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ジュリア・カジェ「なぜネット社会ほど権力の暴走を招くのか」 池田信夫「日本人のためのピケティ入門」

201809sauver_les_medias       パリ政治学院准教授という経済学者ジュリア・カジェ氏の「なぜネット社会ほど権力の暴走を招くのか」 という長い題名の本です。原題は「Sauver les médias. Capitalisme, financement participatif et démocratie」、英語では「Saving the Media: Capitalism, Crowdfunding, and Democracy」ですから、メディアを救う―出資、クラウドファンディングと民主主義って感じですかね。読む前は、ネット社会における一部の声高な意見が、実際以上に多数派になってしまうとかいう話かな、と思っていたんですが、実際の内容は、健全なメディアである新聞の衰退をどう救うかという話。時流に乗っかりすぎていますよね。

もう少し言わせてもらうと、この本の表紙!いくら著者がモデルのような美人だからって(しかもあのトマ・ピケティ博士の妻です)何ですこれ。帯はカラー写真ですよ。フランスのAmazonで見たら、赤いシンプルな表紙でした。

201809sauver_les_mediasさて、内容に戻りますと、ネット社会になり、記事の再掲コストが限りなく低くなる中、新聞の広告収入と購読者は減り、取材して記事を書く新聞記者は減少していることから、メディアは明らかに弱体化しています。経営基盤が脆弱となった新聞社は新興の富豪に買収され、その支配を受けていきます。健全なメディアを保持するためには、政治的・資本的な中立と、経済基盤が不可欠であるとする著者は、当初の寄付者とその相続人の影響を抜きがたい財団の欠点を補うために、クラウドファンディングを活用したメディア会社を提唱します。

政治的な意思決定における情報開示は決定的に重要です。現在、さまざまな情報が政府や地公体のwebサイトにあるとはいえ、忙しい市民がそれを全て把握することは不可能です。公表情報を選別・編集し、社会の実態を取材し、分析するメディアの役割がどれほど重大か。どんな問題でも、正確な真実がわかれば、多くの事柄を正しく判断することができると、私は思います。

そのためにメディアが本当に重要な役割を果たしていることはいうまでもないのですが、著者の示す実情によると、確かに、メディアの危機は深刻です。私たち、重要なニュースと娯楽としての情報がフラットに並ぶネットニュースに、つい依存してしまいますが、やっぱり新聞を読まなくちゃ。

著者が主な題材とするフランスの個別のメディアの名前には疎くて、ルモンドやリベラシオン以外はぴんとこないところもありましたし、正直いって、後半のメディアに対する経済基盤提供策については、そんなにガバナンスがうまくいくかしら、という疑念もあって、あまり興味はわかなかったんですが、前段の分析はなかなか興味深く、示唆に富んだ本でした。タイトルはちがうけど(←やはりそこ)。

(追記)

201809       ついでに、著者の夫であるトマ・ピケティ(上記の本についても要領を得た冒頭の一文を寄せていました)について知りたいと思って、紹介本を読んでみました。アゴラを主宰する池田信夫氏によるたった77ページの、「日本人のためのピケティ入門―60分でわかる『21世紀の資本』のポイント」です。

冒頭のQ&Aで、ピケティの主張のおおよそがわかります。この本も相当ダイジェストですが、さらにざっくり言うと、各国の一次データを分析したら、資本主義の下で格差は広がるので、国際的にしっかり課税すべきだ、という感じでしょうか。

経済学的にいうと、資本収益率r>経済成長率g により、資本を持てる者の方がさらに利益を得ていき、格差が広がるということですね。

この本が優れているのは、あまり理論的な説明がないというピケティについての経済学的な書評であるソローの議論を紹介していることと、日本経済についての説明があるところですね。

東小雪・増原裕子「同性婚のリアル」

201808     LGBTへの理解を求める活動をしている東小雪さんと増原裕子さんが、同性婚に焦点を当てて対談形式で書いた新書「同性婚のリアル」です。

2016年2月発行の時点では、お二人は2013年に結婚式を挙げ、渋谷区にパートナーシップ証明書を発行してもらった、同性婚者で、自分たちの恋愛の歴史を振り返りながら、同性婚とは何か、ということについて、わかりやすく描いていきます。

当然ながら、女性の同性婚の話が中心ですが、最後の方には、男性同士で結婚式を挙げたカップルも出てきて、またちがった面を説明してくれています。

話は前後しますが、LGBTは、レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの頭文字をとった言葉で、最近急速に知られるようになりましたが、この分野の問題は、「性自認(生まれた性にかかわらず自分の性をどう認識しているか)」と、「性志向(異性と同性とどちらに恋愛志向があるか)」のパターンの掛け算なので、トランスジェンダーの人が異性愛か同性愛かということによって、この4つとは違うパターンも出てきます。

