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能・狂言・文楽・落語その他古典芸能

文楽鑑賞教室「日高川入相花王 渡し場の段」「傾城恋飛脚 新口村」

2912   初めての国立劇場文楽鑑賞教室です。1日2回、同じプログラムで、演者がちがうというやり方ですが、Bプログラムを拝見しました。

まず、「日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら) 渡し場の段」。始まってみたら道成寺もの、安珍を追ってきた清姫が、日高川の渡し場で渡し守に舟に乗せてほしいと頼みますが、安珍に金を渡されていた渡し守は断ります。怒り狂った清姫は大蛇の姿になって川を渡ります。

三味線方が4人、太棹で鳴らすので大迫力(久しぶりで、文楽は太棹というのを忘れてました)、芳穂太夫、靖太夫、咲寿大夫さんたち4人の義太夫でにぎやか。この作品、字幕を見なくてもすっとセリフが入ってくるし、かわいい清姫の変化が鮮やかで動きが多いので、短いですがとても楽しめました。

(後で亀治郎の「金幣猿島郡」の清姫の写真を見たら、同じ赤に黒い着物を重ねた衣装でした。この豪華な衣装もみものです)

次に「文楽の魅力」という基本講座。希太夫さん三味線の寛太郎さん、玉誉さんによる義太夫、三味線、人形の説明です。太棹の説明も興味深かったですが、何といっても人形の説明。作品では、人形の表情や体が動くのを命があるように見ているわけですが、主遣いは胴と右手なので、当然左手は別の人。手を合わせる動き一つとっても大変なんですね。

ものをつまむという動きはできないので、袖口から人形遣いの手を出してものを持つんだそうです。そりゃそうですね。泣く動きや、立ち役の顔の表情の巧みさには感心しました。

さて、休憩をはさんで、「傾城恋飛脚 新口村」です。近松門左衛門の「冥途の飛脚」を改作した作品なんだそうです。この演目、歌舞伎版は先月歌舞伎座で藤十郎、扇雀の忠兵衛、梅川、そして歌六の孫右衛門で見たんでした。歌六さんも熱演でしたね。

公金横領の罪を犯した忠兵衛は恋仲の遊女梅川と逃げる道中で、実家の父孫右衛門と出会います。下駄の鼻緒を切った孫右衛門に、名を明かさず優しく接する梅川。孫右衛門は忠兵衛を養子に出したので、養家への手前、忠兵衛に会えば捕まえなければいけない、しかし逃げてほしいと親の愛情を示す孫右衛門。

前段の呂勢太夫さんも美声を聞かせてくれてよかったですが(やっぱり節があるので字幕なしでは無理でした)、千歳太夫さんの熱演に感動。孫右衛門さんの息子溺愛ぶりは、昔から子どもに甘い親はいたのだなあと。

小さな劇場で響き渡る三味線と義太夫。歌舞伎と同じ演目も多くて、また文楽も見ていきたいなと思いました。

文楽「曽根崎心中」@国立劇場

Photo_2   国立劇場開場50周年の文楽公演、近松名作集の第二部「曽根崎心中」です。近松の代表作なのと、昨年のドラマ「ちかえもん」 がこの作品を生み出すまでのもので親しみがあったので、楽しみにしておりました。

初演は大評判で竹本座の借金を帳消しにするほどの当たりをとったのに、幕府に心中物を禁じられてずっと途絶えていたのが、改変して昭和30年に再演してから人気作となっているそうです。原作そのままじゃないのか。

  伯父の店で手代をしている徳兵衛は天満屋のお初と馴染みですが、伯父に縁談と店を持つことを勧められます。お初への愛からこれを断り、継母にわたってしまっていた結納金を取り返した徳兵衛。しかし、友人九平次にその金を貸してしまう徳兵衛。金を返してもらえず、思い悩む 徳兵衛が久しぶりにお初に会うところから始まります。

(生玉社前の段)
事の次第を話す徳兵衛、そこに九平次が現れて、借金の証文の判は、その前に紛失して届を出したものだから、徳兵衛が偽造したものだ、と言いつのって徳兵衛を手下とボコボコにする九平次。

