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演劇界「歌舞伎俳優から皆様へ― このひと役」と私の「このひと役」

 2006enngekikai  3月以来の歌舞伎公演全中止で、役者さんやスタッフさんだけでなく、雑誌「演劇界」さんもさぞ困ったことでしょう。ほんとなら3月は歌舞伎座のほか、明治座の中村屋、国立の菊之助丈義経千本桜通し、南座の新版オグリがあったはずですし、何より5月の團十郎襲名に向けて、いろいろな記事を用意されていたと思います。そんな未曽有の苦境を逆手にとった6・7月合併号の特集企画が、これ。

(なお、児玉竜一先生の「三~五月 劇界の動向」は、歌舞伎のみならず、この間の演劇界全体の苦境を克明に記録した、後世への保存版だと思います)。

117名の役者さんが、「このひと役」を選んで大きなカラー写真に短い一言を添えています。巻頭の海老蔵インタビュー以外のほとんどの誌面を費やした労作で、かえって保存版になってしまって、発売後3日で在庫払底、重版が決まるという人気。本人コメントのついた「かぶき手帖」大判という感じです。

役や写真の選び方がバラエティに富んでいて楽しい!えーっこのお役、と思うと、息子さんと一緒にもう一枚出ていたり、故人の父、祖父、師、大先輩との写真の方もいて。見ているうちに、つい、自分の「このひと役」を選びたくなってしまいました。といっても、2012年から歌舞伎を見始めたニワカなので、ほんとに私の個人的なものです。映像のみで見たものも含めてしまいました。迷う方はブログ内検索で思い出したりして。117名のうち、最近出られていない方など見ていない方、20代前半以下の方は除いています。

新作歌舞伎が多いのは、当て書きだったり、本公演より役が大きくなったりして、印象が強いからかもしれません。これに対して大幹部は、古典の大役のどれにしようか迷いました。

(演劇界での選出と並べていますので、まだご覧になっていなくてネタバレしたくない方はご注意ください)