正直、以前は、日本には、歌舞伎も宝塚もあるし、TVではオネエタレントが人気だし、映画「ブロークバック・マウンテン」にみられるような、キリスト教社会における同性愛に対する激しい嫌悪感はないし、などと呑気に思っていたのですが、その後同性愛者であることを知られたのを苦に学生が自殺した事件があったり、職場でカミングアウトできなくて苦しんでいる例は多いという話を聞いたりしていたところだったので、具体的に書かれたこの本は、たいへん勉強になりました。

同成婚は、愛情のうえに成り立つ結婚生活が送れるという面だけでなく、相続や子どもを育てること、保険など、当然異性婚に認められる制度を享受できないなど、当事者でなければなかなかわからない悩みがよくわかりました。

最近、RENTを見たところで、読み進めるうちに、アンソニー・ラップの「Without You」が思い出されてきました。この本には、アンソニーの幼い頃からの同性愛について克明に描かれていて、とくに最愛の母へのカミングアウトについては、どうしてこんなに苦しみながらも母に理解してもらいたいんだろう、と切なくなります。

抽象的にというか、集合的に、ゲイは、トランスジェンダーは、と語るより、こうした真摯に生きている顔の見える人たちが、不当な差別や偏見を受けないような社会でありたいと思う気持ちを強くしてくれる本でした。著者のお二人は、その後離婚していますが、この本自体の価値はそのままだと思います。    

丸山伸彦監修「演目別 歌舞伎の衣装ー鑑賞入門」

201808           歌舞伎でイヤホンガイドを使うべきか、という話を友人としていた時に、「ガイドは衣装の説明とかしてくれるけど、そんなの本読んで勉強すればいいんだし」というのを聞いて、そうだ、衣装の本を読んでみよう、と、とりあえず買ってみたのがこの「歌舞伎の衣装」です(イヤホンガイドはやっぱり舞台を楽しむには邪魔になるんですよねえ)。

この本は、題名通り、演目毎の衣装の写真と解説で、歌舞伎十八番、時代物、世話物、所作事、松羽目物と、それぞれ代表的な作品を4、5本ずつ取り上げています。最近の舞台の写真だけでなく、坂東三津江(1809-1907、長命ですね。幕末に、芝居小屋に行けない大奥の女性たち向けに歌舞伎を披露した方です)の使った豪華な衣装がふんだんに掲載されています。また、三越伊勢丹が、貴重な衣装を保存しているそうで、その写真も掲載されていました。

今の歌舞伎の衣装は本当に鮮やかで美しいと思うのですが、(若手役者の自主会でも、松竹さんが立派な衣装を使わせてくれるのはいいですね。小さな公演だから衣装がシャビーということがないです)、この、幕末の三津江さんの衣装も素晴らしい。ずいぶんたくさんのお役を演じていて、どんなにうまい役者だったのだろうと思います。

2014年3月発行の本ですが、舞台写真の時代はいろいろで、17世勘三郎の人を食ったような河内山とか、七世梅幸の春興鏡獅子とか7世芝翫の娘道成寺等、話にはきく名優のくっきりした写真が多く、興味深いです。あとはとにかく玉三郎さんと十二世團十郎さん。吉右衛門濡髪と又五郎長吉の角力場なんてのもあります。

演目は、見たこともあるものも多いので、裾にこんな柄があったのかとか、背中にこんなに大胆なモチーフが描かれていたのかとか、弁慶格子や童子格子の違いなど、眺めていて楽しいです。女方の役割のちがいによる鬘、衣装の違い等も解説されていますし、浮世絵に描かれた、江戸時代の衣装等もたくさん。文様、格子、色(團十郎茶や芝翫茶など)、歌舞伎役者が流行の発信源だった、という解説ページも楽しかったです。

B4サイズ、オールカラーの110pほどの本なんですが、もっとページ数があればいいのに、全ての演目の衣装を解説してほしい、と思ってしまう本でした。

神田松之丞「講談入門」

201807      松之丞さんの講談独演会で売ってた「講談入門」、サイン会に惹かれて買い、さっそく読んでみました。2018年7月発行と、ほやほやです。

内容は松之丞の写真、講談の基本情報、松之丞の持ちネタの解説、人間国宝・一龍斎貞水のインタビュー、講談についてのエッセイと、松之丞がきっかけで講談に興味を持った人にぴったりの内容です。ファンブックと入門書を兼ねた心憎い本。