ここで私、当時から印鑑登録制度のようなものがあったのか、さすが商都大阪といたく感心いたしましたですよ。それが客観的証拠になるというのですから、たいしたものです。

(天満屋の段)
絶望してお初のいる天満屋にやってきた徳兵衛、お初は着物の裾に隠して徳兵衛を連れてきます。店にやってきた九平次の言葉に怒りを募らせ、二人は死を決意します。歌舞伎の本にお初の素足に頬ずりする徳兵衛の写真がよく使われていますが、この場面だったんですね。

(天神森の段)
お初徳兵衛の道行の場面。あの世に行ったら実父母に会って嫁姑になるねという徳兵衛に、自分の二親は自分の死をさぞや悲しむだろうと泣くお初。二人は帯を割き、結び合って心中します。

お初は19、徳兵衛は25の厄年というセリフがありますが、お初は遊女ながら、若い恋人たちの純愛です。さすが名作、心中までのいきさつやせつない二人の気持ちが、無理なく見る者に入ってきます。改作が最近のためか、セリフもわかりやすいと思いました。

桐竹勘十郎さんのお初、柔らかで少し肩を傾けた後ろ姿まで色っぽい。九平次に騙されたことがわかる場面等、くっと目を閉じた顔の悲しさ。お初、徳兵衛(玉男さん)のお人形もほんとにきれいなんですね。

生玉社前は文字久太夫、天満屋は咲太夫、天神森は賑やかに三味線も4棹、お初津駒太夫、徳兵衛咲甫太夫、芳穂太夫、亘太夫。

「ちかえもん」は、もちろん思い出しながら見ていました。お初、徳兵衛の純粋さ、お初の「徳様」という呼びかた、そして、九平次といえば悪人に決まってたのか、など(笑)。よけい楽しめました。

壬生狂言「道成寺」「愛宕詣」「紅葉狩」@国立劇場民族芸能公演

Photo    国立劇場で手にしたチラシに、「壬生狂言」とあったので、行ってまいりました。そう、新選組が最初に滞在していた八木家の主人源之丞が熱心にやっていた芸事で、現在も地元の方々により、近所の壬生寺で、2月、5月、10月の年3回、上演されているそうで、全部で30演目あるそうです。

実は、「狂言」だからわかりやすいだろうと思っていたんですが、(源之丞役の伊東四朗さんも、「カンデンデン♪」と気楽そうに練習してたし)、実は、すべてお面をつけての無言劇。笛、太鼓、金鼓の音楽に乗って演じられます。無言劇って実は初めてで、セリフがない分劇に没頭しにくいんですが、無言劇はやはり劇であって舞踊ではないので、お話として十分楽しむことができました。

 この日の1つめは「道成寺」。新しい釣鐘をつけたばかりの道成寺。住持が、僧二人に、女性を寺に入れてはいけないと言い残して出かけます。しかし美しい白拍子を寺に入れてしまい、白拍子の舞の間に眠ってしまうう二人。落ちた釣鐘に女は隠れ、住持が帰ってくると、釣鐘から蛇体(ほとんど鬼)が出てきますが、住持の祈りで退散します。有名な安珍清姫の後日談ですね。

僧二人が、いたずらな男子高校生みたいで、単純でかわいいです。住持がいなければ好き放題だし、蛇体が出てくると柱にしがみついて怖がります。

Photo_2 二人の面が、素朴でユーモラスなんですが、何と、あの伊藤若冲が寄進したものなんだそうです。若冲のやっていた青物問屋が他町から営業妨害にあったのを、壬生村の人たちが助けてくれたお礼だったそうです。そういわれてみると、石峰寺の五百羅漢に表情が似ている気がします。しかしあの若冲の面を200年以上も実際に使っているなんて、それが見られたなんて感動でした(見る前にパンフレット読んでいてよかった!)。