   演劇界  私の「このひと役」
海老蔵 (インタビュー掲載のためなし) 助六 助六
嵐橘三郎 新口村 孫右衛門 弁天小僧 浜松屋番頭
右團次 華果西遊記 孫悟空 名高大岡越前裁 天一坊
中車 綱豊卿 富森助右衛門 綱豊卿 富森助右衛門
猿弥 當世流小栗判官 矢橋の橋蔵 ワンピース ジンベエ
笑也 新・三国志 劉備玄徳 空ヲ刻ム者 双葉
笑三郎 四の切 静御前 ナルト 大蛇丸
弘太郎 ヤマトタケル ヘタルベ ヤマトタケル ヘタルベ
寿猿 黒塚 強力太郎吾 黒塚 強力太郎吾
猿之助 ワンピース ルフィ 黒塚 岩手・鬼女
左團次 助六 髭の意休 助六 髭の意休
男女蔵 博奕十王 閻魔大王 月光露針路日本 水主小市
團蔵 髪結新三 弥太五郎源七 髪結新三 弥太五郎源七
門之助 新版オグリ 薬師如来 新版歌祭文 座摩社山家屋佐四郎
友右衛門 綱豊卿 お喜世 不知火検校 岩瀬藤十郎
雀右衛門 二人道成寺 白拍子桜子 伊賀越道中双六岡崎 お谷
菊五郎 魚屋宗五郎 宗五郎 文七元結 長兵衛
菊之助 土蜘 土蜘の精 NINAGAWA十二夜 琵琶姫・獅子丸
尾上右近 弁天娘 弁天小僧菊之助 ワンピース ルフィ
松緑 慶安太平記 丸橋忠弥 名月八幡祭 縮屋新助
松也 御所五郎蔵 義賢最期 義賢
市蔵 切られ与三 蝙蝠の安 らくだ 家主幸兵衛
片岡亀蔵 大江戸りびんぐでっど くさや弟 阿弖流為 蛮甲
吉弥 天守物語 薄 帯屋 おとせ
秀太郎 近頃河原の逢引 遊女お俊 木の実 おせん
愛之助 新八犬伝 網干左母次郎 義賢最期 義賢
仁左衛門 吉田屋 伊左衛門 盛綱陣屋 盛綱
孝太郎 女鳴神 鳴神尼 女鳴神 鳴神尼
松之助 夏姿浪花暦 千草屋番頭幸助 実盛物語 九郎助
藤十郎 曾根崎心中 お初 伽羅先代萩 政岡
鴈治郎 曾根崎心中 徳兵衛 河庄 治兵衛
壱太郎 神霊矢口渡 お舟 GOEMON 出雲阿国
扇雀 艶容女舞衣 酒屋 お園 法界坊 お組
亀鶴 幸助餅 関取雷五 すし屋 梶原景時
宗之助 阿弖流為 無碍隋鏡 決闘!高田馬場 おもん
勘九郎 門出二人桃太郎 桃太郎 桜の森の満開の下 耳男
七之助 門出二人桃太郎 桃太郎 阿弖流為 立烏帽子・鈴鹿
吉右衛門 熊谷陣屋 熊谷直実 幡随院長兵衛 長兵衛
吉之丞 一条大蔵譚 勘解由 滝の白糸 裁判長
歌六 沼津 平作 伊賀越道中双六岡崎 幸兵衛
米吉 祇園一力茶屋 お軽 すし屋 お里
又五郎 鳥羽絵 下男升六 ひらかな盛衰記源太勘當 梶原景高
歌昇 絵本太功記 光秀 雨乞其角 船頭
種之助 祇園一力茶屋 平右衛門 ナウシカ 道化
時蔵 切られお富 お富 絵本合法衢 うんざりお松
梅枝 阿古屋 阿古屋 関の扉 小野小町・墨染
萬太郎 連獅子 仔獅子 義経千本桜 小金吾
錦之助 勧進帳 富樫 霊験亀山鉾 源之丞
隼人  寺子屋 源蔵 ナルト サスケ
獅童 今昔響宴千本桜 忠信 四谷怪談 伊右衛門
梅玉 菊畑 鬼三太 寺子屋 武部源蔵
莟玉 菊畑 虎蔵 文七元結 お七
魁春 新薄雪物語 梅の方 新薄雪物語 梅の方
東蔵 籠釣瓶 おきつ 競伊勢物語 小由
松江 九十九折 養子新造 仮名手本忠臣蔵大序 足利直義
児太郎 金閣寺 雪姫 大石最後の一日 おみの
芝翫 熊谷陣屋 熊谷直実 巷談宵宮雨 龍達
梅花 雷神不動北山櫻 腰元うてな すし屋 母おくら
竹三郎 四谷怪談 お岩 夏姿女団七 おとら
玉三郎 二人道成寺 白拍子花子 籠釣瓶 八ッ橋
巳之助 ナルト ナルト ワンピース ボン・クレー
彌十郎 関の扉 大友黒主 阿弖流為 藤原稀継
新悟 景清 保童丸 新版オグリ 照手姫
彦三郎 明君行状記 青地善左衛門 明君行状記 青地善左衛門
坂東亀蔵 弥生の花浅草祭 獅子の精 弥生の花浅草祭 獅子の精
萬次郎 女暫 巴御前 阿弖流為 御霊御前
橘太郎 曽我対面 清重 暗闇の丑松 湯屋番頭甚太郎
権十郎 角力場 放駒長吉 髪結新三 勝奴
白鸚 勧進帳弁慶 不知火検校 検校
幸四郎 勧進帳弁慶 決闘!高田馬場 堀部安兵衛
高麗蔵 熊谷陣屋 藤の方 石切梶原 梢
錦吾 河内山 北村大膳 決闘!高田馬場 菅野六郎左衛門

 

八坂堅二郎「音で観る歌舞伎―舞台裏からのぞいた伝統芸能」

2005otodemiru  国立劇場で長年伝統芸能全般の音響を担当してきた八坂堅二郎さんの「音で観る歌舞伎―舞台裏からのぞいた伝統芸能」(2009年)です。

 全260pのうち、80pくらいが能楽と文楽の基礎知識として舞台の構造や楽器など(歌舞伎じゃない!)、その後の80pくらいが演技以外の歌舞伎の舞台、大道具・小道具、衣装、かつら等の基礎知識です。知らなかったことが多かったんですが、舞台の高さに4パターンほどあり、1尺4寸高の「常足」は商家や民家の家、2尺8寸の高足は立派な寺院や御殿の高さ、その中間の中足は武士の屋敷などなのだそうです。なるほどそういえば。

そして最後の100pほどが、浄瑠璃(義太夫、常磐津、清元)と長唄などの音楽、効果音などの歌舞伎の音響について。音楽の種類毎に見台や肩衣がちがっているとか、赤子の鳴き声や動物の鳴き声、雨等の効果音をどうやって作っているか等。後者の音作りは、筆者の経験した具体的な苦労も交えて詳しく書かれています。

音楽については、メモしておきますね。

義太夫(竹本)…状況説明や心情の語り。三味線は太棹 見台は黒塗り。出語りあり。
清元…高い調子。三味線は中棹だが常磐津より柔らかい音。黒塗りの一本足の見台。萌葱色の肩衣。
常磐津…清元より語りの要素が強い。三味線は中棹。舞台下手で演奏することが多い。三本足の朱塗りの見台。柿色の肩衣。
長唄…歯切れよく速いテンポの演奏。三味線は細棹。見台は桐で足が交差しているもの。肩衣は演目によって違う。