私が子どもの頃には、田辺一鶴がよくテレビに出ていましたが、その頃から、講談自体をテレビでやることはめったになく、聞いたことはありませんでした。その後神田紅さんが女流講談師として人気でしたが、彼女の読むのも見たことはなく。

しかし、実際に松之丞さんを見てみると、たったひとり、言葉の力だけでお芝居をする講談、素材も歌舞伎や文楽と共通のものも多く、実に面白いんですよね。落語とのちがいについて、いろいろ書かれていますが、なるほど、と思いました。

人間国宝の貞水さん、昔は楽屋でほかの講談師の受け方、演じ方を見ていたものだが、今は人のはきかず、自分の準備だけ、というのが意外。

この本は287pあるんですが、そのうち140pが松之丞持ちネタの演目解説です(まだこの部分は全部は読んでいません)。ジャンル別になっていてわかりやすいし、150話もあるので、続き物から怪談、武芸物、白波物、新作とたくさんあります。

(翌日、演目部分も読んじゃいました。簡単な解説プラス、松之丞さんが誰に倣ったか、その師匠の読み方はどこがいいか、そのままか、笑いを入れるのか、短くしているか、松之丞さんはそのネタをどう思ってやっているか、など、情報量が多くて面白いです。連続ものの面白さもわかるし、忠臣蔵もののよさも感じられます。数行のあらすじで泣きそうになったりして。

この本を書いた動機が、手ごろな入門書がなかったから、とのことですが、歌舞伎の入門書をいっぱい買っているのでその気持ちわかります。そして、こんな本書いてくれてありがとう。装丁や写真もおしゃれで、いい本ですね。

橘木俊詔監修・造事務所著「都道府県格差」

201807_2    統計を基に社会を分析する著書が多い橘木俊詔先生の監修による「都道府県格差」の本を見つけて、面白そう、と手に取りました。「ケンミンショー」(ちらとしか見たことないですが)の経済版みたいな感じかな、と。

冒頭は、福井県が、子どもの学力、運動能力、女性の働きやすさが高く、自殺率も低いということで幸福度が高い県であると紹介しています。どちらかというとこれといった特徴がなく、過疎のイメージもない福井県が、意外に全国でみて幸福度で上位だということで、面白そう、と思ったんですが。

後はさまざまな県別統計の上位、下位を紹介していきます。結局人口、面積と人口密度に関係ある指標が多いのと、47都道府県もあると、比較して面白く思うには数が多すぎて(統計の数も多いですしね)、特徴のある県というのがあまり頭に入ってこないんですよ。結局都会と田舎の比較になってしまうんですね。

また、地公体予算や施策をある分野に注力して効果を得るには、県という単位は少し大きすぎて、県単位で比較するとそうした地方政治による効果は目立たない気がしました。たぶん市町村単位で見る方が、うまく成果を上げている例がたくさんあるのではないでしょうか。

残念だったのは、一人当たりの県民所得の比較の項。非正規労働者の比率が影響している(非正規が多ければ一人当たり県民所得は少なくなる)かのような記述がありますが、県民所得は国民総生産の県版であり、企業の所得も含まれているわけですから、それを県の人口で割った一人当たりの県民所得は、非正規労働者が多くてその所得が相対的に低いとしても、あまり関係がないと思われます。何でこんな記述が残ってしまったんでしょう。

今井良「テロ vs 日本の警察-標的はどこか?」

Vs      NHK、民放で報道に携わってきて、警察担当記者という経歴もある今井良さんが、東京オリンピックを前に、過去のテロ事件、テロへの対処法、外国のテロ対策、テロ組織のネット利用等について書いたコンパクトな光文社新書「テロ vs 日本の警察-標的はどこか?」です。2017年10月発行と、最近の情報が織り込まれています。

人口が稠密で性善説で成り立っているような日本、こう見るとテロの危険性と隣り合わせ。テロ側の狙いどころは多々あるのに、守る方は地道な取り組みで、怖くなります。

過去のテロ事件も簡潔に振り返っていて、三菱重工ビル爆破事件等、当時はわからなかった恐ろしさも知ることができました。

淡々とした記述で、筆者はやんわりと危機に警鐘を鳴らしているのか、やや意図はつかみにくい感はありますが、個人としても街中での周囲への注意等、油断してはいけないのだな、と思いました。    

時実象一「コピペと捏造」

201806    情報学が専門の時実象一氏による「コピペと捏造」、2016年11月出版と比較的最近の本です。ネット社会における著作権侵害の問題を扱った気楽なペーパーバックかな、と思って手に取ったんですが、そういう本でした。