しかし若冲面以外の面も、表情豊かで楽しいものでした。

2つめは「愛宕詣」。愛宕山の茶屋に来た母娘と金持ちの旦那とお供。茶屋の女がちょっと色っぽくて、ちゃきちゃきしています。お参りの動きもセンスを使ったパントマイムふう。土器投げ(先日京都でやったあれだ!)を模したせんべい投げ、ほんとに客席に投げられて、おめでたい雰囲気。お供の動きが瓢げていて、楽しかったです。

3 最後は「紅葉狩」歌舞伎で2度見ていて、親しみのある演目です。狩にきた平維茂(これもち)と伴に美女が酒を勧め、酔いつぶれて寝てしまった維茂の刀を持って行ってしまいます。地蔵が表れて太刀を与え、維茂は鬼と化した女と闘い退治します。

さすが最後にもってきただけあって、衣装は派手、話もわかりやすくメリハリがきいた名作です。維茂役の方、動きがキビキビ、腰も決まっていて立派でした。早襷の場面はお客さんも思わず拍手。

維茂を助けるのは能ですと石清水八幡宮の武内の神、歌舞伎ですと山神ですが、こちらは壬生寺の本尊にちなんで地蔵尊なんだそうです。このお地蔵さんがあの姿なのでかわいらしく、笏を鳴らす音も効果的。

鬼と維茂の立ち回りは囃子も派手で、盛り上がりました。

これだけのものを、何百年も地元の方で伝承しているというのはすごいことです。視界の狭い中で、演じる方も大変だと思いますが、一方で、お話がうまくできていて、しっかりやればお客さんが喜ぶようにできているように思いました。あの壬生寺で見たいものです。

 

 

 

「志らく 談笑 二人会」@有楽町よみうりホール

Photo昨年末のスペシャルドラマ「赤めだか」では、談志門下の談春と志らくのライバル関係が印象的でしたが、天才肌の志らくさんが二人会をやるというので行ってまいりました。立川Bloodというサブタイトルがついてます。

有楽町よみうりホールは初めてでしたが、有楽町駅すぐのビックカメラの7階、エレベーターが混んでたのでエスカレーターで上がっていったら、そこは別世界、地方の古い公的ホールが突然出現。しかし、2階が低く、傾斜がいい感じで、後ろの方でもよく見えました。

まず、11月に二つ目昇進がかかる会があるという立川ガジラ、立川一門以外ではあまりやらないという「山号寺号」。時事ネタも入れやすい、楽しいネタです。ガジラくん、なかなか小ぎれいなイケメンでいい感じ。

いよいよ談笑。この会の趣旨なんかも説明してくれて、志の輔の紫綬褒章受章のエピソードなどの枕のあと、有名な「紺屋高尾」の現代版、「ジーンズ屋ようこたん」です。岡山のジーンズ工場(実際におしゃれなジーンズの世界的な名産地だそうです)の工員が、アイドルに会いたくて給料をためてとうとう会う、というお話。先日見たばかりの新作歌舞伎「廓話山名屋浦里」とも似ています。もう話の先なんか見えているのに、恥ずかしいくらい泣けちゃって。なんで、おじさんの演じるアイドルに違和感なく泣けちゃうんでしょうかね。

休憩の後は志らく、談笑と、談志のお子さん松岡ゆみこさん、慎太郎さんの4人のトークショー。ゆみこさんって、かなりぶっとんでて、すごく面白かったです。談志のエピソードって、何聞いても面白いんだな。今回、談志の30歳くらいの落語の音源のCDの宣伝をしていましたが、キレキレで面白いそうです。

続けてバイオリン漫談のマグナム小林。私、志の輔独演会のときにも見ているらしいですが、ゆったり(落語ってかなり集中して聞くので)楽しめました。この方、立川流のお弟子から落語芸術協会に変わり、寄席にも出ているそうですが、上品な芸風なので、寄席の合間にはいいだろうなと思いました。ご本人は脱北者、と言っているのがやっぱり立川流の話なので面白かったです。

そしていよいよ志らくの「たまや」、やっぱりうまい。死神の手違いで死んじゃった花火職人の転生が、一つのクセでつながって、ほのぼのとします。爆笑や涙はなくても、江戸の生き生きした庶民の雰囲気が味わえるというか。

