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今井良「テロ vs 日本の警察-標的はどこか?」

Vs      NHK、民放で報道に携わってきて、警察担当記者という経歴もある今井良さんが、東京オリンピックを前に、過去のテロ事件、テロへの対処法、外国のテロ対策、テロ組織のネット利用等について書いたコンパクトな光文社新書「テロ vs 日本の警察-標的はどこか?」です。2017年10月発行と、最近の情報が織り込まれています。

人口が稠密で性善説で成り立っているような日本、こう見るとテロの危険性と隣り合わせ。テロ側の狙いどころは多々あるのに、守る方は地道な取り組みで、怖くなります。

過去のテロ事件も簡潔に振り返っていて、三菱重工ビル爆破事件等、当時はわからなかった恐ろしさも知ることができました。

淡々とした記述で、筆者はやんわりと危機に警鐘を鳴らしているのか、やや意図はつかみにくい感はありますが、個人としても街中での周囲への注意等、油断してはいけないのだな、と思いました。    

時実象一「コピペと捏造」

201806    情報学が専門の時実象一氏による「コピペと捏造」、2016年11月出版と比較的最近の本です。ネット社会における著作権侵害の問題を扱った気楽なペーパーバックかな、と思って手に取ったんですが、そういう本でした。

著者は東大理学部化学科卒、メーカー勤務を経て情報学を専門にするに至ったそうですが、科学の分野での論文捏造などについて調べているうちに(きっかけはSTAP細胞ですかね)、コピペ、剽窃、パクリ、改竄、捏造の実例がたくさん集まったので、まとめてみたとのこと。

小説やノンフィクションの剽窃、ライオン・キングとジャングル大帝レオ、マッド・アマノのパロディ裁判、佐野さんのロゴ登用、佐村河内氏のゴーストライター、村木事件での検察の証拠でっちあげ…と記憶にある事件も多数出てきます。

200ページほどの本で、実例を集めただけ、といった見方もできますが、個々のケースの記述は簡潔とはいえ、これだけ集めてもらうとなかなか面白いです。写真も豊富です。

人間の知的活動は他人のそれの上に乗って発展してきたという面もあり、きちんとした引用がなされていれば、もうちょっと許容されてもよいのでは、といった本音もちょっとすけて見える気がします。とはいっても、著者がウソや盗用を肯定しているわけではありませんが。

ところで印象的だったフレーズは、2chでみつけたというterryさんののツィート。なるほどです。

・バレて困るのがパクリ
・バレると嬉しいのがオマージュ
・バレないと困るのがパロディー

ジェニファー・ウェルシュ「歴史の逆襲」

1805         カナダ生まれの気鋭の国際関係学者、ジェニファー・ウェルシュさんの「歴史の逆襲― 21世紀の覇権、経済格差、大量移民、地政学の構図(The Return of History  Conflict,Migration and Geopolitics in the Twenty-First Century)」です。このすごいタイトルが示す通り、現代の国際社会が直面する深刻な問題を歴史的観点から述べた力作で、原著は2016年と最近の出版です。

1989年のベルリンの壁崩壊のとき、オックスフォードの大学院生だった著者は、当然ながら衝撃を受け、歴史の展開に感心を持ちながら国際関係を専門とします。当時フランシス・フクヤマ氏が書いた「歴史の終わり」は、ソ連崩壊は単に冷戦の終わりというだけではなく、西側の自由民主主義が人類統治の最終形態として普遍化されたと論じ、東西対立が終わったからには世界は平和に向かうと予言していました。その予言を知らなくとも、そう感じていた人は多かったことでしょう。

しかし、その後の世界はそんな単純なものではなかったのはご承知のとおりです。

序章を読んだ印象は、著者の民主主義観は、自分が受けた教育(すなわち日本の学校教育)とまったく同じであり、やっぱり私たちの社会構造に対する価値観は英米と同じなんだなということで(国内政治への個人の関心とか具体的な政治行動は違いますけど)、よって立つところは共通だと思いながら読み進めました。

