事」「伊藤フキゲン製作所」は当時ほんとによく読んだものでして、しばらく空いて、あの熊本生活を一緒にしていたポーランド文学者の夫と離婚していたと知った時はびっくりしたのでした。伊藤さんの真似をして、子どもに「ぐりとぐら」を読むときには、「ぼくらの名前はぐりとぐら~」にメロディをつけて歌っていたのが懐かしい。

さて、説教節とは、1600年頃を最盛期とする、神仏のご利益を物語で語る口承文芸だそうで、題材は能や浄瑠璃に転化したものもあります。この本の3作以外では、「苅萱」「信太妻(葛の葉)」が有名だそうです。ささら芸人によって街角で語られ、物語性が豊かで、庶民的な芸能といえましょう。

この本では、詩人としての言葉への感性を生かして、手紙や道行の地名等にとても詩的な表現をしながら、昔話のように物語が紡がれていきます。

「小栗判官」は、優れているものの不遜な小栗、人喰い馬鬼鹿毛の乗りこなし、流されて売られ、遊女となるのを拒否して懸命に働く照手、休みをもらって餓鬼病の車を引く照手、病気が治って国司として照手を迎えに行く小栗、と、お話はオグリと同じ。よく働く強い女性が描かれていることに惹かれたと伊藤さんがいうように、ほんとに照手が毅然としていてさわやかです。こちらの十人衆は毒殺されたまま復活できないんですね。地獄の十王になるけれど。

「しんとく丸」は、「俊徳丸」すなわち「摂州合邦辻」の元といわれていますが、こちらは父の後妻との禁断の愛という要素はなく、むしろ継母の呪いで病んだしんとく丸と乙姫との純愛物語になっています。病む前のしんとく丸の手紙とそれへの乙姫の返事が、小栗と照手とのやり取りと同じところが面白いです。寺山修司の「身毒丸」にもつながっているんですね。

「山椒大夫」は、森鴎外の小説、子ども向けの昔話「安寿と厨子王」のお話。改めて読むと、山椒大夫のところから弟厨子王を逃がして一人残った安寿が責め殺される場面が残忍です。昔から、若い美しい女性が責めさいなまれる場面はある意味人気があったのでしょうか。

最後に「わたしの説教節」として、伊藤さんと説教節について、わかりやすい説明がありますし、裏表紙には、説教節を語る伊藤さんのイラストがあったりして、面白い本でした。

木谷真紀子「三島由紀夫と歌舞伎」

  202001_202001302138011月の歌舞伎座の「鰯売恋曳網」が三島由紀夫の作品と知って、見る前に、鰯売のところだけ読んでいった本です。三島由紀夫の研究者 木谷真紀子氏の「三島由紀夫と歌舞伎」。三島由紀夫の書いた6つの歌舞伎演目について、三島の言葉による意図、初演の配役、あらすじ、題材とした底本の捜索、評判等、すべてがわかる労作です。面白かった!

 私にとって三島は、学生時代、文学作品をいろいろ読んでいったのに、三島由紀夫は「何となくヤバそう」(←当時はそんな言葉の使い方はしていなかったですが、ほんとにそんな感じ)で後回しにしていたら、ほんの一部しか読まずにきてしまったという作家です。しかし、その俊敏な頭脳から繰り出される美しい言葉と美意識に貫かれた世界、そのうちじっくり読みたいものです。「黒蜥蜴」も、明瞭で美しい台詞の劇でしたっけ。

さてこの本は、三島と歌舞伎の出会いから始まります。子どもの頃から祖母や母が通う歌舞伎に憧れていた三島は、中学1年の時、初めて仮名手本忠臣蔵に連れて行ってもらい、しわくちゃの顔世御前が美人として女の声で話すのに驚き、「何かこのくさやの干物みたいな非常に臭いんだけれども、美味しい妙な味があるということを子供心に感じられた」というのです。歌舞伎のとりことなった三島は丸本で予習したうえでメモをとりながら歌舞伎を見、芝居日記を残します。