何のセットもない、小道具も手ぬぐいと扇子だけ。言葉の力だけでそのお話の世界を見せてくれる落語。ほんとはもっと気楽に頻繁に見たいかも、と思いましたです。

能・テアトル・ノウ「山姥」@宝生能楽堂

Nouyamanba3回目のテアトル・ノウは、「山姥」です。

初めは味方健さんの今日の演目についてのお話。この方、文学博士で大学の講師もなさっているし、長年研究者と演技者のパイプ作りに尽力されてきたということで、素人向けの解説というより、幅広い知識を前提とされているようで浅学な私にはなかなか充分は理解できませんでしたが、84歳というお年をまるっきり感じさせないすっきりした立ち姿に感心しました。

このあとは味方團さん、味方健さんの仕舞、観世淳夫さん、片山九郎右衛門さんの舞囃子「三山」。奈良の三山のツマ争いを人格化したものと解説にありましたが、なぜ二人?と思っている間に、毎度素晴らしい亀井広忠さんの大鼓、藤田六郎兵衛さんの笛に、成田達志さんの小鼓が気持ちよく、いつの間にか終わっていました(毎度すみません)。

さて、休憩後はいよいよ「山姥」。今回は「雪月花之舞 卵胎湿化」バージョンだそうです。

あらすじは、京で山姥の舞踊で評判をとった、「百万山姥」というあだ名の遊女が、善光寺参りの途中で女の住む家に泊めてもらいます。その女が山姥で、本当の山姥の舞踊を見せて消えていくというお話。もうちょっと細かい筋があるのですが、事前に調べて行かなかったのはちょっと後悔でした。

前段は、遊女の従者と里の者、女との会話が理解できて、演劇的な感じです。シテが女から山姥に代わる間に、「替えの間狂言」として、里の者(おなじみ石田幸雄さん)が山姥の出生の由来である(卵胎湿化)について話をするというひとくだりがあります。これは上演が稀だそうですが、前段と後段の間にうまく入って、流れを切ることなく少し気分を切り替えるものでよいなあと思いました。

そしていよいよ山姥の登場。橋掛りにふっと現れて、ひとしきり所作をするんですが、私の脇正面の席から間近に見えました。私、なんとなく山姥ってもっと恐ろしい面かと思っていたのですが、山姥専用の面は、かわいらしいといってもいいくらいで、楽しんでいるような、豊かな表情を感じられました。遊女の面が、のっぺりして男性のほほの線が出てしまっているのに対し、山姥の面はすっぽり顔を覆っているうえ、髪の分量が多いので、小顔に見えてそれもかわいい理由かもしれません。

また今日の山姥の衣装がとっても素敵。凝った地模様にいい色合いのひし形の柄が入り、袴はキラキラした金色。歌舞伎の「黒塚」の山姥はもっと枯れてましたが、こちらの山姥の衣装には見惚れてしまいました。

山姥登場から緩急をつけた舞、謡と地謡、大鼓ほかの鳴り物の迫力で、あっという間の1時間ほど、計2時間の大曲を堪能しました。

粟谷能の会「安宅」「鉄輪」狂言「鐘の音」@国立能楽堂

Photo_2喜多流の粟谷明生さんの還暦記念の「安宅」を中心とした能の会です。安宅といえば、歌舞伎の「勧進帳」の元になった、弁慶が安宅の関を切り抜ける、アレです。

今回、事前鑑賞講座がありまして、これにも参加してみました。女優の金子あいさんの司会で、シテの粟谷明生さんのほか、狂言の野村万蔵さんによる見どころ紹介です。これがたいへんに興味深く、義経に背負わせる笈(おい)が軽いとか、郎党は足がしびれるときがあるとか、稽古のときには義経の笠を使わないので、打擲の程度がわからずたたかれてびっくりすることがあるとか、歌舞伎よりも郎党が多いので、勢いがあるとか、明生さんは、お若い頃は様式美から入り、様式美と芝居の混合から、今は芝居を一番見せたいと思っていること、など、いろいろなお話がたっぷりありました。還暦を目の前にして快活で充実感あふれる明生さんと、イケメン俳優のような野村万蔵さんを間近で拝見して、私的にはいやがうえにも期待が盛り上がっていたところであります。

