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能・狂言・文楽その他古典芸能

文楽「鶊山姫捨松」「阿古屋」

201902  今月の文楽第3部、大阪でも絶賛されていた「壇浦兜軍記 阿古屋」です。昨年12月の歌舞伎座で見たばかりですが、文楽だから演奏がうまいのは当然だしなどと初めはさほど期待していなかったんです。

しかし、人形が演奏する演技をするのですから、手も琴爪をつけたものに変えたり見どころが多いのですね。事前にこの動画見ていってよかった!

勘十郎さんの語る 阿古屋の魅力~演奏編  衣装編  

義太夫は阿古屋(津駒太夫)、重忠(織太夫)、岩永(津國太夫)、榛沢(小住太夫)、硯太夫。三味線は立派な風貌の清介さん、清志郎さん、そして琴、三味線、胡弓は寛太郎さん!

この、寛太郎さんって、文楽さほど見ない私、初めて認識しましたが、昭和62年生まれって、まだ31歳!演奏家って、どこか「オレを聞け」という雰囲気があるものですが、この方、「自分の仕事はこれですから」といった風で、家に何かを修理に来てくれた職人さんのような感じで、一心に弾くのですが、これがまあ!特に胡弓は、満座の客席が吸い込まれるように聞き入って、人形たちも命が吹き込まれたようで凄かったです。寛太郎さん、各界で若くして才覚が煌めく人が出る、アレですよ。そして出番だけ出て、終わるとさっといなくなってしまいました(彼だけカーテンコールがほしかった!)。

話は前後しますが、立派な人格者の重忠、邪な赤ら顔の岩永の前に、榛沢(いちばんかっこいい)が阿古屋を引き立ててきます。勘十郎さんの言う通り、大きくて華やかな阿古屋。キラキラの簪の奥に美しい顔。主遣い以外の方も黒衣ではなく、顔出しです。

愛人景清の居場所を答えよと責められる阿古屋。前述の通り、手を変えたり、衣装も脱いだりしながら、琴、三味線、胡弓を弾きます。曲も語りもたっぷり、長い曲にぴったり合わせた弦の押さえやたたく手の動きも見事で、本当に人形が弾いているように見えてしまいます。くっと思い入れて目をつぶる呼吸もぴったり。

岩永も曲に合わせて表情を変えたり、火箸で胡弓の真似をしたり。華やかな阿古屋を中心とした正面の舞台の重忠・岩永・榛沢と左の奴、右の義太夫と演奏(そして上の字幕)、と、目も耳も華やかで忙しく、ああ、なんと文楽の表現は豊かなのか、と。

さて、最初の演目は「鶊山姫捨松(ひばりやまひめすてのまつ)」。

右大臣豊成の後妻岩根御前は、天皇から預かった観音像紛失の罪を、継子の中将姫に着せようと、雪の中、奴に姫を割竹で打擲させます。寒さと痛みで苦しむ姫は、とうとう死にますが、それは侍女の桐の谷と浮舟の作戦で…

なんとひどい話でしょう。中将姫のはかない美しさ。雪の冷たさ、寒さ、痛み(さすが蓑助さん)、最近見るたびに悲しくなるつらい虐待のニュースを思い出してぞっとします。

元は、天皇の世継ぎをめぐって京と淡路島で多数の人物が登場する、とても長い物語らしいのですが、この中将姫雪責めの段だけが今上演されているそうです。江戸の爛熟した文化における被虐美と、「あらすじで読む文楽50選」に書いてありましたが、見ているときは、これがこうした形で残っているなんて、人の嗜虐性を見せつける演目だなと思いました。

国立劇場さんも、琴責めやるならその前に雪責めという趣旨で演目選んだのでしょうか。

義太夫は靖太夫、千歳太夫でした。

 

 

 

 

狂言「寝音曲」@水戯庵

201811_2  コレド室町のすぐ隣の福徳神社内地下にある「水戯庵」、能舞台レストラン・バーというかライブハウスということで、万蔵さんが出る日に行ってまいりました。

まだ新しく、高級和風レストラン・バーという風情の店内に入ると、目の前に能舞台!橋掛かりこそないですが、立派な老松(江戸時代の狩野派の絵師によるものだとか)がある本格的なものです。