三島は「現代語や中途半端な新歌舞伎調台詞の新作がきらひ」であったため、歌舞伎の古典的な技術を生かして、文学的精神を注入したい、と考えていました。下座、囃子方も生かし、見得も工夫したいと言っていたそうです。そして、六代目歌右衛門に心酔していた彼は、歌右衛門主役の歌舞伎を書きます。

三島歌舞伎 第1作は芥川龍之介原作の「地獄変」(昭和28年-三島は28歳)。芥川は人命を犠牲にしてまで芸術至上主義を貫く絵師良秀を描いているのに対し、三島版では美しい娘を火に投じるサディスティックな大臣を描いています。大詰の牛車の燃える場面の効果がすばらしく、役者も合っていて(大臣八代目幸四郎、絵師良秀 十七代目勘三郎、そして良秀娘歌右衛門)好評だったそうです。

2作目は「鰯売戀曳網」(昭和29年)。初演は猿源氏 十七代目勘三郎、父なむあみだぶつ 先代中車、蛍火 歌右衛門。三島歌舞伎で最も評価されており、十八代勘三郎・玉三郎、今の勘九郎・七之助で再演されています。歌右衛門さんにも「歌舞伎の中に新しい空気が入ったという感じ」と絶賛されました。三島は笑劇(ファルス)を書きたいと思い、昔から好きだったお伽草子から題材をとっています。

ただし、三島は勘三郎の猿源氏には不満だったようです。三島はみていませんが、十八代目の猿源氏の方が、すっきりと二枚目仕立てで、野卑たところがなく、戯曲の味を生かしていいと評価されてもいます。この1月の勘九郎の猿源氏は、私にはこれ以上のものはなく、生真面目な中身もユーモアと温かみがあり、身体能力を生かした愛すべき猿源氏だったように思いました。

3作目は、歌右衛門さんから要望のあった舞踊「熊野(ゆや)」(昭和30年)。宗盛(八代目幸四郎)と、病気の母を気遣って暇を願って舞う愛妾熊野(歌右衛門)の物語。その後6回と、三島歌舞伎では最も再演されています。熊野は、歌右衛門のほか玉三郎が、宗盛は初代猿翁、二代目松緑、延若、当代仁左衛門、と、名優がやっているんですね。これからも再演あるかも。三島は、「近代能楽集」でもこの題材を取り上げています。

4作目は、「芙蓉露大内實記」(昭和30年)。なんと、ラシーヌの「フェードル」の歌舞伎化ですよ。私は大竹しのぶの「フェードル」に感動しましたが、三島は、この悲劇は日本人俳優では上演は無理で、フェードルを演じられるのは歌右衛門しかいない、と思ったようです。私が現幸四郎にイッポリトをやってもらいたかったと思ったのもあながち外れてないってことですかね。

いいアイディアのように思えますが、評判はよろしくなく、再演されていません。ひとつには、芙蓉前(フェードル)の夫役である初代猿翁が、役の描かれ方に不満で、脚本を直したことが影響していると三島は感じたようです。そのためもあって、人物造形が変わってしまい、芙蓉前の人格が共感を得られなくなってしまったと。

5作目は、「むすめごのみ帯取池」(昭和33年)。山東京伝の読本を素材にして、後ろ向きの「がんどう返し」など、観客を驚かせるような仕掛けも盛り込んだ作品。帯を池に浮かせてそれを取ろうとする旅人を襲う盗賊蝦蟇丸(初代猿翁)、関わる菊姫(歌右衛門)、菊姫の母だが、蝦蟇丸の妻となったおわさ(時蔵)などの物語。

6作目は、馬琴の長編読本から「椿説弓張月」(昭和44年)。保元の乱で敗れた為朝が琉球に渡ったという伝説の話です。歌舞伎の手法を盛り込んだ作劇ながら、為朝を挫折の武将として描いたために、芝居としてのカタルシスに欠けると言われていますが、その後けっこう再演されているようですね。為朝は、2012年現幸四郎、2002年二代目猿翁など。わあ、また澤瀉屋でやるかも!