さて、まずはその「安宅」。 

台詞もたいへん聞きやすく、これまで見た(2回ですが)能の中では、いちばんお芝居に近い感覚で、90分を楽しむことができました。事前に伺っていた通り、義経一行の団結感が、能舞台の空間構成的にも面白く、また、弁慶と富樫の対決の緊張感もよかったです。

粟谷明生さんが安宅をやるのは3回目だそうですが、一行のリーダーとしての役回り、なんとしても主を通そうとする気概が、明生さんの充実感とあいまって、立派な弁慶でした。

私、初の歌舞伎が團十郎さんの最後の勧進帳だったのですが、表情をつくらない能では、歌舞伎ほどの細やかな感情は表せないものの、山伏の神聖さが富樫を恐れさせ、関を通らせるという部分は、ちがいとして面白いと思いました。

私のような素人に不思議だったのは義経を子役がやること。この舞台子方友枝大風くんは、整った品あるお顔立ちで熱演だったのですが、しかし、義経と頼朝の不和は義経の軍功にあったわけですから、さすがに声変わり前の少年がやるのは不思議。なぜここまで大人の芸能に、子どもの役ではないのに子どもを充てるのか、理解に苦しみました。歌舞伎で見たのは染五郎の代役とはいえ藤十郎さんでしたから。大人なら、もう少しあたたかな弁慶との主従の通い合いがみられたのでは、と思います。

剛力の万蔵さん、太刀持の、万蔵さんの息子の虎之介さんは二人ながら声も姿も立派でして、どうしてこうも野村家は跡継ぎにめぐまれているのかと思いましたです。

休憩をはさんで狂言「鐘の音」。

主人が息子の成人祝いに黄金の太刀を作ってやろうと、太郎冠者に、鎌倉に行って「黄金(かね)の値」をきいてこい、と命ずるのですが、太郎冠者は鎌倉の名寺の「鐘の音」を調べます。鐘の音を歌う太郎冠者の野村萬さん85歳の見事な声音。円覚寺や建長寺など、おなじみの名刹が登場して、大変愉快でした。

最後は粟谷能夫さんの「鉄輪」。

夫に捨てられた女が、夫と後妻に復讐に行きますが、安倍清明の力により追い払われます。

シテが女と鬼女(面はちょっと角が出ている生成<なまなり>)。衣装も凝っています。阿倍清明の祈祷の棚が、木でつくったのでしょうが、真っ白に塗ってしまっているので、かえってホームセンターの台のように見えてしまいました。また、脚本上やむをえないのでしょうが、ちょっと地唄と女のセリフの分け方が不思議で、最後、阿倍清明もいいところなく黙って舞台からいなくなるのがちょっと残念。

と、細かいところではつい突っ込んでしまうようなところもあるのですが、いちばん典型的なお能で、たいへん勉強になりました。

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さて、国立劇場は都心の千駄ヶ谷にありながら、静かな街にゆったりと建てられていて、素敵なところです。中庭のつくりも幕間にほっとします。劇場から展示室が続いていて、今回は、一橋徳川家が、二代目から能愛好家だったことによる同家の能の支持者ぶり、当時の能にまつわる品々が展示されていまして、興味深かったです。

文楽「妹背山女庭訓」

Imoseyama2度目の文楽は、「妹背山女庭訓(いもせやまおんなていきん)」の通し上演です。歌舞伎でも人気の演目ですね。

酒屋の衆が、井戸替え(洗い)を終わって酒盛りをしようとしているところに、隣の烏帽子折の求馬(もとめ)がやってきます。いかにも庶民の中にあって、求馬のすっきりとした色男ぶり。酒屋の娘お三輪(今は留守)が惚れ込んでいるのも無理はありません。

その夜、求馬のところに、橘姫がやってきます。それをお三輪に告げ口する丁稚の子太郎。求馬につめよるお三輪。橘姫もやってきて、三角関係が顕現化。恋がかなうおまじないの苧環(おだまき)を回して踊る三者。