2018112  お席によって、3500円から10000円(正面ソファ席)のチャージ+ワンドリンク、お食事も食べられます(2枚目の写真は公式サイトから)。

この日の演目は、万之丞さんの解説のあと、万蔵さんシテ、能村晶人さんアドによる「寝音曲」。太郎冠者の謡を耳にした主人は、自分に謡ってくれと頼みますが、面倒な太郎冠者は、酒がないと謡えないとか、妻の膝枕でないと謡えないとか難癖をつけます。起きて謡うと変な声。しかし何度も横になったり起きたりを繰り返しているうちに熱が入って、見事な謡と舞を見せます…。

と、シンプルなお話なんですが、終盤の声の入れ替わり、気分が乗っての仕舞が見事で大曲というものでしょう。盛り上がって終わる楽しい演目でした。

能楽堂は普通の劇場より近いと思っていましたが、このライブハウス、比べ物にならないくらいさらに声が響き渡ります。何より狂言役者の声が、体の芯を共鳴版にして響かせているのが伝わってきて、まあ迫力があること、声だけでうっとりでした。

万蔵さんは今「西郷どん」の三条実美でご出演ですが、イケメンながら愛嬌のある方、飄々とした晶人さんも味があっていい主人。万之丞くんがまたすくすく育ったいい声の、笑顔の素敵な好青年です(やはり「西郷どん」で若き明治天皇でご出演)こんな至近でゆったり見せていただいてありがたすぎ。

さてこの「水戯庵」、高級ホテルや大人向けの商業施設の近くに、日本の伝統芸能(しかも歌舞伎のように長くない)を見ながら上品な空間でお酒って!コンセプトがいいというより、上手すぎてうなります。リッチな外国人ですぐ賑わいそうです(まだ空いているようです)。

文楽「夏祭浪花鑑」@国立劇場

201809 文楽「夏祭浪花鑑」、6月の歌舞伎座で、鳥居前、三婦内、長町裏を、吉右衛門丈の団七で見ましたが、こちらは2部4時間半、6場の通しでたっぷり。

団七(桐竹勘十郎)と一寸徳兵衛(吉田文司)、釣船三婦(吉田玉也)の筋を通す男たちが、主筋礒之丞と琴浦を守るために、小悪党たちと戦い、その中に団七の義父義平次(吉田玉男)殺しの場面があるというお話(←はしょりすぎ)。

登場人物は、さらに妻たちや悪党も含め多いので、あらすじなどを読むとやや複雑に見えるのですが、人物たちの出会いや関係が丁寧に描かれつつも、テンポよい会話で話が進むので、芝居に引き込まれて全編面白く拝見しました。義太夫も、歌うところは少なくて普通の会話に近く、それ自体は好みがあると思いますが、とても聞きやすかったです。

わかりやすいのは、人物描写が一貫していて、きっちり描き分けられている脚本の完成度によるともいえるでしょう。とにかく団七、徳兵衛、三婦がかっこいい。とくに最後の場は、友情と心意気にぐっときました。お梶、お辰、おつぎの女房たちも夫たちに劣らず肝の据わったいい女たち。

一方、手代奉公すればその店の娘お中といい仲になってしまう磯之丞、やきもちをやく琴浦とのやりとりも楽しいですし、小悪党の伝八、弥市も生き生きとしています。義平次も道具屋に出てくると、その後の長町裏の殺しに至る流れが納得できます。

団七、人形なのに諸肌脱いで、筋肉のついた大きな体を見せ、走るわ見得を切るわ、台詞以上に、団七という男の魅力を見せつけるよう。殺し場では勘十郎さんの顔も紅潮。義平次との緊迫した場面は見ごたえがありました。

夏芝居とあって、太夫さんたちも白い着物、人形遣いさんたちも夏着物。長町裏では、織太夫さんと三味線の方は団七縞の裃で珍しくかわいらしかったです。人形たちも、リアルな団扇使いで、蚊に喰われては裾をまくってぼりぼり掻いたりして。

ところで、お辰が、「徳兵衛が惚れてるのは顔でなくてここでござんす」と啖呵切る台詞はありませんでした。あれは歌舞伎役者の工夫なんでしょうか。だとしたらすごいですね。待ってたのでちょっと残念でした。