さてこの作品は、前作から11年空いており、その間に歌舞伎は衰退し、歌右衛門でなく玉三郎が為朝の妻白縫という重要な役をやり、国立劇場の意欲的な新作として作られたという特徴があります。三島は、歌舞伎は役者が思うようにやってくれず、自分の演出家としての才能の限界を嘆いていたそうです。

それにしても、三島が市谷で割腹自殺をしたのが昭和45年です。どこかの時点から、ある種の狂気に取りつかれていったのでしょうが、その前年に、古典の技法を尽くした、娯楽の王様のような歌舞伎を書いていたとは。

長くなりましたが、三島のような天才がここまで歌舞伎とかかわっていたことがよくわかりましたし、歌舞伎という一点からも、その早すぎる死が惜しまれると思ったことでした。

 

 

 

中村義裕「歌舞伎と日本人」 早稲田大学演劇博物館編「芝居絵に見る江戸・明治の歌舞伎」中村雀右衛門「私事」 中村勘三郎「襲名十八代」

201912_20191226213601  まずは、歌舞伎の歴史を綴った本2冊、1冊目は演劇評論家 中村義裕さんの「歌舞伎と日本人」、2018年1月発行と比較的新しい本です。

お馴染みの「出雲の阿国」から始まり、江戸時代の興行システム、幕府の弾圧との戦い、名作の誕生、費用や時間、死絵(人気役者の死後の姿を描いたもの)。明治になってからの歌舞伎の社会的地位の変化、歌舞伎俳優として海外視察や新劇にも取り組んだ二世左團次。

そして映画と歌舞伎役者とのかかわり、戦争の影響、GHQによる歌舞伎の危機、菊五郎劇団と吉右衛門劇団、国立劇場の目指したもの、歌舞伎をよみがえらせた市川猿之助の苦悩、平成での人気役者の死、忠臣蔵の断絶とこれからの歌舞伎。

歌舞伎の歴史をとても立体的にわかりやすく書いてくれています。とくに江戸・明治については、具体的にイメージできるような記述ですし、前進座や小芝居についてもよくわかって、勉強になりました。

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  2冊目は、早稲田大学演劇博物館編「芝居絵に見る江戸・明治の歌舞伎」です。127pの本のほとんどがカラーで、歌舞伎の歴史を当時の絵とともに解説しています。

がぜん面白くなるのが、「第2章 歌舞伎の完成」以降。絵の保存状態もよくなり、歌川豊国や写楽等が、具体的な演目名や役者名を入れて制作した芝居絵は、生き生きと歌舞伎の楽しさを伝えてくれます。何より知った演目が増えてくるのが楽しい。解説もコンパクトながら要点を押さえていてわかりやすく、繰り返しみたくなります。さすが早稲田の演劇研究家の先生たち(児玉竜一先生ももちろん入ってますよ)。

江戸、明治の人たちも、面白かった芝居の余韻に浸りたくて、芝居絵や解説本を買ったのかな、とうれしくなりました。

 

2020

  次は役者の本で、先代である、四代目雀右衛門さんの「私事 死んだつもりで生きている」です。六代目大谷友右衛門の息子として生まれ、一度は友右衛門を継ぎながら、戦死した友人の母に請われて雀右衛門を襲名したいきさつ、戦争時の苦労。戦後歌舞伎に戻り、今度は岳父の七代目幸四郎(雀右衛門さんの妻は十一世團十郎ら3兄弟の妹なんですね!)の勧めで女方の道に進むことになります。

ところが、歌右衛門、梅幸の活躍もあってなかなか役が付かないうちに、映画に出てヒットしたことから、しばらく映画スターとして活躍し、莫大な収入を得ます。80代の晩年まで瑞々しい美貌を誇った雀右衛門さんですが、素顔が父譲りの端整な美形なんですね。しかしご本人は、映画はただ出ていただけで、芸の面でも得るものはなく、早く歌舞伎に戻りたかったと、5年で歌舞伎に復帰します。しかしなかなか居場所がなく、大阪で修業し、ようやく44歳で雀右衛門を襲名してから、女方一筋の修行を続け、歌右衛門さんの死後は、第一人者として活躍します…。

非常に生真面目な、芸一筋の方ということがよくわかる本ですが、自宅は洋風で、趣味はバイク乗りやスキー、スケートと、歌舞伎とは縁遠い趣味をあえてもち、リラックスしたいと書いています。

 