さて、舞台は変わって入鹿の贅を尽くした御殿。漁師の鱶七が鎌足の使者と称してやってきて、家来とひと悶着あります。

さて、橘姫は実は入鹿の妹で、実は鎌足の息子である淡海である求馬には素性を隠していたのですが、苧環をたどって再会した淡海に、十握の宝剣を盗んだら、夫婦になると言われ、承知します。

そしてお三輪も入鹿の御殿に。官女たちに見とがめられ、なんとか淡海に会いたいというお三輪を、官女は酌だの謡だのをさせ、笑いものにしたうえ、暴力まで。お三輪はプライドを傷つけられて逆上し、人相も変わりますが、そこに鱶七がやってきて、お三輪に刀をつきたて、「疑着の相」の女の血が、入鹿を殺すのに必要だ、お三輪は愛する人の手柄となって死ぬのだと伝えます。

橘姫は、打ち合わせ通り、酒宴で踊りながら、宝剣を奪おうとします。裏切りを知った入鹿に切りつけられる橘姫。しかし、お三輪の生き血を注がれた笛の音が流れ、倒れた入鹿は、やってきた鎌足に首を落とされ、しばらく生首は空中を舞うものの、見事討ち取られたのでした。

と、思わず思い出しながらあらすじをつらつら書いてしまいました。三角関係の恋のくどきあり、器用に苧環をくるくるしての踊りあり、色っぽい台詞あり、大立ち回りありの、まさにエンタテイメントです。江戸の庶民は、さぞや楽しみにして、笑ったり泣いたりすかっとして芝居小屋(というんでしょうか)を後にしたことでしょう。

登場人物の中では、色男の求馬が、まあ二人の娘のどちらにもいい顔をして。橘姫に無理難題。姫は最後、手傷を負いながらも竜になった宝剣を追って川に飛び込むんですよ。お姫様なのに。プログラムには、助かって淡海と結婚すると書いてありましたが、見てるときにはびっくりしました。

入鹿の怪物ぶりも見ものです。ひときわ大きく、お顔も迫力で、生首だけでも恐ろしく、最後の場面は、わかっていても、ハラハラさせてくれます。

しかし、やはり健気でかわいいお三輪ちゃん。橘姫の存在を知って詰め寄るのもわかるし、必死に入鹿の屋敷に乗り込んできたのに官女たちに嬲られるのも哀れ(この作者近松半二は、若い女性がいたぶられるシーンを描くのが得意だったとか)。桐竹勘十郎さんの人形遣いが滑らかで、ひときわ生き生きと魅力的に見えました。

大夫も三味線もみなさん個性豊かでそれぞれに素晴らしいのですが、盛り上がったのがそのお三輪の屋敷の場面の千歳大夫さん。あんなに力を入れなくともという方もいるかもしれませんが、やっぱり生身の語りの面白さです。

一人で演じ分けるのは、そうだ、落語にも似ているんだ、と思いました。男性がやる女性の声色、人形の演技、倫理観までも、いくつも頭の中で「見立て」をして、ちゃんと大人のお芝居としてみることができる脳ってすごい、なんてことも思いましたですよ。こういうものが日本にしかないのかどうかはよく知りませんが、庶民がこれを楽しんできたというのは、日本文化の豊かさの一端ですね。

文楽「伽羅先代萩」「紙子仕立両面鑑」@国立劇場

Bunrakusendaihagi_452x640_2ほぼ初めての本格的な文楽公演を国立劇場で見てまいりました。演目は先月この国立劇場で歌舞伎の通しを見た「伽羅先代萩」ということで、とっつきやすいかなあと思っておりましたが、この名作を2つの形で見られたのはたいへん興味深いものでした。

国立劇場ということで、600円と安いパンフレットに台本もついていますし、字幕がしっかり表示されますので、楽しむだけならイヤホンガイドもいらないかなと思いました。

まずは、先代萩「竹の間の段」。鶴喜代君を守り、男性を遠ざけている乳母政岡のところに八汐と沖野井がやってくるところですね。この段のみ、義太夫が掛け合いで、役に合った声の人があてていましたが、子役などぴったりでした。