国立劇場のスタッフの方の著作というと、織田紘二さんの「芸と人―戦後歌舞伎の名優たち」を読みましたが、八坂さんも同年代くらいなので、国立のスタッフなのに、公務員的なイメージと異なり、先輩の厳しい指導、ハードな仕事と必死の工夫の様子が、伝わってきます。そして、やはり歌右衛門さんの言葉の重みが、スタッフ一同に響いていたのだなと感じられます。

歌舞伎の上演が、伝統と多くのスタッフに支えられていることを改めて感じた本でした。

 

塙宣之「言い訳― 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか」

2004_20200411122801  ナイツの塙宣之が、M-1グランプリと漫才について分析した本「言い訳― 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか」です。この本がヒットして、webでも取材記事が上がっていた(東洋経済オンラインなど)ので、読みたいと思ってました。さすが漫才職人の塙、的確で面白く、あっという間に読んじゃいました。お笑い評論としては、ラサール石井「笑いの現場」以来の名作だと思います。

M-1は、第1期が2001年から2010年まで、中断を経て、第2期が2015年から今までとなっています。ナイツは第1回から参加し、2008年から2010年までは決勝進出、2015年は準決勝敗退。2018年からは、審査員を務めています。2015年に再開したときの審査員は、歴代優勝コンビの「ネタを書いている方」でしたが、2018年からは、松本人志、上沼恵美子、オール巨人などの大御所と、志らく、サンド富澤、中川家礼二と塙。M-1ではあまり活躍できなかったナイツですが、塙の漫才への静かな情熱が審査員の道につながったんでしょう。

関西の漫才と東京のちがい、しゃべくり漫才とコント漫才、相方と観客との三角関係の構築、自虐ネタや下ネタへの考え方、M-1の制限時間と勝敗についてなど、さすがの視点で、歴代王者や人気者になったコンビについて語っていきます。「大阪は漫才界のブラジル」、「練習しすぎると面白くない」など、とか、名言も多いし、野球ファンでなくともわかる野球のたとえも面白い。

ボケよりも、ツッコミについての記述が多いです。アンタッチャブルの柴田やフットボールアワーの後藤、サンドイッチマンの伊達についてはもちろん、南海キャンディーズの山里とか、ミキの昴生への高い評価に共感。しかし、類まれな精度でつっこむ相方の土屋についても触れてほしかったのだけが残念。ネタに価値を置く塙は、自虐や集中してないコンビに厳しいです。

一方で、スリムクラブや霜降り明星、ハライチなど、私はそこまで笑えないコンビの魅力も十分解説してくれました。なるほど。霜降りより和牛の方が好き(2018年M-1)だったけど、全力で笑わせようという勢いという目で改めてみると、面白いんだな霜降り明星。

すごい実力なのに、M-1ではウケた経験がないという塙。審査員となったとき、内海師匠ボケに今田のツッコミでウケたことに満足したとか。玄人ウケしようとする芸人として尖っているのが自分の欠点と分析もしています。太田か誰かに、塙の表情が死んでるって言われたりもしてたけど、やっぱりナイツ好きだよー。

 

御厨貴「知の格闘― 掟破りの政治学講義」

2004  政治史・政治学の学者、御厨貴さんの「知の格闘― 掟破りの政治学講義」というちくま新書です。御厨先生と言えば、政治家等への聞き書き、オーラル・ヒストリーで有名で、テレビの「時事放談」の聞き手を長らく務めていたので、あの、額の広いお顔はお馴染みです。

この本は、御厨さんが2011年に60歳で東大を退職する際に、業績の分野毎に全6回の最終講義を行った際のいわば記録です。各回とも、御厨さん自身による振り返り、気鋭の若手学者(建築は隈研吾さんですが)によるコメント、御厨さんの釈明、質疑応答で3時間半、土曜の午後まるまる使ってという力の入ったもの。新書とはいえ、約300pの力作です。

各分野というのが、オーラル・ヒストリー、公共政策、政治史、建築と政治、書評と時評、メディア(=映像)と政治というもの。読みだすと実に面白いです。政治という生臭いものを対象としながら、御厨氏自身はそれにのめりこまない、冷静なアプローチ、そして対象へのある種の毒舌。

小泉純一郎ではオーラル・ヒストリーが書けない理由や、宮沢喜一と竹下登への感想、後藤田正晴の菅直人評など興味深い。建築と政治というのは、政治家の家や、政治の舞台の建物の位置や構造から権力との関係を解きほぐすといったもの。東日本大震災復興構想会議のためにも尽力し、大変すぎたために同窓会はやりたくないとか。

それだけ自由に発言する御厨氏ですが、若手からは、先生の手法や考え方について、「政策そのものには興味がない」など、遠慮のない批評を受けています。

過去の著作も面白そうで、最終講義ながら、だいぶ遅れての御厨先生の入門編を読んだような気持になりました。

 