文楽 「本朝廿四孝」「五代目吉田玉助襲名披露口上」「義経千本桜 道行初音旅」@国立劇場

201805bunnra  久しぶりの文楽公演、吉田幸助さんの、五代目吉田玉助さん襲名披露もあって、たいへん充実した舞台でした。

まずは、「本朝廿四孝」四段目です。本朝廿四孝、歌舞伎で見たことはないですが、「十種香」のあらすじは知ってるし、と思ってたら、歌舞伎ではあまり出ない三段目、通称「筍掘り」とのことで、全然思ってたのと違ってました。山本勘助の息子の話です。

まず、「桔梗原の段」。草原が舞台なのは珍しい気がします。越後と甲斐の県境、馬のための草刈りをしていた郎党の争いに、甲斐の高坂弾正の妻唐織、越後の越名弾正の妻入江が出てきて争います。わあ、信玄と謙信だあ、と、「風林火山」再放送を見たばかりなので、わくわくします。そうか、このあたり、村上義清(「風林火山」では永島敏行)の領地を、信玄と謙信で取り合ったんですね。

次の場では、慈悲蔵がわが子を口減らしのために捨てていきます。そこへやってきた高坂弾正と越名弾正は、赤子を取り合いますが、結局甲斐が勝って連れていきます。

ここで、五代目玉助襲名の口上。三代目の孫の幸助さんが、玉助襲名を考えていた亡父に四代目を追贈し、五代目を継ぐことになったのですが、大柄で立派な体躯。玉男さんや勘十郎さんからは、体格を生かして立派な立ち役として活躍してほしい、ということばがありました。人形遣いの方にも女方と立ち役という言い方があるんだなと思って聞いていたんですが、詳しい方にきいたら、両方遣う方も多いのだとか(たしかにこの日も、勘十郎さんは次の演目で立ち役を使っていました)。

お芝居に戻って「景勝下駄の段」。武田信玄の軍師勘助の死後の勘助の家。まじめで親孝行の次男慈悲蔵は、なぜか母から疎まれています。一方乱暴な自由人の兄横蔵はなぜか母には溺愛されています。謙信の嫡子景勝がやってきて、横蔵を召し抱えようとします。

この段は、亡父山本勘助の名を継ぎ、息子のいずれに後を継がせるかを決める権限のある母の、ちょっと不可解にも見える息子二人への扱いが面白いです。横蔵は、帰宅して母親に、「炬燵がぬるい、どうせもうすぐ焼かれるのだから、稽古のつもりで熱い炬燵にしろ」、などと暴言を吐きます。この横蔵、動きも派手で、これを遣う玉助さん、襲名披露としてとてもやりがいのあるお役だったと思います。

そして、乳を飲まず、泣くばかりの赤子を連れてくる高坂弾正の妻唐織。赤子に乳をやり、信玄に仕えよと言いますが、母に反対された慈悲蔵は、妻お種に乳をやることを禁じます。情に訴えようと、雪の中赤子を置いていく唐織。このあたりのお種の悲嘆は、近松半二の得意とするところ。

いよいよ大詰め、「勘助住家の段」。これまで謎だった、二人の兄弟の本来の姿、めまぐるしい展開に、内心(うわああ)と声が出ちゃいました。そうだったのか横蔵、慈悲蔵。雪の竹林から、ラストの、部屋になるセットも舞台装置も、スケール感があって、よかったです。

最後は「義経千本桜 道行初音旅」。舞台に義太夫、三味線が並んで華やかです。冒頭、出てきた狐の時は、勘十郎さんは白い珍しい紋付、そして次に狐忠信として出てきた時には、いつもの衣装で、いわば早替わり。舞台を縦横に走り回った直後に涼しい顔でしっかり3人セットで出てくるのはさすが。これはかなり体力が必要なお役だと思いました。

この演目をご存知の方は、扇がどうだったか気になると思うんですが、この日は残念でした。

今回、初めてイヤホンガイドを借りてみました。難しい用語の解説や、「このように人形を高く上げる振りは珍しい」とか、勉強になるんですが、一通りお芝居が動いた後、これはこういうことです、と再度解説されるのがややよけいですし、何より空白の間にいろいろ話されるのが、舞台に集中できなくなってしまうのと、生の音楽を両方の耳で聞く楽しみが減殺されてしまいますね。悩ましい。