お人形の美しさにまずびっくり。チラシは政岡なんですが、理想的な美しい女性の顔、そして八汐はやはり憎らしい顔をしています。

竹の間の女同士のやりとりの後は、いよいよ「御殿の段」。前半の後ろの方は、有名だけど前回の歌舞伎上演でもやらなかった飯炊きの場です。確かに地味なんですが、鶴喜代、千松と政岡のやりとりが、この後の悲劇をより盛り上げる伏線になっていますね。

そしていよいよ栄御前が登場する後半。千松の死をぐっとこらえる政岡、誰もいなくなって泣き崩れる政岡。呂勢大夫さん、メリハリのきいた口跡と、力強さで、「でかしゃった、でかしゃった」を謡い上げて感動を盛り上げてくれました。もちろん、先月の藤十郎さんの渾身の「でかしゃった」を思い浮かべながら見ておりましたですよ。

休憩の後は、「紙子仕立両面鑑」。芳穂大夫さんは、いかにも上方の世話物らしい軽妙な味があって面白い語り口。舞台装置や小道具もしっかりあるんですね。

役柄もあるのでしょうが、政岡とはまたちがった清楚な美しさのお松の人形の顔の角度や細かな動きがリアルなのには感心しました。母、兄と手を握り合って泣くところなど、握った手の力強さが伝わってくるよう。

後半の義太夫は千歳大夫さん。表情たっぷりの大熱演で盛り上がりました。現代にはないけれどなんだか納得させられる義理だの恩だののあと、人形とは思えないドタバタ活劇もあり、痛快なハッピーエンドでお客を気分よく劇場を送り出してくれるのはうれしいです。

休憩入れて4時間の長丁場ですが、三味線、義太夫、人形と見どころたっぷりで、もちろんまたいろいろとみてみたいと思いました。

能・テアトル・ノウ「砧」、狂言「茶壷」@宝生能楽堂

Kinuta
昨年、ほぼ初めての能「楊貴妃」を見た味方玄さんのテアトル・ノウ、今年は名曲「砧」を見てまいりました。

まずはこの会主宰の味方玄さんの父上味方健さんと味方團さんの仕舞。黒紋付のきりりとしたお姿が気持ちいいです。團さんの「松風」は、百人一首の「たち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば 今帰り来む」から始まったので、おおーと思ったりして。

次が舞囃子(仕舞との違いは不明ですが、こちらは笛、鼓、太鼓が入ってきます。片山幽雪さん、片山九郎右衛門さんの親子と観世淳夫さんの「三笑」。お三方の調和のとれた、でも一人ひとりの個性も垣間見える舞を、面白く拝見したのですが、鼓、太鼓と笛の音が気持ちよすぎて、肝心の笑うところ?見逃しました。すみません。

そして狂言「茶壷」。大好きな萬斎さんと高野和憲さん、初めての内藤連さん。脇正面から、真面目な連さんの茶壷をだまし取ろうとする萬斎さんのいたずらっぽい豊かな表情がじっくり見られて楽しめました。高野さんがいるだけで面白いのはいうに及ばずですが、内藤さんがひとり生真面目な声を張っているのがほほえましかったです。

休憩後はいよいよ「砧」。都に行った夫を待つ間に砧を打ちながら亡くなった妻の話です。ちょっとお能が久しぶりで、がっちりした、首も太い男性が優しい女性の面をかぶって出ていらっしゃることに初め違和感があるのですが(歌舞伎の女形はもう女性にしか見えませんからね)、徐々に目が慣れてきます。

北の方(味方玄)お面は、使いの夕霧の若女の面よりさらに味のある表情を感じるお面です。衣装もステキ。夫役の宝生欣也さんも、お顔が出ているだけ難しいと思うのですが、端正なたたずまいで素晴らしかったです。従者には、あれここにもの萬斎さん。ちゃんと見せ場がありました。