序章以降の内容は、「蛮行への回帰」(ISの蛮行、中世と現代の技術のハイブリッドであるISの構造、リクルートされる多数のテロ戦闘員等)、「大量難民への回帰」(現代の意外な難民像、ヨーロッパ諸国の難民対応、試される民主主義、人道主義の理念)、「冷戦への回帰」(ソ連崩壊後のロシア、クリミア侵攻、西側と異なる価値観の維持とプーチンのポピュリズム)、そして「不平等への回帰」(国家内の所得格差の拡大とそれがもたらす社会の不安定さ)、となっています。

いま目に見えている世界の状況をもたらした背景についての手際のよい説明に目を開かれる思いで、この本を手にしてよかったと思うのですが、簡単には平和で公平な世界は実現しないと思うと、暗澹たる気持ちになります。

前述のとおり、価値観が共通なのと、平易な解説で難しくはないですが、翻訳はちょっと読みづらいです。

近藤史恵 歌舞伎シリーズ「ねむりねずみ」「散りしかたみに」「桜姫」「二人道成寺」「胡蝶殺し」

201804kondou2    近藤史恵さんの、歌舞伎役者が登場するミステリー「二人道成寺」が面白い、ときいて、この本を始め作者の歌舞伎シリーズ5冊を続けて読みました。

4冊目までは、30代の名題下女方役者瀬川小菊と、彼の大学時代の同級生で探偵の今泉、助手の山本君が歌舞伎界で起こった事件を解決するミステリー。小菊の師匠は、もうすぐ人間国宝の名女方瀬川菊花。

(以下、ネタバレなしです。最後の謎解きが面白いので)

最初は1994年のねむりねずみ。作者の第二作です。憑依型の女方銀弥が言葉をわすれていくのに戸惑う妻一子、相手役の二枚目岩井半四郎の婚約者の死の謎を追う今泉とワトソン役の小菊。登場人物の独白と小菊の場面が交互に展開して、思わぬ方向に進んでいき、どうなるのかと思えば意外な真実が今泉によって語られる、という、その後も続く展開です。

歌舞伎界というのがうまい設定だと思うのが、全体が大きな一族のようなものなので、今泉が解き明かした謎は、そのまま守られるんですよね。殺人犯が逃げおおせるといった倫理観に反する展開ではないですが、世間の好奇心を煽るよりは、そっとしておいてあげようというのがよくわかります。

201804kondou1次は1998年の「散りしかたみに」。本朝廿十四孝の八重垣姫を演じる菊花丈は、毎日同じところで降る花びらが気になって、探偵今泉に謎解きを頼みます。濡衣の紫之助、勝頼はその息子伊織。伊織は何者かに襲われ、顔に深い傷を負ってから、ふてぶてしさと艶めかしさを得た立ち役になったと評判。滝夜叉姫のような着物の美女虹子の謎は…。

手法に自信を持った作者が、前作よりもより自在に個性的な登場人物を操ります。紫之助の弟子紫のや、小菊の養成所の後輩織二等の雰囲気もよく書けていて、面白いです。

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3冊目は2002年の「桜姫」。父である歌舞伎役者朔二郎と疎遠の娘笙子は、亡くなった兄音也の友達だったという名題下の役者銀京と、兄の死の謎を追います。銀京は華と野心のある男で、笙子の従兄弟音也は彼に近づくなといいます。小菊は、大部屋役者の勉強会で「桜姫東文章」(見たことないんですが見たい!)の長浦で出ますが、その桜姫が銀京でした…。

これも真相は意外な展開です。

201804kondou44冊目は2004年の「二人道成寺」。御曹司の芙蓉と、脇役の家から出て人気の国蔵は、仲が悪いと言われていますが、二人とも「摂州合邦辻」の玉手御前を、菊花に習いに来ます。芙蓉のおっとりとしたお嬢さんの妻美咲、芙蓉の女性番頭実(みのり)は、美咲の危うさを懸念していましたがある日…。