萬狂言―坊主三昧「薩摩守」「名取川」「泣尼」@国立能楽堂

201804 当代九世野村万蔵さんの一門による萬狂言(「よろずきょうげん」というそうですが、つい、まんきょうげんと読んでしまいます)の、春公演です。

今回は坊主三昧と題して、坊主が主役のお話3本。冒頭の解説小笠原匡さんによると、狂言の起源は、平安時代の後半に仏教の教えを一般人にわかりやすく説いた呪師の説法が芸能になった「呪師猿楽」だそうで、もともと狂言と坊主は縁が近いのだそうです。へええ。

1本目は「薩摩守」。お金のない坊主(万之丞)が茶屋の主人(万緑)に教えられて、謡や秀句(しゃれ)の好きな船頭()に秀句を言ってタダで川を渡ろうとします。あらすじを読んで、あれ、キセルの隠語「薩摩守」みたいだなあと思ったら、やっぱりそういうことでした(小笠原さんは、もうほとんど通用しない言葉だとおっしゃってましたけどたしかに)。ちなみに、この坊主がお参りしようとしているのは住吉天王寺、聖徳太子が物部氏との戦前に戦勝祈願を行い、戦後物部氏を封じたとも言われているところだそうで、大阪に行ったばかりなので興味深かったです。

萬さま、87歳ながら、相変わらず驚異のお元気さで、声も力強く、こだわりのある船頭で、魯の動きにも狂いがありません。万之丞くんは96年生まれ、大学生でしょうか、愛嬌のある目をしたイケメンで、若いのに、立派に大人の役者ぶりで驚きました。何より明るい雰囲気がとてもいいです。

2本目は「名取川」。坊主(能村晶人)は、戒律を受けて名前をもらったのに、名取川を渡るときに忘れてしまいます。名取川の某(小笠原匡)とのやりとりで、やっと思い出すのが落語のよう。能村さんの愛嬌、地謡と舞の場面もあり、楽しい一本でした。

休憩をはさんで「泣尼」。施主()親の追善で建立した党の供養に坊主(万蔵)を呼びますが、坊主の説法は眠くなると評判、しかし高額の謝礼に心が動いた坊主は、すぐに泣く尼(小笠原匡)を雇ってサクラにすることにしますが、泣くタイミングが悪すぎて…。

こちらでは先の船頭とは全く違う生真面目そうな施主の萬さん。右往左往がおかしい万蔵さん。しかし、何といっても匡さんの尼が、動きも泣きもおかしくて最高!剽軽な面をつけているのでなお面白さが増します。今日は最初から匡さん、大活躍でした。

私、狂言で一番慣れないのが、衣装は裃や直垂なのに、髪型がまるっきり現代なところなんですが、坊主ものは頭巾をかぶったりして、違和感がないのがいいですね。

それにしても、現代の舞台でできることはすべて取り入れた感のある「ワンピース歌舞伎」と、たった1日おいて、昔ながらの能舞台で衣装以外は簡単な小道具だけの狂言。どちらもさまざまな舞台芸術の中では古典芸能なんですが、ほんとに対照的でした。

草刈民代×古典芸能のトップランナーたち「舞うひと」

201803  草刈民代さんが、舞踊をテーマに、古典芸能のスターたちと対談する和の文化雑誌「なごみ」の連載の単行本化、2017年9月発行の本です。実はこの本、先日行った国立能楽堂のロビーで売られていまして、誰が出てるのかな、あ、宗家(藤間勘十郎さん)だ、歌舞伎は菊之助ね、やっぱり萬斎さんもか、あーー!猿之助出てる、って買いました。

ほかに、日本舞踊は藤間勘十郎さん、花柳寿楽さん、井上八千代さん、能楽は観世清和さん、梅若玄祥さん、人形遣いの桐竹勘十郎さん、琉球舞踊の志田真木さん、雅楽の多忠輝さん、そして舞踏の麿赤児さん。

各々の舞踊の特徴や、踊るときの気持ち、体の使い方について、草刈さんがバレエと比較しながらいろいろなお話を引き出すのが面白いです。しかし、印象に残ったのは、踊りには心が一番大事だという趣旨のことをおっしゃる方が多いこと。技術や華を身に着けて輝いているからこその言葉なのでしょう。

さほど見ていない文楽でも好きな桐竹勘十郎さん、足遣い時代の話が面白かったです。雅楽の多(おおの)さん、なんと神武天皇の末裔、バイオリンから和楽器、舞踊までをなさる宮内庁雅楽師、という謎の世界。そして神事につながる能楽。