 2020_20200109235301  最後は十八代目勘三郎さんの「襲名十八代 これは勘三郎からの恋文である」。2005年の勘三郎襲名直前までの2年弱、スポーツニッポンに連載されていた聞き書きの記事をまとめたものです。

あの勘三郎さんが、いちばんノリに乗っている時期なので、公私ともに大忙し。新作、人情劇、平成中村座、それに獅童、海老蔵、菊之助、息子たち。「ラストサムライ」も出てきます。ああ、この不思議な雰囲気の明治天皇は、って思ったんだっけ(若き七之助!」この本に出てくる藤山直美、渡辺えり、大竹しのぶ、唐沢寿明なども魅力的。

30歳頃に三津五郎とディスコに行ってうまく踊れなくて、三社祭を踊ってウケたこと。自分の「京鹿子娘道成寺」は、先代芝翫さんから教わって一番稽古をしたもので、六代目菊五郎の娘である母や、初代吉右衛門の娘・初代白鸚夫人がメンバーだった「古娘会」の厳しい女性たちに怒られながら覚えたものであること。弁天小僧を父から手取り足取り習ったこと。

さっと読めるのですが、芯から芝居の好きな、彼のエネルギーをもらったような元気な気持ちになる本でした。

(追記)

2001toyokuni 国立劇場に行ったら、伝統芸能館で、初代歌川豊国生誕250年記念「歌川豊国 ―歌川派の役者絵―」をやっていたので、おお、「芝居絵」だと思って見てきました。

 実物はやはり筆致の勢いを感じられていいですね。色も鮮やか。当時の人気役者による人気演目のいい場面を掬い取った芝居絵。私たちが舞台写真を買うように、江戸の芝居好きが大事に買って家で眺めていたと思うと、とたんに江戸が近く感じられました。

織田紘二「芸と人―戦後歌舞伎の名優たち」

  201911_20191118234001 国立劇場の芸能部員として、数々の歌舞伎をはじめ、文楽、舞踊等伝統芸能の制作、脚本、補綴にかかわってきた織田紘二さんの「芸と人―戦後歌舞伎の名優たち」です。著者は、1967年の大学卒業後すぐに国立劇場に就職、この本のもととなった「演劇界」の連載は2008年からですから、まさに40年の戦後歌舞伎の歴史を振り返った本です。

取り上げられている役者とその生年は以下の通り。

 六代目歌右衛門(1917)、初代白鸚(八代目幸四郎)(1910)、八代目三津五郎(1906)、 十四代目守田勘彌(1907)、二代目松緑(1913)、二代目鴈治郎(1902)、十七代目勘三郎(1909)、十三代目仁左衛門(1903年)、七代目梅幸(1915)、十七代目羽左衛門(1916)、三代目権十郎(1918)、三代目左團次(1898)、二代目又五郎(1914)、九代目三津五郎(1929)、三代目多賀之丞(1887)、九代目宗十郎(1933)、三代目延若(1921)、初代辰之助(1946)、そして脇役の六代目菊蔵、二代目子團次、二代目小伝次、五代目市蔵、初代鶴蔵。

これまで読んできた歌舞伎の本で名前や立ち位置はなんとなく知っている役者さんたちですが、著者は実際に国立劇場の復活通し狂言制作などで身近に仕事をしていた方なので、本当に生き生きと、人と芸を描き出しています。

写真も大きく、例えば歌右衛門さんの八つ橋は本当に美しくて、またその表情の芳香に驚きました。十七代目羽左衛門さんは、今の彦三郎さんにそっくり。この羽左衛門さんは、「忠臣蔵の役は、歌舞伎役者ならいつでもどの役でもできなくてはなりません」と忠臣蔵通しの記者会見で言ったそうです。

歌右衛門さんは三島由紀夫に崇拝されていて、亡くなったときに嘆いたこととか、お岩の扮装のまま、著者に「もっと暗く」と叱りに来て震え上がったとか、子役にご褒美に与えられたぬいぐるみを欲しがったとか、逸話が全て面白かったです。

最近読んだ田之助さんの本とも時代的に重なる方が多く、よけい興味深く読みました。

 