この本を最初に読んで、面白いと思いました。大物役者に習いにくる二人の対照的な姿。「僕らの歌舞伎」や猿之助の本から、大先輩に習いにいく若い役者の様子がうかがわれますが、短い時間に必死に習うんだろうな、と思います(猿之助は、玉手御前を藤十郎さんに、金閣寺の雪姫を先代雀右衛門に習ったそうです)。

作者は登場する歌舞伎役者に、モデルはいないと言っていますが、誰を思い浮かべたら近いのか、ずっと考え続けて、読み終えた今、やっと、菊花と小菊は、秀太郎さんとりき彌さんかな、と思い当たりました。政岡や八重垣姫など立女形の大役をやる方というのはちょっと違うかもですが、お年に合わぬかわいらしさと好奇心、弟子への優しさがぴったり。小菊も、「かぶき手帖」で白黒写真で載っている感じで、愛嬌のあるりき彌さんではと。筋書のことを番付という、関西人の作者らしいチョイスではないかしら。

ほかの登場人物も、七之助や、松也、菊之助、松緑等、見目麗しい系の役者さんを思い浮かべながら読みました。このシリーズは前に出てきた役者が脇役で出てきたりしてスターシステムなんですが、このパラレルワールド、なかなか役者がそろっていて、ぜひ見に行きたい世界です。

201804kondou5_2   そして今日読んだのが、2014年の「胡蝶殺し」。 

ミステリーではなく、殺人は起きません!

急逝した役者の7歳の息子秋司を後見人として預かることになった萩太郎には、同学年の俊介がいます。秋司は幼いながら踊りの才能は明らか、それに比べ俊介は興味のあることにしか集中できず、歌舞伎は好きそうではありません。二人は「重の井子別れ」(これも見てないんです。見たい!)で三吉と調姫を演じることになりますが…。

秋司を歌舞伎役者として育てることに悲痛なまでの母由香里と、秋司と俊介を比較してさまざまに悩む萩太郎。

この萩太郎の心理や役者の子どもの様子、踊りのお稽古や台詞覚えなど、さまざまな場面が以前の作品より、格段に細やかにリアルに描かれています。、作者の成長と細かい取材の成果を感じられて一番面白かったです。俊介君のような子ども好きだし。

ということで、歌舞伎役者、歌舞伎の演目が出てくるだけでうれしいうえ、作者の歌舞伎愛がいかんなく発揮されている5冊でした。とはいえ、出てくる主要な作品でちゃんと見ているのは「伽羅先代萩」と「伊勢音頭」くらい。まだまだニワカで初心者でどうしようもないですな。

草刈民代×古典芸能のトップランナーたち「舞うひと」

201803     草刈民代さんが、舞踊をテーマに、古典芸能のスターたちと対談する和の文化雑誌「なごみ」の連載の単行本化、2017年9月発行の本です。実はこの本、先日行った国立能楽堂のロビーで売られていまして、誰が出てるのかな、あ、宗家(藤間勘十郎さん)だ、歌舞伎は菊之助ね、やっぱり萬斎さんもか、あーー!猿之助出てる、って買いました。

ほかに、日本舞踊は藤間勘十郎さん、花柳寿楽さん、井上八千代さん、能楽は観世清和さん、梅若玄祥さん、人形遣いの桐竹勘十郎さん、琉球舞踊の志田真木さん、雅楽の多忠輝さん、そして舞踏の麿赤児さん。

各々の舞踊の特徴や、踊るときの気持ち、体の使い方について、草刈さんがバレエと比較しながらいろいろなお話を引き出すのが面白いです。しかし、印象に残ったのは、踊りには心が一番大事だという趣旨のことをおっしゃる方が多いこと。技術や華を身に着けて輝いているからこその言葉なのでしょう。

さほど見ていない文楽でも好きな桐竹勘十郎さん、足遣い時代の話が面白かったです。雅楽の多(おおの)さん、なんと神武天皇の末裔、バイオリンから和楽器、舞踊までをなさる宮内庁雅楽師、という謎の世界。そして神事につながる能楽。