神田松之丞 聞き手 杉江松恋「絶滅危惧職、講談師を生きる」文庫版

  2003_20200310190301少し前に、新しい松之丞の本が出てる!と思って買ったら(「祝 真打昇進」の帯がかかっていたし)、2017年10月に出版された単行本に、伯山襲名決定後の状況などを書き足して、19年11月に出版した文庫本でした。

イケてない学生時代、芸人になると思い定めて、寄席や劇場に通った大学時代。談志に憧れて、講談というジャンルを選んで松鯉師匠を選んで入門、やる気のない前座修行、二つ目に昇進して、気鋭の仲間と成金や渋谷らくごで人気を博し、ラジオ「問わず語りの松之丞」でリスナーの人気も得ます。ほんと、絶滅危惧に瀕していた講談界に、よくぞこんな人が現れたなあ。杉江さんの編集がよいのでしょう、テンポよく松之丞の人となりを描いていきます。

私は2018年5月に初めて松之丞を見てから、何回かいろいろな機会に松之丞の講談を見るとともに、ラジオもradikoでけっこう聞いていますが、最近の自粛な夜の徒然に、過去の問わず語り(2017年4月の第1回から)を聞き始めちゃったんですよ。ラジオって聞きながらいろいろできるしね。

そうするとやっぱりわかってきますね。イケてない男子の潜在的な可能性とか、前座修行のような気配りやひたすら師匠に仕えるといった行動ができない新入社員でも、その時がくればわかるときがくるんだなとか、松之丞が末っ子気質で、甘ったれで褒められたいんだなとか。

ラジオのネタの中で、学生時代から憧れていた伊集院光に会ったときに、質問攻めにしたせいか、もう会わないと嫌われてしまったというのがけっこう有名なんですけど、それ、わかる気がするんです。よく、対談で相手を質問攻めにするんですけど、会話のキャッチボールにならないと面白くない。歌舞伎評論家の児玉竜一先生との対談のときも、児玉先生に質問ばかりして、児玉先生が話したいことには流れが行かずもどかしかったですもん。児玉ー木ノ下対談が面白かっただけに!

でも、やっぱりこの人、聞き手に合わせて物語をさせたらうまい。見知らぬ人のエピソードが、生き生きと、面白く聞けます。講談界の発展という志の高い甘ったれな伯山がどうなるのか、注目していきたいです。

(伯山TV)

ところでYouTubeの伯山TVで、襲名披露の楽屋裏を毎日アップしてくれていました。見慣れた歌舞伎と比べると、襲名披露本人は話さず、真ん中で顔を上げています。落語家さんたちの口上だからすごく面白いのに、ニコリともしないのがへん。爆笑問題が延々とふざけているのに対してだけは、やめろと声を上げていました。

知らない落語家さんもたくさんでしたが、日々見ているうちに、すっかり文治さんと笑遊さん好きになっちゃった。粋で面白いし、文治さんは毎日替えてくる襦袢の超おしゃれなこと。この楽屋裏、口上、伯山のマクラ、講談の最後、三本締めと流れが安定しているのもうまいし、楽屋の音が取れていなかった回では、活弁士の坂本頼光にアテレコさせたのもとっても面白かったです。

襲名披露の終わった後は、畦倉重四郎の連続読み19本の毎日アップ、これが先が聞きたくてうずうずします。ほんとにありがとう伯山さん!

 

 

 

 

小林恭子「英国公文書の世界史― 一次資料の宝石箱」

  2003英国在住のジャーナリスト、小林恭子さんの「英国公文書の世界史― 一次資料の宝石箱」です。英国の公文書館に保存してある文書をキーとして、英国の歴史のエピソードを綴った新書なのですが、これがなかなか面白かった!

第1章は日本関係、夏目漱石の名のある国勢調査、同時代に画家としてロンドンで活躍した牧野義男の写真、原爆開発の研究者の「フリッシュ―バイエルスの覚書」、原爆投下後の日本の状況についての報告書、ビートルズ来日についての英国大使の報告書(←熱狂と警備と外交的な効果についての興味深い記載です)。

第2章以降は英国を中心とする歴史です。公文書館最古の文書である1086年の土地台帳「ドゥームズデイ・ブック(Domesday Book)」に始まり、マグナ・カルタ、ヘンリー八世の離婚証明、シェイクスピアの遺言書、蒸気機関車の見取り図、世界初の切手、ウィリアム・モリスの布見本、切り裂きジャックの手紙、婦人参政権運動家の女性の写真、英仏の中東の版図に関する極秘協定「サイクス・ピコ」、チャーチルとスターリンの第二次世界大戦後のヨーロッパ支配に関する密約の手書きメモ、インド・パキスタンの分離・独立に関する文書、ケンブリッジ・スパイの電報、などなど。

文書にまつわる歴史的事実を各7、8ページで説明しているのですが、さすが英国の歴史は世界史で勉強したことも多く、それぞれの項目が興味深く、面白く読めました。これだけの内容を、複雑なものも含めて平易に解説されているのは、歴史家でない、著者のジャーナリストとしての経験によるものでしょう。