澤村田之助「澤村田之助むかし語り~回想の昭和歌舞伎」

201911_20191114071501  人間国宝澤村田之助さんの回想禄「澤村田之助むかし語り~回想の昭和歌舞伎」です。田之助さんは1932年生まれ、ここ数年舞台にはお出になっていませんが、人間国宝であり、横綱審議委員会の委員を務めたことでも有名な方。

この本は、2001年から7年間雑誌「演劇界」に連載された聞き書きで、その連載を上村以和於、神山彰、児玉竜一の錚々たるお三方が編集して2011年に出版されたというもの。そうした形式のためか、田之助さんのお人柄や、歌舞伎界の様子がよく出た、たいへんに面白い読み物になっています。

田之助といえば、3代目田之助が有名です。杉本苑子「女形の歯」で、若くして脱疽で手足を切断しながらなお舞台に立った人気役者の壮絶な生涯を読んでいたのですが、著者の当代田之助さんは、この三代目の兄助高屋高助(助高屋って初めて知りました)の養子である名優七代目宗十郎の孫にあたります。

田之助さんは、御曹司として、幼い頃から錦之助や大川橋蔵、九代目三津五郎と子役に出たり、七代目幸四郎の碇知盛が落ちてくるのを受け止める手伝いをしたり、とんぼの練習をしたり、相撲好きが縁で六代目菊五郎にかわいがられたりして歌舞伎にどっぷりつかって育ちます。

初代猿翁さんは当時役者としては珍しく中学を出た人で、「本を読め」といって、子役のごほうびに「風の又三郎」などのハードカバーの本をくれたんだそうです。七代目幸四郎さんに立派な釣り道具をもらい、それを持って十一代目團十郎さんに子役友達と釣りにつれていってもらったなんて話もありました。

戦争中伊東に疎開し、そのまま10年近く舞台には出ず学校生活を送ります。しかし21歳の時、歌舞伎に戻り、梅幸さんのもとで、一から修業し、頭角を現します。とはいえ、ブランクを埋めるのは容易ではなく、また役付きのことを嘆く部分もあったりして、役者さんはこういう気持ちでいるのかと、やはり人間だものなあと思います。

昔のことをよく覚えている田之助さん、十五代目羽左衛門や、多賀之丞、初代猿翁、十一代目團十郎等の名優たちを生き生きと活写していきます。六代目亡き後の菊五郎劇団には、團十郎も参加していて、古典のほかに舟橋聖一や大佛次郎の新作を精力的にかけていてたいへんだったこと。山田五十鈴など、女優さんも出ていたそうです。

そして名優と謳われた祖父七代目宗十郎の役者ぶりの大きさと、美男だが役者としては大成しなかった五代目田之助についての容赦のない描写。祖父が舞台で倒れたとき、父が勘平の代役を断わらなければ、宗十郎を襲名したろうにと書いています(八代目宗十郎は叔父が継ぎ、その息子が九代目宗十郎)。

いろいろな舞台で、丁寧に役を教えてくれる六代目歌右衛門さんの姿も印象的ですし、今の菊五郎さんがとてもいたずら好きだったことなども興味深く書かれています。

田之助さんは人気が出てきて、東横ホールなどで、富十郎、三代目猿之助、九代目宗十郎と若手歌舞伎をやり「四人組」と言われたそうです。当時20代から30代に入ったばかりのこの4人、その後の活躍をみれば、その舞台の人気が出るのも当たり前ですね。

松竹はさらに盛り上げようと、当時の由次郎という名から襲名を勧め、古い文献からさがした「重井筒藤十郎」という名前としようとしますが、十一代目團十郎さんが、田之助を襲名しろ、といいます。この名は病床にあった父の名でしたが、團十郎さんはもう舞台には立てないだろうから、父には俳名の曙山を名乗ってもらえばよいというのです(團十郎という立場がよくわかる話ですね)。

ところが、会社の重役さんが、いきなり梅幸さんに襲名の話を伝えてしまい、それまで田之助さんをかわいがり、襲名のことも心づもりしていた梅幸さんを失望させてしまい、襲名披露狂言にも出てもらえなくなってしまいます。このとき、富十郎さんが坂東鶴之助から市村竹之丞を襲名するのですが、口上では十七代目羽左衛門さんに、「本来ならこの名を継ぐべき人ではない」と言われてしまいます。知らなかった!