大御所というよりは、今才能と努力が花開いている油の乗った盛りの方々ばかりで、それが浅井佳代子さんのモノクロの写真にくっきりと映し出されています。草刈さんと並んだ写真も堂々と立派ですが、何枚か、その場の素踊りで見せる体の形の美しさ。

見たことのない方もいるのになぜそうはっきり言えるかというと、見慣れた猿之助丈の、自信に満ちたその表情の美しいこと。歌舞伎座の稽古場で、紋の浴衣に薄物の羽織を羽織った姿がまたちょうどいい感じにリラックスしていて。踊っている写真も完璧です。この写真だけでもこの本、価値があります(オレを美しく撮れ、というオーラがあふれ出てます)。

ただ、猿之助丈との対談は、歌舞伎役者たちがワンピース歌舞伎での洋舞にどう戸惑ったかといった話が中心で、興味深い話ではあるんですが、ワンピース歌舞伎の本で読んでいたので、ご本人の舞踊の話をもっとしてほしかったな、と思いました―― ああ、でもあの大怪我のことを思うと胸がつぶれるんですが。

最後は、あの麿赤児さんですよ。舞台の怪物のような迫力あるたたずまいでした。

粟谷能の会「山姫」「卒都婆小町」狂言「武悪」@国立能楽堂

201803 2015年に「安宅」「鉄輪」を見て以来の、粟谷能の会です。今回も事前勉強会に参加いたしまして、「山姫」の粟谷能夫さん、「卒都婆小町」の粟谷明生さんの、作品に対する意気込みを伺って、楽しみにしておりました。

まずは「山姫」。江戸末期に、水戸藩で作られたとの伝で本は残っているそうですが、最後の上演は戦前だそうで、いわば復活作品。謡も新たに節をつけるわけで、どんなものになるかわからない、と能夫さんはおっしゃっていました。

お話は、ワキ・里人(宝生欣哉)が、山で春の花を楽しんでいると、シテ・山姫(粟谷能夫)が現れて、花を愛でる心に感心し、春夏秋冬の美しさを謡うというもの。

山姫の明るいクリーム色の衣装が美しく、能夫さんがどちらかというと華奢で、お顔も能面の中に納まる感じ、橋掛かりの登場から、少しもぶれない足運びで、妖精のような優しい山姫を見事に体現していました。中之舞というのも軽やかで、とても素敵でした。

次は狂言「武悪」。主(石田幸雄)は、太郎冠者(深田博治)に対し、武悪(野村万作)勤めに出てこないのはけしからん(このあたり、事情が今いちわかりにくいのですが)、討ってこいと命じます。太郎冠者は仕方なしに武悪のところに行きますが、若い時からの朋輩の武悪を討つのはしのびないため、討ったふりをして戻ります。姿を消す前にお参りをしようと清水寺にやってきた武悪と、主、太郎冠者が鉢合わせ、武悪は幽霊のふりをして、冥土の主の父の伝言と言って主を脅します…。

久しぶりに見る狂言、ああ、セリフ劇だなあと、(やっぱりこっちの方が性に合うなあ)と、石田さん、深田さんのきっちりとした芝居を堪能。そして万作さま、御年86才ながら、太郎冠者に討たれそうになってびっくりしたり、覚悟決めたり、かわいらしいことこのうえないです。まだまだお元気な姿を見たいと思いました。

そしていよいよ「卒都婆小町」卒塔婆ではありません。読み方も「そとわごまち」)。小野小町が晩年は落ちぶれて恐ろしい老婆となったという話を素材としたもの。僧二人(森常好、館田善博)が出会った老婆は、卒塔婆に腰をかけます。やめさせようとすると、意外にもひとつひとつ筋の通った返しをします。老婆は小野小町でしたが、百夜通えば恋を受け入れると言われ、通い詰めるも九十九夜で思いを遂げずになくなった深草少将の怨念が小町に憑りついていたのでした。小町はそのさまをみせますが、やがて静かな心境になるのでした…。

僧二人は声もよく、小町とのやりとりもなかなかテンポがあって面白いです。明生さんは大柄な方ですが、小町の面がぴったり合って、老女の表現を工夫されていました。

最後は、少将の装束になって表現するんですね。その、憑依の様子を理解するのがなかなか難しく、全体的にもやや動きが乏しいので、なかなか上級者向けの演目だと思いました。