どれも面白いのですが、この本で初めて知ったケンブリッジ・スパイの話。東西冷戦時代、名門校からケンブリッジ大を出た、純粋な英国のエリート外交官や官僚、美術史家等5人が、ケンブリッジで共産主義に共感したことから、ソ連のスパイとして、原爆開発や米英関係などの機密情報を送り続けていたというのですよ!とくに王室との関係も深くエリザベス女王から勲章まで得た美術史家のブラントは、自白後もスパイであった事実をしばらく公にされず、エリザベス女王はそれをいつ知ったのか、という謎も残されています。

最後は、自由に資料が利用できる英国公文書館と我が国の公文書館の実情についても触れています。

 

ドナルド・キーン 河路由佳「ドナルド・キーン わたしの日本語修行」

2002_20200221225401  ドナルド・キーン氏の日本語習得、日本文学との関係について、河路由佳さんがインタビューした内容をまとめた本です。キーン氏については、ずっと以前、朝日新聞の連載の「百代の過客」を読んでいたとき、あまりに見事な日本語なので、翻訳なのだろうかと思った記憶がありますが、この本で、キーン氏の日本語力について、なんというか、謎が解けました。わりと日本語関係の本が好きで以前はよく読んでいたのですが、この本もたへん面白かったです。

「わたしの日本語修行」というタイトルは、日本語習得の過程のみを指すように感じますが(小澤征爾さんの「ボクの音楽武者修行」という面白い本がありました)、とんでもない、「不世出の日本文学研究者ドナルド・キーンはいかに学び、教えたか」といった本です。河路さんの、キーン氏への深い尊敬の念と、この機会に彼の歩みをできる限り詳しく形に残そうという思いがあふれています。

キーンさんはニューヨークに生まれ、子どもの頃から外国語に関心が高く、また優秀だったので飛び級で16歳でコロンビア大学に入学し、もとから興味のあったフランス語のほか、古代ギリシア語を学び、また中国人と友人になったことから中国語を学びます。ここで漢字を学んだことが、後に日本語学習に生きてくるのです。

第二次世界大戦が勃発したころ、キーンさんはタイムズスクェアでアーサー・ウエーリーによる源氏物語の翻訳本に出合い、夢中になります。大学で少し日本語を勉強した後、19歳で海軍日本語学校に志願して入学します。そこでは、実践的かつ文学的香り豊かな長沼直江氏作成の教科書を使った、リベラルで魅力的な日本語教育の場がありました。キーンさんはわずか11か月という驚異的な短期間で日本語を身につけ、軍の仕事につきます。

ハワイの真珠湾では、押収された日本軍の文書の翻訳をします。行書を学んでいたために手書きの日記も読めたのですが、アメリカでは秘密を洩らさないよう日記を書くことは禁止されていましたが、日本の兵士は日記を書くことを奨励されていました。日本語が読まれるはずがないと考えていたのかもしれません。日記は、とくに日本にいる間は上官の検閲を意識した愛国的なものでしたが、戦地で命の危険にさらされたときの日記は本当の気持ちがあふれ、キーンさんは感動しながら読み、これが日本人の日記文学を研究テーマの一つにすることにつながります。

その後、キーンさんはコロンビア大学大学院やケンブリッジ大での職を経て、1953年に初めて日本に留学し京大で学びます。それから日本とアメリカを行き来しながら、自らの研究と著作に加えて、多くの日本文学研究者を育てるのです。優れた先生や、優秀な教え子に対する愛情にも打たれます。

卓越した能力と、漢字が好きで日本語と日本文学を愛し、真摯で熱心な教育者でもあったキーンさんがいなかったら、世界での日本文学研究の地位は、現在よりもずっとマイナーなものであっただろうと思いました。

ところで、第5章に、正岡子規に関する著書の話が出てきます。キーンさんは、「子規の英語力は高いです。…でも、自分ではできないと思っていた。それはなぜかというと、同じクラスに夏目漱石がいたからです。漱石の英語は見事です。上手どころではなく、完璧です。」と言っています。先日、著者の伊集院静氏の病気のために中断してしまった日経の連載小説「ミチクサ先生」で、英語のできる漱石と、大学の勉強よりも俳句や漢詩の創作に情熱を捧げた友情の物語を読んでいたものですから、キーンさんのこの評価と全く合致しているのに納得してしまいました。さすがに伊集院氏もこの本は読んでいないでしょうが。

伊藤比呂美「新訳 説教節 小栗判官・しんとく丸・山椒大夫」

202002  スーパー歌舞伎Ⅱ「新版オグリ」が、元は説教節だとは聞いていたのですが、その説教節というジャンルが何かを知らないままにいたところ、あの伊藤比呂美さんが現代語訳の本「新訳 説教節 小栗判官・しんとく丸・山椒大夫」を2015年に出していた!ということで読んでみました。