大御所というよりは、今才能と努力が花開いている油の乗った盛りの方々ばかりで、それが浅井佳代子さんのモノクロの写真にくっきりと映し出されています。草刈さんと並んだ写真も堂々と立派ですが、何枚か、その場の素踊りで見せる体の形の美しさ。

見たことのない方もいるのになぜそうはっきり言えるかというと、見慣れた猿之助丈の、自信に満ちたその表情の美しいこと。歌舞伎座の稽古場で、紋の浴衣に薄物の羽織を羽織った姿がまたちょうどいい感じにリラックスしていて。踊っている写真も完璧です。この写真だけでもこの本、価値があります(オレを美しく撮れ、というオーラがあふれ出てます)。

ただ、猿之助丈との対談は、歌舞伎役者たちがワンピース歌舞伎での洋舞にどう戸惑ったかといった話が中心で、興味深い話ではあるんですが、ワンピース歌舞伎の本で読んでいたので、ご本人の舞踊の話をもっとしてほしかったな、と思いました―― ああ、でもあの大怪我のことを思うと胸がつぶれるんですが。

最後は、あの麿赤児さんですよ。舞台の怪物のような迫力あるたたずまいでした。

羽生善治「決断力」

201802     永世7冠という偉業を成し遂げ、国民栄誉賞を受賞した羽生善治さんの2005年の著作「決断力」です。この活躍で、もっと派手な表紙で再刊されているようですが、家にあった本なのでこのシンプルな表紙の新書です。

中学生でプロになってから、ずっと第一線で活躍している羽生さん。「ヒカルの碁」でも、「歴史を通じて将棋が一番強いのは羽生善治と誰でも認める」、というフレーズがあって、そうなのか、と思ってました(最近は藤井くんがどんな棋士になるのか楽しみですが)。

その羽生さんの将棋への取り組み方を書いた本です。私、将棋は今まで1回も指したことがなく、おおまかなルールしか知らないので、どれほど奥深いものなのか、毎回違う展開となるのか、さっぱりわからないのですが、そんな門外漢でも、羽生さんのことばには感銘を受けます。

パソコンによる棋譜整理の進化で、棋譜の研究がたいへん進み、現在のプロは昔のプロよりずっと強いと思われること、あらゆる可能性を検討しながらも、決めつけず、相手の力を利用する余裕を持つこと、直観といいつつも、経験に裏付けされた確かなものがあって、ダメな手をものすごい速さで捨てていること、など。天才がどんなに努力しているか、よくわかります。

大半は羽生さんが自らの思考の過程や勉強の方法を語っているのですが、少しだけ、将棋に触れ始め、プロに弟子入りした頃のことや、米長邦雄、大山康晴、加藤一二三といった大物先輩や、好敵手谷川浩司さんのことを書いているところが面白いです。さすが、一般にも知られていた大名人たちのエピソードは凄みがありますね。

それにしても、将棋がわかればもっともっとこの貴重な思考過程がわかるのに、とややはがゆいです。


中村勘九郎「勘九郎日記『か』の字」 小松成美「仁左衛門恋し」 長谷部浩「菊之助の礼儀」

201802_3    引き続き歌舞伎役者の本です。まずは、十八代目勘三郎の勘九郎時代の日記形式のエッセイ、中村勘九郎「勘九郎日記『か』の字」、2004年(平成16年)発行の単行本の文庫本版です。

最初は、勘九郎最後の歳である2004年の平成中村座ニューヨーク公演の日記ですが、その後は1955げい年の誕生のときから2003年までのいろいろなことのあった日の日記という形式で綴られて行きます。

踊りの稽古が好きだったこと、役の幅の広かった名優の父十七代目勘三郎、六代目菊五郎の娘で芸を見る目は厳しかった母、役者の才能に恵まれた姉波乃久里子、好江さんとの結婚のいきさつ、子どもなのに祇園に連れていかれた息子たち。