この演目も、囃子方の聞きごたえがあって、ほれぼれします。笛は昨年も感動した藤田六郎兵衛さん。今回の鼓の成田達志さん、大鼓の人間国宝亀井忠雄さんも流石でした。

脇正面って、能楽堂ではA席扱いでお安いのですが、橋掛も近いし、演者さんの表情がよく見えます。能楽関係者の皆さん、世間の劇場のS席、めちゃくちゃ遠い場合もありますから。能楽堂ならオール均一でもいいんじゃないですかねっ。

そうそう、昨年は、休憩時間のアナウンスもなくてすごいと思ったんですが、今年はさすがに10分間休憩ですと教えてくれました。でも、最近の劇場で必ずある、ケータイの電源オフの注意がなかったためか、途中で鳴っちゃったんですよね。それがとても残念でした。萬斎さん、怖い顔してました。

春風亭小朝独演会@鎌倉芸術館

Koasaまさかの2週連続の週末大雪!雪は積もっているけれど電車は動き始めたし、と思っていたら、10時半に開催のお知らせが鎌倉芸術館のHPに掲載されまして、なんとか予定通りに、小朝の独演会に行ってまいりました。2004年の談志、2012年の志の輔 に続く落語独演会です。

鎌倉芸術館は大船から徒歩10分ほどのしゃれたホールで、中庭というか光庭に大きな竹の林があったりしてさすがです。

最初は前座のぽん吉「元犬」。真っ白な犬が信心のおかげで人間になる話で、設定があるだけにどこまで続くのかと思いましたが、後からまだ20才のお弟子さんで、芸名も昨年12月についたばかりとわかり、その落ち着きにちょっと驚きました。

しかしやはり小朝が出てくると、時事ネタの枕はさすが、一瞬で会場の雰囲気を変えます。落語は古典のお馴染み「芝浜」。大金を拾った魚屋の金さん、もう働かないなんて言うので、女房が夢の話だとお金を隠します。金さんは元々目利きで、お得意さんの信頼を得て商いにやりがいを感じるうちに店をもつこともでき、無事に幸せな大晦日を迎えようという3年後に、女房がお金のことを打ち明けると言うストーリーです。

普段軽めの声でサクサク話す人が、魚屋の金さんの男っぽさは意外なくらいで、小朝というより繰り広げられる下町の世界に引き込まれます。そいでもって、私、小市民の勤労道徳とか真面目な者が報われるとか、夫婦の労りあいとかに弱いもんですから、最後はやっぱり泣けましたです。

ただ、この芝浜、2度目に寝るのは帰ってすぐじゃなくて、仲間に豪勢に奢ってからのはずなんですが、最初の方では、拾ってすぐ二度寝するように言ってて、ちょっとつじつまがあれ、と思ったんですよね。小朝のアレンジなら、普通の方がいいのでは。

休憩後は曲芸の翁家勝丸。芸でうならせるというより、おっとりとした人柄でマギー司郎のような芸風。この方、林家ライス・カレー子という漫才コンビの息子さんだそうです。というより、そこそこお笑い好きの私も知らないライス・カレー子さん。「環境漫才」ってどんなコンビなんでしょうね。

そして再び小朝。講談のような演台が置かれます(片付けたり置いたりするのは先ほどのぽん吉さん)。明智光秀役で出演中の「軍師官兵衛」の話に始まり、あれこれ語りながら、「越路吹雪物語」。越路吹雪の夫婦愛や日常生活を語ったものです。

これ、地方の独演会等でよくやっているようですが、今、どうなんでしょう。私も越路吹雪の愛の賛歌は知っていますが、どちらかというとパロディの方が印象が強いし、あの越路吹雪が意外に繊細で裏方として尽くしてくれた夫を立てていた、なんて話をきいてもね。昭和55年に亡くなっているそうですので、懐かしく思うのは60歳以上の方々でしょう。落語の観客の高齢化ははんぱないと小朝自身が言うので、きっとそのためのネタなんでしょうが、これ自体では笑えないし、1回はいいとして、2回は聞きたいとは思わないんですよね。

落語自体の豊かさや、それを伝える実力があるだけに、なんとも惜しいなあと思う幕切れでした。でも、このネタでなければまた見たいし、やっぱり落語って素晴らしいし、今度は昇太、花禄あたりもぜひ見たいです。