あの、というのは、詩人である伊藤さんの独特のリズム感のある子育てエッセー「良いおっぱい悪いおっぱい」「おなかほっぺおしり」「おなかほっぺおしりふとももそしてふともも」「コドモより親が大事」「伊藤フキゲン製作所」は当時ほんとによく読んだものでして、しばらく空いて、あの熊本生活を一緒にしていたポーランド文学者の夫と離婚していたと知った時はびっくりしたのでした。伊藤さんの真似をして、子どもに「ぐりとぐら」を読むときには、「ぼくらの名前はぐりとぐら~」にメロディをつけて歌っていたのが懐かしい。

さて、説教節とは、1600年頃を最盛期とする、神仏のご利益を物語で語る口承文芸だそうで、題材は能や浄瑠璃に転化したものもあります。この本の3作以外では、「苅萱」「信太妻(葛の葉)」が有名だそうです。ささら芸人によって街角で語られ、物語性が豊かで、庶民的な芸能といえましょう。

この本では、詩人としての言葉への感性を生かして、手紙や道行の地名等にとても詩的な表現をしながら、昔話のように物語が紡がれていきます。

「小栗判官」は、優れているものの不遜な小栗、人喰い馬鬼鹿毛の乗りこなし、流されて売られ、遊女となるのを拒否して懸命に働く照手、休みをもらって餓鬼病の車を引く照手、病気が治って国司として照手を迎えに行く小栗、と、お話はオグリと同じ。よく働く強い女性が描かれていることに惹かれたと伊藤さんがいうように、ほんとに照手が毅然としていてさわやかです。こちらの十人衆は毒殺されたまま復活できないんですね。地獄の十王になるけれど。

「しんとく丸」は、「俊徳丸」すなわち「摂州合邦辻」の元といわれていますが、こちらは父の後妻との禁断の愛という要素はなく、むしろ継母の呪いで病んだしんとく丸と乙姫との純愛物語になっています。病む前のしんとく丸の手紙とそれへの乙姫の返事が、小栗と照手とのやり取りと同じところが面白いです。寺山修司の「身毒丸」にもつながっているんですね。

「山椒大夫」は、森鴎外の小説、子ども向けの昔話「安寿と厨子王」のお話。改めて読むと、山椒大夫のところから弟厨子王を逃がして一人残った安寿が責め殺される場面が残忍です。昔から、若い美しい女性が責めさいなまれる場面はある意味人気があったのでしょうか。

最後に「わたしの説教節」として、伊藤さんと説教節について、わかりやすい説明がありますし、裏表紙には、説教節を語る伊藤さんのイラストがあったりして、面白い本でした。

木谷真紀子「三島由紀夫と歌舞伎」

  202001_202001302138011月の歌舞伎座の「鰯売恋曳網」が三島由紀夫の作品と知って、見る前に、鰯売のところだけ読んでいった本です。三島由紀夫の研究者 木谷真紀子氏の「三島由紀夫と歌舞伎」。三島由紀夫の書いた6つの歌舞伎演目について、三島の言葉による意図、初演の配役、あらすじ、題材とした底本の捜索、評判等、すべてがわかる労作です。面白かった!

 私にとって三島は、学生時代、文学作品をいろいろ読んでいったのに、三島由紀夫は「何となくヤバそう」(←当時はそんな言葉の使い方はしていなかったですが、ほんとにそんな感じ)で後回しにしていたら、ほんの一部しか読まずにきてしまったという作家です。しかし、その俊敏な頭脳から繰り出される美しい言葉と美意識に貫かれた世界、そのうちじっくり読みたいものです。「黒蜥蜴」も、明瞭で美しい台詞の劇でしたっけ。

さてこの本は、三島と歌舞伎の出会いから始まります。子どもの頃から祖母や母が通う歌舞伎に憧れていた三島は、中学1年の時、初めて仮名手本忠臣蔵に連れて行ってもらい、しわくちゃの顔世御前が美人として女の声で話すのに驚き、「何かこのくさやの干物みたいな非常に臭いんだけれども、美味しい妙な味があるということを子供心に感じられた」というのです。歌舞伎のとりことなった三島は丸本で予習したうえでメモをとりながら歌舞伎を見、芝居日記を残します。

三島は「現代語や中途半端な新歌舞伎調台詞の新作がきらひ」であったため、歌舞伎の古典的な技術を生かして、文学的精神を注入したい、と考えていました。下座、囃子方も生かし、見得も工夫したいと言っていたそうです。そして、六代目歌右衛門に心酔していた彼は、歌右衛門主役の歌舞伎を書きます。