結局、田之助さんは暫く菊五郎劇団とは距離を置かざるをえなくなりますが、経済人の仲介で、十数年後に和解し、当代菊五郎さんの相手役として活躍することになりました。田之助さんのつづる梅幸さんへの思慕には、胸を打たれます。

海外公演のことなど、まだ興味深い話もありますが、巻末には、田之助さん自身が書いた、「『神霊矢口渡』の紀伊国屋の型」と題した、演出ノートが載っています。最近の上演は、皆田之助さんが教えたものだそうで、四代目も「亀治郎の会」の上演は田之助さんの教えによるものでした。見ていない演目なのでなかなか読み切れない細かいものですが、紀伊国屋の芸の継承という点で貴重なものです。

今、紀伊国屋というと、宗之助、國矢が活躍していますが、これから紀伊国屋の芸や大きな名前はどうなるんでしょう。

長谷部浩「菊五郎の色気」

201910_20191027230901  長谷部浩さんの「菊五郎の色気」、2007年出版の文春新書です。全体の三分の一ほどが七代目菊五郎という役者について、残りは、代表的な役についての批評。

冒頭に、平成15年くらいまでのカラー写真があります。今も菊五郎さんの世話物の数々に間に合ってほんとによかったと思っていますが、やはり40代後半から50代の菊五郎さんの美しいこと!桜丸、弁天小僧、お嬢吉三、直次郎、五郎蔵、宗五郎、新三、玉手、政岡、白拍子花子、忠信、小姓弥生、獅子の精、判官、勘平、捨助と坊太夫(←NINAGAWA十二夜)。役名を書き出したら、どれもよくて省略できませんでした。妖艶だったりいなせだったり、かっこいいのなんのって。鳥居前の写真は2004年、菊之助の静ですが、この時点では、どうみても菊五郎さんの方が華があります(ここからみると、今の菊之助は本当にうつくしくなった!)。

寺島しのぶさんは、父の魅力を、「父が出ると、一枚、照明が明るくなったような気がする。『出』のときの空気の変え方がすごい」「それが自然にできるのが、梨園で育てられた歌舞伎俳優なんだと思います。出たときに、お客さんが見てくれるのを疑ったことがない。そこに何の迷いもないことが色気なんですね」といっています。さすが、歌舞伎俳優になりたくてたまらなかった娘のことばで、菊五郎さんの魅力を的確に表現しています。

しどころや段取りの多い役柄を、きっちりと緻密に演じながら、舞台ではまさにその役の人物が自然に存在しているのが菊五郎さんだと思うんですが、若い頃は、そのような技巧ではなく、女方としての美貌と、踊りのうまさで伸び伸びと数々の役をやってきた人という印象。しかし、ご本人は菊五郎として家の芸をやるために、女方よりも早く立ち役をやりたかったのだと。

菊五郎襲名時の話として、「父(七代目梅幸)は、歌舞伎界の紳士といわれて、温厚で、いつも一歩引いてきましたが、それはすべて、私に襲名をさせるためだったのかもしれません。…父は、歌舞伎界のどこにも敵を作らないことで、私を菊五郎にした」とあります(このくだり、私が中川右介著「歌舞伎 家と血と藝」で読んで印象に残った部分なんですが、元は長谷川さんが菊五郎さんから直接驚きの告白を受けてこの本に書いた文!これも引用なしで書いてたのか)。

辰之助さんが早逝したことで、音羽屋の芸を一身に引き受けた感のある菊五郎さんですが、凄みのある女方も見てみたいです。一部をちょっと見ただけですが三代目猿之助と共演した「雙生隅田川」の班女御前は、この美貌の迫力ある女方はいったい誰、と思いましたし、この本に写真のある玉手御前(純子夫人もとても素敵、と言っています)も何ともいえない表情をしています。政岡ももうやらないのかなあ。

しのぶさんや菊之助さんは、菊五郎さんが家の立派な稽古場で踊るところを見たことがないんだそうです。踊りについては、30そこそこまでに完成してしまったんでしょうか。

 

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