「瞼の母」の長谷川伸の気持ちがわかったり、硫黄島で「俊寛」をやったり、「研辰の討たれ」やコクーン歌舞伎の「四谷怪談」、「刺青奇偶」…渡辺えり子や野田秀樹、ビートたけしとの交流などもあって、1冊に勘三郎さんの人生がつまっていて、面白かったです。

もちろん舞台を見たかった思いはありますが、芝居の話は、なるほどこの演目のここを見るのかという点で勉強にもなりました。当代勘九郎との鏡獅子の親子共演の話、小さいながらも役者としての資質を見せる勘九郎の姿が描かれていてよかったです。

201802   次は小松成美「仁左衛門恋し」。小松さんの仁左衛門さんロングインタビューです。

今はすっかり歌舞伎に専念している仁左衛門さんですが、以前は、ドラマや映画、歌舞伎以外での舞台に出ていて、私もドラマでは、山本学さんに似た細面の二枚目として認識しておりました。そのころの話もたっぷりですが、歌舞伎の出番が少ないから何でも出ていたというのは驚きですね。

名優の父十三代目仁左衛門さんとの歌舞伎の舞台の話、秀太郎さんと一緒におけいこした話、奥様や、孝太郎さん、宝塚に入った汐風幸(現在片岡サチ)さん、女優の片岡京子さんといった家族の話。美しいカラー写真もいろいろあって、勧進帳弁慶も八汐も見たい~ってなります。

ただ、仁左衛門さん自身が真面目で謙虚な方なので、彼よりも20才ほど年下の著者のインタビューがやや通り一遍な感に終わっているうらみはあります。少し前に読売新聞に連載されていた記事の方が面白かったかも。

秀太郎さんファンとしては、ご兄弟のお話ももっと読みたかったなと思います。

201802_2   3冊目は長谷部浩「菊之助の礼儀」。演劇評論家の著者が、平成12年(2000年)からの菊之助との交流を書いたもの。

「NINAGAWA・十二夜」で最初にシェイクスピアを歌舞伎でやるなら「十二夜」と提案したり、その後に共演したいと願った勘三郎と菊之助のために、野田秀樹脚本、ディビッド・ルヴォー演出の「曽根崎心中」を企画したり(勘三郎の死でこの企画は中止を余儀なくされましたが)、といった興味深いエピソードが語られます。

そういえば、平成26年出版のこの本には書いてありませんが、昨年の新作「マハーバーラタ戦記」の演出宮城聰さんと菊之助を引き合わせたのも長谷部さんでした。演劇評論家としては評論がお仕事であるわけですが、これらの才能を結びつけるというのは、演劇ファンなら皆興奮するようなことでしょう。

そういう出来事の合間に、菊之助の真摯な努力が見られます。容姿や才能に恵まれ、若い頃からいい役がついている彼ですが、目指すは至高の名人、やってもやってもこれでいいということはないのでしょう。

当代菊五郎についての著作もある著者らしく、菊五郎さん自身から、七代目を継ぐときの話を聞いたりしています。中村屋や海老蔵家と比べてテレビのドキュメントなども少ない菊之助についての面白い1冊でした。

中川右介「海老蔵を見る、歌舞伎を見る」 小玉祥子「二代目―聞き書き中村吉右衛門」

201801   中川右介さんの新刊(1月26日発売)売「海老蔵を見る、歌舞伎を見る」です。

中川氏、歌舞伎ファンからはどうも評判が悪く、2013年出版の「歌舞伎 家と血と藝」も何と下世話ななどと言われていましたが、歌舞伎を見始めたばかりの私には、歌舞伎役者の家系が一気にわかってたいへんありがたい本でした。この新刊も気になっていたところへ、猿之助が重要人物として取り上げられてるなんていうのを見たものですから、つい買ってしまいました。