三島歌舞伎 第1作は芥川龍之介原作の「地獄変」(昭和28年-三島は28歳)。芥川は人命を犠牲にしてまで芸術至上主義を貫く絵師良秀を描いているのに対し、三島版では美しい娘を火に投じるサディスティックな大臣を描いています。大詰の牛車の燃える場面の効果がすばらしく、役者も合っていて(大臣八代目幸四郎、絵師良秀 十七代目勘三郎、そして良秀娘歌右衛門)好評だったそうです。

2作目は「鰯売戀曳網」(昭和29年)。初演は猿源氏 十七代目勘三郎、父なむあみだぶつ 先代中車、蛍火 歌右衛門。三島歌舞伎で最も評価されており、十八代勘三郎・玉三郎、今の勘九郎・七之助で再演されています。歌右衛門さんにも「歌舞伎の中に新しい空気が入ったという感じ」と絶賛されました。三島は笑劇(ファルス)を書きたいと思い、昔から好きだったお伽草子から題材をとっています。

ただし、三島は勘三郎の猿源氏には不満だったようです。三島はみていませんが、十八代目の猿源氏の方が、すっきりと二枚目仕立てで、野卑たところがなく、戯曲の味を生かしていいと評価されてもいます。この1月の勘九郎の猿源氏は、私にはこれ以上のものはなく、生真面目な中身もユーモアと温かみがあり、身体能力を生かした愛すべき猿源氏だったように思いました。

3作目は、歌右衛門さんから要望のあった舞踊「熊野(ゆや)」(昭和30年)。宗盛(八代目幸四郎)と、病気の母を気遣って暇を願って舞う愛妾熊野(歌右衛門)の物語。その後6回と、三島歌舞伎では最も再演されています。熊野は、歌右衛門のほか玉三郎が、宗盛は初代猿翁、二代目松緑、延若、当代仁左衛門、と、名優がやっているんですね。これからも再演あるかも。三島は、「近代能楽集」でもこの題材を取り上げています。

4作目は、「芙蓉露大内實記」(昭和30年)。なんと、ラシーヌの「フェードル」の歌舞伎化ですよ。私は大竹しのぶの「フェードル」に感動しましたが、三島は、この悲劇は日本人俳優では上演は無理で、フェードルを演じられるのは歌右衛門しかいない、と思ったようです。私が現幸四郎にイッポリトをやってもらいたかったと思ったのもあながち外れてないってことですかね。

いいアイディアのように思えますが、評判はよろしくなく、再演されていません。ひとつには、芙蓉前(フェードル)の夫役である初代猿翁が、役の描かれ方に不満で、脚本を直したことが影響していると三島は感じたようです。そのためもあって、人物造形が変わってしまい、芙蓉前の人格が共感を得られなくなってしまったと。

5作目は、「むすめごのみ帯取池」(昭和33年)。山東京伝の読本を素材にして、後ろ向きの「がんどう返し」など、観客を驚かせるような仕掛けも盛り込んだ作品。帯を池に浮かせてそれを取ろうとする旅人を襲う盗賊蝦蟇丸(初代猿翁)、関わる菊姫(歌右衛門)、菊姫の母だが、蝦蟇丸の妻となったおわさ(時蔵)などの物語。

6作目は、馬琴の長編読本から「椿説弓張月」(昭和44年)。保元の乱で敗れた為朝が琉球に渡ったという伝説の話です。歌舞伎の手法を盛り込んだ作劇ながら、為朝を挫折の武将として描いたために、芝居としてのカタルシスに欠けると言われていますが、その後けっこう再演されているようですね。為朝は、2012年現幸四郎、2002年二代目猿翁など。わあ、また澤瀉屋でやるかも!

さてこの作品は、前作から11年空いており、その間に歌舞伎は衰退し、歌右衛門でなく玉三郎が為朝の妻白縫という重要な役をやり、国立劇場の意欲的な新作として作られたという特徴があります。三島は、歌舞伎は役者が思うようにやってくれず、自分の演出家としての才能の限界を嘆いていたそうです。

それにしても、三島が市谷で割腹自殺をしたのが昭和45年です。どこかの時点から、ある種の狂気に取りつかれていったのでしょうが、その前年に、古典の技法を尽くした、娯楽の王様のような歌舞伎を書いていたとは。

長くなりましたが、三島のような天才がここまで歌舞伎とかかわっていたことがよくわかりましたし、歌舞伎という一点からも、その早すぎる死が惜しまれると思ったことでした。

 

 

 

中村義裕「歌舞伎と日本人」 早稲田大学演劇博物館編「芝居絵に見る江戸・明治の歌舞伎」中村雀右衛門「私事」 中村勘三郎「襲名十八代」

201912_20191226213601  まずは、歌舞伎の歴史を綴った本2冊、1冊目は演劇評論家 中村義裕さんの「歌舞伎と日本人」、2018年1月発行と比較的新しい本です。