大鼓は亀井広忠さん。ちょうど席からは柱の陰でまったく見えなかったんですが、お帰りの際には注目してしまいました。相変わらずステキ。

能「放下僧」組踊「二童敵討」@横浜能楽堂

201802_2 横浜能楽堂の「能の五番 朝薫の五番」企画の第4回となる今年の公演に行ってまいりました。

朝薫というのは、沖縄の伝統芸能である組踊(くみおどり)を創り出した江戸中期の琉球の踊奉行玉城朝薫(たまぐすちょうくん)のことで、朝薫の名作と内容の関連性のある能の作品を続けて演じる試みのようでした。

組踊について(日本芸術文化振興会のページ) (http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc19/digest/index.html

まずは能の「放下僧」。小次郎(味方團)は、出家していた兄(味方玄)を説得し、父の仇信俊(福王茂十郎)を討つことにします。信俊に近づき、曲舞等で油断させ、見事仇を討ちます。「放下」とは、曲芸などの大道芸的な演芸で、だから放下僧なんですね。

面はつけないので、声がよく通り、こころなしか詞がよくわかります。衣装も派手で、信俊とのやり取りもかなり演劇的、たいへん「面白くみることができました。信俊の従者は山本則秀さんで、大蔵流の狂言の方。最後、信俊が笠を置いてあの小さい切戸口から出て行ってしまいます。その後、兄弟は刀を抜いて笠に仇討ちをするのです(「望月」という演目でもそうだそうです。ちょっと不思議)。

私、見ながら、これを敵の武将の前で演じたら、この刀を持って不意打ちをくらわせるのにうってつけな演目だなあと思いました。

囃子方は大鼓亀井忠雄(亀井兄弟のお父様ですね)、小鼓成田達志、笛藤田六郎兵衛と最高な皆さんで、たいへんけっこうでした。

休憩の後、組踊「二童敵討(にどうてきうち)」です。琴、三線、笛、胡弓、太鼓の囃子方の方が並んだ後、仇のあまおへ(眞境名正憲)が出てきます。こってりした化粧に派手目の衣装。退場すると、今度は兄弟(東江裕吉、新垣悟)の登場。ふっくらとしたきれいな化粧、高いきれいな声で、最初女性かと思いましたが、プログラムを見ると男性。二人が息の合った動きで、面白いです。

母(宮城能鳳)に短刀をもらった兄弟は、あまおへに近づいて美しい舞を舞います。酒を飲み、褒美に刀や着物を授けるあまほへ。橋掛かりから揚幕に消えたと思ったら、短刀で仇を討った兄弟が帰ってきました。

詞はところどころしかわからないのですが、舞踊と音楽は初めて見てもすばらしく、立派な伝統芸能だなあと思いました。

「放下僧」は、上演はまれながら、横浜市金沢区六浦の瀬戸神社を舞台にした演目だそうで、組踊を紹介するシリーズとしては、なかなか面白い横浜能楽堂の試みでした。

文楽鑑賞教室「日高川入相花王 渡し場の段」「傾城恋飛脚 新口村」

2912 初めての国立劇場文楽鑑賞教室です。1日2回、同じプログラムで、演者がちがうというやり方ですが、Bプログラムを拝見しました。

まず、「日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら) 渡し場の段」。始まってみたら道成寺もの、安珍を追ってきた清姫が、日高川の渡し場で渡し守に舟に乗せてほしいと頼みますが、安珍に金を渡されていた渡し守は断ります。怒り狂った清姫は大蛇の姿になって川を渡ります。

三味線方が4人、太棹で鳴らすので大迫力(久しぶりで、文楽は太棹というのを忘れてました)、芳穂太夫、靖太夫、咲寿大夫さんたち4人の義太夫でにぎやか。この作品、字幕を見なくてもすっとセリフが入ってくるし、かわいい清姫の変化が鮮やかで動きが多いので、短いですがとても楽しめました。

(後で亀治郎の「金幣猿島郡」の清姫の写真を見たら、同じ赤に黒い着物を重ねた衣装でした。この豪華な衣装もみものです)

次に「文楽の魅力」という基本講座。希太夫さん三味線の寛太郎さん、玉誉さんによる義太夫、三味線、人形の説明です。太棹の説明も興味深かったですが、何といっても人形の説明。作品では、人形の表情や体が動くのを命があるように見ているわけですが、主遣いは胴と右手なので、当然左手は別の人。手を合わせる動き一つとっても大変なんですね。