本文の前半は、最近5年ほどの海老蔵の舞台と私生活、後半は猿之助、歌右衛門家、高麗屋、音羽屋…のそれぞれの動向です。12月の舞台の話まで載っているのは、出版界もスピード化されているんですね。私が歌舞伎を見始めた頃からの話なので、登場人物は知っているし、でも地方公演はもちろん東京でも見たことがないものの方が多いので興味深くはあったんですけれども。

まあ、海老蔵が好きなのは自由ですけど、(私が歌舞伎を見始めて一番驚いたのは、海老蔵のオーラや容姿はともかく、なんか違う方に努力している、という声が多いことと、それでも歌舞伎座に長年通うマダムに海老蔵ファンが多数いて、チケットがとりにくいことでした)、海老蔵が好きというと「スターウォーズやカラヤンを好きというのと同じように『分かってない』と言われてしまう」というのは、それこそちょっと違いますよねえ。

それはいいとして、歌舞伎座出演の役者や、誰が座頭かとか演目の選び方とか、松竹の内部事情はプロとしてご存知なんでしょうか。取材された内容だったら、知りたいんですが、海老蔵や中村兄弟は別に売った方が儲かるなんて、ちょっと見てれば誰でもわかるし(役者さん自身もトークで言ってたりします)。

芸については語らないと言いつつ、「華がない」「客が呼べない」といちばんキツイことを、今の役者さんについて書くのもどうかと思います。ってことで、何しに読んだんだ、という話でした。

201801    直後に読んだのが、毎日新聞のベテラン演劇記者小玉祥子さんの「二代目― 聞き書き中村吉右衛門」です。2009年出版の単行本に最近の動きを加筆して2016年12月に出版された文庫版。

吉右衛門さんは最近毎月のように見ていますが、恵まれた容姿に豊かな声、どの役も渾身の覚悟が伝わってくるようで、それは見事です。この人間国宝がどんな風に形成されてきたか、誕生からこれまでの歩みを、吉右衛門さんのインタビューはもちろん、家族や師匠、亡くなった大名跡の本等から、くっきりと描き出す本になっています。

吉右衛門さんといえば、父は八代目幸四郎、母は名優初代吉右衛門の一人娘。兄が幸四郎家を継ぎ、弟が祖父の養子になり、吉右衛門を継ぐのが、生まれた時からの宿命でした。自分だけ養子に出されて屈折し、実家を継いだ兄にわだかまりがあった、という風なことを目にすることもあるのですが、この克明な聞き書きを読むと、養子に出されたと言っても実家で暮らしており、親の愛情を奪われたというわけではありません。吉右衛門さんがストイックなまでに芸にまい進するのは、もともとの寡黙でまじめな性格と、たった10歳で偉大な先代を失い、その名優の後を継げるかと思い悩んだためだと理解しました。

ミュージカルやストレートプレイ、ドラマで多彩な活躍をした兄白鸚と対照的のように言われますが、吉右衛門さんも少年時代からさまざまな舞台や、多少は映画にも出ており、兄や山田五十鈴、岩下志麻など大女優たちと共演しています。それは、この一家が父初代白鸚とともに一時期松竹を離れて東宝に移籍し帝劇をホームにしていたためで、兄(当時染五郎)は、東宝ミュージカルのスターになりますが、吉右衛門はミュージカルはオーディションに落ち、もっと歌舞伎がやりたいという気持ちもあって松竹に戻ります。

アメリカの地方で歌舞伎巡業をやったこともあり、歌舞伎の普及に対する思いや、役への掘り下げ方、美しい奥様のこと、そして若手では唯一菊之助のことを語ったりしています(じゅふたんへの愛情も)。

吉右衛門さん、声変わり期は苦労し、その後も声が出なくて、竹本で修行するなどしてあの豊かな声を獲得したそうです。今の染五郎くんもそうなのかしら。

小玉さんの工夫もあって、たいへん面白く読みました。

 