お馴染みの「出雲の阿国」から始まり、江戸時代の興行システム、幕府の弾圧との戦い、名作の誕生、費用や時間、死絵(人気役者の死後の姿を描いたもの)。明治になってからの歌舞伎の社会的地位の変化、歌舞伎俳優として海外視察や新劇にも取り組んだ二世左團次。

そして映画と歌舞伎役者とのかかわり、戦争の影響、GHQによる歌舞伎の危機、菊五郎劇団と吉右衛門劇団、国立劇場の目指したもの、歌舞伎をよみがえらせた市川猿之助の苦悩、平成での人気役者の死、忠臣蔵の断絶とこれからの歌舞伎。

歌舞伎の歴史をとても立体的にわかりやすく書いてくれています。とくに江戸・明治については、具体的にイメージできるような記述ですし、前進座や小芝居についてもよくわかって、勉強になりました。

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  2冊目は、早稲田大学演劇博物館編「芝居絵に見る江戸・明治の歌舞伎」です。127pの本のほとんどがカラーで、歌舞伎の歴史を当時の絵とともに解説しています。

がぜん面白くなるのが、「第2章 歌舞伎の完成」以降。絵の保存状態もよくなり、歌川豊国や写楽等が、具体的な演目名や役者名を入れて制作した芝居絵は、生き生きと歌舞伎の楽しさを伝えてくれます。何より知った演目が増えてくるのが楽しい。解説もコンパクトながら要点を押さえていてわかりやすく、繰り返しみたくなります。さすが早稲田の演劇研究家の先生たち(児玉竜一先生ももちろん入ってますよ)。

江戸、明治の人たちも、面白かった芝居の余韻に浸りたくて、芝居絵や解説本を買ったのかな、とうれしくなりました。

 

2020

  次は役者の本で、先代である、四代目雀右衛門さんの「私事 死んだつもりで生きている」です。六代目大谷友右衛門の息子として生まれ、一度は友右衛門を継ぎながら、戦死した友人の母に請われて雀右衛門を襲名したいきさつ、戦争時の苦労。戦後歌舞伎に戻り、今度は岳父の七代目幸四郎(雀右衛門さんの妻は十一世團十郎ら3兄弟の妹なんですね!)の勧めで女方の道に進むことになります。

ところが、歌右衛門、梅幸の活躍もあってなかなか役が付かないうちに、映画に出てヒットしたことから、しばらく映画スターとして活躍し、莫大な収入を得ます。80代の晩年まで瑞々しい美貌を誇った雀右衛門さんですが、素顔が父譲りの端整な美形なんですね。しかしご本人は、映画はただ出ていただけで、芸の面でも得るものはなく、早く歌舞伎に戻りたかったと、5年で歌舞伎に復帰します。しかしなかなか居場所がなく、大阪で修業し、ようやく44歳で雀右衛門を襲名してから、女方一筋の修行を続け、歌右衛門さんの死後は、第一人者として活躍します…。

非常に生真面目な、芸一筋の方ということがよくわかる本ですが、自宅は洋風で、趣味はバイク乗りやスキー、スケートと、歌舞伎とは縁遠い趣味をあえてもち、リラックスしたいと書いています。

 

 2020_20200109235301  最後は十八代目勘三郎さんの「襲名十八代 これは勘三郎からの恋文である」。2005年の勘三郎襲名直前までの2年弱、スポーツニッポンに連載されていた聞き書きの記事をまとめたものです。

あの勘三郎さんが、いちばんノリに乗っている時期なので、公私ともに大忙し。新作、人情劇、平成中村座、それに獅童、海老蔵、菊之助、息子たち。「ラストサムライ」も出てきます。ああ、この不思議な雰囲気の明治天皇は、って思ったんだっけ(若き七之助!」この本に出てくる藤山直美、渡辺えり、大竹しのぶ、唐沢寿明なども魅力的。

30歳頃に三津五郎とディスコに行ってうまく踊れなくて、三社祭を踊ってウケたこと。自分の「京鹿子娘道成寺」は、先代芝翫さんから教わって一番稽古をしたもので、六代目菊五郎の娘である母や、初代吉右衛門の娘・初代白鸚夫人がメンバーだった「古娘会」の厳しい女性たちに怒られながら覚えたものであること。弁天小僧を父から手取り足取り習ったこと。

さっと読めるのですが、芯から芝居の好きな、彼のエネルギーをもらったような元気な気持ちになる本でした。

(追記)

2001toyokuni 国立劇場に行ったら、伝統芸能館で、初代歌川豊国生誕250年記念「歌川豊国 ―歌川派の役者絵―」をやっていたので、おお、「芝居絵」だと思って見てきました。

 実物はやはり筆致の勢いを感じられていいですね。色も鮮やか。当時の人気役者による人気演目のいい場面を掬い取った芝居絵。私たちが舞台写真を買うように、江戸の芝居好きが大事に買って家で眺めていたと思うと、とたんに江戸が近く感じられました。

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