ものをつまむという動きはできないので、袖口から人形遣いの手を出してものを持つんだそうです。そりゃそうですね。泣く動きや、立ち役の顔の表情の巧みさには感心しました。

さて、休憩をはさんで、「傾城恋飛脚 新口村」です。近松門左衛門の「冥途の飛脚」を改作した作品なんだそうです。この演目、歌舞伎版は先月歌舞伎座で藤十郎、扇雀の忠兵衛、梅川、そして歌六の孫右衛門で見たんでした。歌六さんも熱演でしたね。

公金横領の罪を犯した忠兵衛は恋仲の遊女梅川と逃げる道中で、実家の父孫右衛門と出会います。下駄の鼻緒を切った孫右衛門に、名を明かさず優しく接する梅川。孫右衛門は忠兵衛を養子に出したので、養家への手前、忠兵衛に会えば捕まえなければいけない、しかし逃げてほしいと親の愛情を示す孫右衛門。

前段の呂勢太夫さんも美声を聞かせてくれてよかったですが(やっぱり節があるので字幕なしでは無理でした)、千歳太夫さんの熱演に感動。孫右衛門さんの息子溺愛ぶりは、昔から子どもに甘い親はいたのだなあと。

小さな劇場で響き渡る三味線と義太夫。歌舞伎と同じ演目も多くて、また文楽も見ていきたいなと思いました。

文楽「曽根崎心中」@国立劇場

Photo_2

 国立劇場開場50周年の文楽公演、近松名作集の第二部「曽根崎心中」です。近松の代表作なのと、昨年のドラマ「ちかえもん」 がこの作品を生み出すまでのもので親しみがあったので、楽しみにしておりました。

初演は大評判で竹本座の借金を帳消しにするほどの当たりをとったのに、幕府に心中物を禁じられてずっと途絶えていたのが、改変して昭和30年に再演してから人気作となっているそうです。原作そのままじゃないのか。

  伯父の店で手代をしている徳兵衛は天満屋のお初と馴染みですが、伯父に縁談と店を持つことを勧められます。お初への愛からこれを断り、継母にわたってしまっていた結納金を取り返した徳兵衛。しかし、友人九平次にその金を貸してしまう徳兵衛。金を返してもらえず、思い悩む徳兵衛が久しぶりにお初に会うところから始まります。

(生玉社前の段)

事の次第を話す徳兵衛、そこに九平次が現れて、借金の証文の判は、その前に紛失して届を出したものだから、徳兵衛が偽造したものだ、と言いつのって徳兵衛を手下とボコボコにする九平次。

ここで私、当時から印鑑登録制度のようなものがあったのか、さすが商都大阪といたく感心いたしましたですよ。それが客観的証拠になるというのですから、たいしたものです。

(天満屋の段)

絶望してお初のいる天満屋にやってきた徳兵衛、お初は着物の裾に隠して徳兵衛を連れてきます。店にやってきた九平次の言葉に怒りを募らせ、二人は死を決意します。歌舞伎の本にお初の素足に頬ずりする徳兵衛の写真がよく使われていますが、この場面だったんですね。

(天神森の段)

お初徳兵衛の道行の場面。あの世に行ったら実父母に会って嫁姑になるねという徳兵衛に、自分の二親は自分の死をさぞや悲しむだろうと泣くお初。二人は帯を割き、結び合って心中します。

お初は19、徳兵衛は25の厄年というセリフがありますが、お初は遊女ながら、若い恋人たちの純愛です。さすが名作、心中までのいきさつやせつない二人の気持ちが、無理なく見る者に入ってきます。改作が最近のためか、セリフもわかりやすいと思いました。

桐竹勘十郎さんのお初、柔らかで少し肩を傾けた後ろ姿まで色っぽい。九平次に騙されたことがわかる場面等、くっと目を閉じた顔の悲しさ。お初、徳兵衛(玉男さん)のお人形もほんとにきれいなんですね。

生玉社前は文字久太夫、天満屋は咲太夫、天神森は賑やかに三味線も4棹、お初津駒太夫、徳兵衛咲甫太夫、芳穂太夫、亘太夫。

「ちかえもん」は、もちろん思い出しながら見ていました。お初、徳兵衛の純粋さ、お初の「徳様」という呼びかた、そして、九平次といえば悪人に決まってたのか、など(笑)。よけい楽しめました。