ジャレド・ダイアモンド「銃・病原菌・鉄」

201801    久しぶりに読んだ演劇(とくに歌舞伎)以外の本です。久しぶりに、というか、実は読み始めたのは2年近く前で、持ち歩いてはいるものの、歌舞伎の本を買うとそちらを先に読んだりして、そうすると読んだ部分を忘れたりして(!)時間がかかってしまいました(上下巻800pの大作とはいえ、時間かかりすぎです)。

「銃・病原菌・鉄」("Guns, Germs, and Steel")は、進化生物学者ジャレド・ダイアモンド博士の1997年の作で、翌年ピュリツアー賞をとった世界的ベストセラーノンフィクション。テーマは、なぜ、世界における国々の発展段階には差が生じたのか、ということです。

結論だけ言うと、発展段階の差の最大の要因は地理的生物的相違であり、人種的な優劣では一切ない、ということ。

たとえば、カロリーの高い農産物の生産や動物の家畜化の成功は、人口の増加と、軍事・政治、武器生産その他食糧の獲得以外に専念できる階層の出現をもたらすわけですが、農産物、家畜が量産できるかどうかは、その地域に自生していた植物や動物が、農業・畜産に適していたか、ということによるのであって、その地の人間がそれをできたかどうかの差ではない、ということなんですね。

さらに、農業・畜産の発祥の地ではなくとも、それらが伝わり、発展させることができた土地は豊かになりえたと。その条件が満たされていたのがユーラシア大陸であり、それが満たされていなかったのがアフリカや南北アメリカ、オーストラリアだったのだと。

ある国が別の国を征服するには、(上巻の最初の方に、16世紀のスペイン人ピサロとインカ帝国のアタワルパのドラマチックなエピソードがあります)当然武力、銃が必要ですが、外からの侵略に大きな力があったのが、その地域の人々の免疫のなかった伝染病、すなわち病原菌。家畜から人間にうつるようになった伝染病は、家畜のいなかった土地の人々に猛威を振るったんですね。

この本のすごいところは、これらについて、さまざまな時代、地域について丹念に材料を提供してくれているところです。その根底に、著者自身の豊富なフィールドワーク経験の裏付けもあり、楽しい知的体験でした。   

齋藤芳弘「亀治郎の肖像」

Photo   齋藤芳弘さんが、2008年から2012年までの、四代目猿之助の亀治郎時代の舞台を、撮った写真集です。大部なので躊躇してましたが、とうとう入手しました。これで四代目関係の本は、神仏と比叡山と器以外は揃いました(笑)

時期的には、長塚誠志さんの写真集「四代目市川猿之助」の後半部分と重なっていますが、長塚さんの写真は、本番舞台の際に黒いバックの臨時スタジオで撮っているのに対し、こちらは舞台写真。アートディレクターでもあって、パンフレットやポスターを手掛けてきた齋藤さんらしく、1つの画面に複数の写真の亀治郎を合成したりして、舞台の雰囲気をうまく伝えようとしています。何より分厚くて、1つの芝居での早替わりや違う場面での表情をたくさん見せてくれて、構図もさまざまで面白いです。

猿之助が、歌舞伎の特徴はと聞かれて答えることのひとつに、「すべての所作が美しいことだ」というのがありますが、本当にどの写真も役の人柄、心情があふれていてすばらしい。

たとえば、「男の花道」(素の歌右衛門、劇中劇のお七がきれい)、「悪太郎」、「浮世風呂」と続きます。この役柄の広さ。そして、様々な化粧の巧みさ。四代目は化粧もとりわけ早いんだそうです。

この齋藤さんって、お茶の水のブックカフェ、「エスパス・ビブリオ」のオーナーなんですね。それで四代目の写真展や猿三郎さんの個展をやったりしていたのかー。2008年の「亀治郎の会」のパンフレットに、まだ華奢な亀さんが渋谷のブックカフェにいる写真が多数使われていましたが、そこから移転したのがエスパス・ビブリオだったんですね。斎藤さん、さまざまな舞台を務めながら、それを記録にも残したい四代目を支える方であって、彼の魅力に憑かれた方なんだなあと思いました。

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