著者は東大理学部化学科卒、メーカー勤務を経て情報学を専門にするに至ったそうですが、科学の分野での論文捏造などについて調べているうちに(きっかけはSTAP細胞ですかね)、コピペ、剽窃、パクリ、改竄、捏造の実例がたくさん集まったので、まとめてみたとのこと。

小説やノンフィクションの剽窃、ライオン・キングとジャングル大帝レオ、マッド・アマノのパロディ裁判、佐野さんのロゴ登用、佐村河内氏のゴーストライター、村木事件での検察の証拠でっちあげ…と記憶にある事件も多数出てきます。

200ページほどの本で、実例を集めただけ、といった見方もできますが、個々のケースの記述は簡潔とはいえ、これだけ集めてもらうとなかなか面白いです。写真も豊富です。

人間の知的活動は他人のそれの上に乗って発展してきたという面もあり、きちんとした引用がなされていれば、もうちょっと許容されてもよいのでは、といった本音もちょっとすけて見える気がします。とはいっても、著者がウソや盗用を肯定しているわけではありませんが。

ところで印象的だったフレーズは、2chでみつけたというterryさんののツィート。なるほどです。

・バレて困るのがパクリ
・バレると嬉しいのがオマージュ
・バレないと困るのがパロディー

上村以和於「21世紀の歌舞伎俳優たち」

20180621         1998年から99年にかけて、雑誌「演劇界」に連載された、上村以和於さんの歌舞伎役者評を、2000年に1冊の本にまとめた「21世紀の歌舞伎俳優たち」です。

当時歌舞伎公演の中心役者たちを取り上げているので、最年長の冨十郎、藤十郎(当時鴈治郎――混乱するので以下現在の名で書きます)を除けば、50代の、人気・実力を兼ね備えた役者たち。

登場する方々の生年を並べてみましょう。(  )内は、1998年時点の年齢です。今年は20才足せばいいわけです。惜しくも亡くなった方は、アンダーラインを付しました。

1929 冨十郎(69)
1931 藤十郎(67)
1939 猿翁(59)
1942 菊五郎   白鸚(56)
1944 仁左衛門  吉右衛門(54)
1946 團十郎  梅玉(52)
1948 魁春*(50)
1950 玉三郎(48)
1955 勘三郎   時蔵*(43)
1956 三津五郎(42)
1960 福助*(38)
1965 芝翫*(33)

亡くなった方、病を得た方を除き、今でも毎月の興業の中心となっている役者さんばかりで、最近見始めた私にも、たいへん面白く読めました。とくに菊五郎さんから玉三郎さんのあたり、やっぱりこの方たちを見とかなくちゃって正しかったんですね。連載時のその月の舞台評を絡めて書かれているんですが、その芸評は、今でも的確に本質を表現されていると思います。

それと同時に、上村さん自身は1940年生まれと、この方たちを同時代的に見てますから、やはり若い頃の悩みやきらめく才能、歌舞伎以外の活躍と歌舞伎役者としての生き方、等の話は興味深いですし、猿翁さんはスーパー歌舞伎以外の部分に記述が割かれていて、面白かったです。白鸚さんと年齢も近く、仲がよかったんですね。

あれ、この人も書いてるんだ、と思った方は、書籍化に当たって追加した4人(上記*の人)。この中では若い芝翫の項はやや書き振りが違っています。

それにしてもですよ、若くして亡くなったアンダーラインの方々の惜しいこと。團十郎さんのあれ、三津五郎さんのこれ、と、見られなかったことが残念です。とくに三津五郎さんの時代物を絶賛。ご本人も著書で、恋愛ものよりも男のドラマが性に合っているという意味のことを書いていたのを思い出しました。

あまりに誉めすぎる、と苦言もあったようですが、上村さん、誉めちゃいけないところは誉めていない、とキッパリ。今の幸四郎世代についても書いて下さらないかしら。

ジェニファー・ウェルシュ「歴史の逆襲」

1805         カナダ生まれの気鋭の国際関係学者、ジェニファー・ウェルシュさんの「歴史の逆襲― 21世紀の覇権、経済格差、大量移民、地政学の構図(The Return of History  Conflict,Migration and Geopolitics in the Twenty-First Century)」です。このすごいタイトルが示す通り、現代の国際社会が直面する深刻な問題を歴史的観点から述べた力作で、原著は2016年と最近の出版です。

1989年のベルリンの壁崩壊のとき、オックスフォードの大学院生だった著者は、当然ながら衝撃を受け、歴史の展開に感心を持ちながら国際関係を専門とします。当時フランシス・フクヤマ氏が書いた「歴史の終わり」は、ソ連崩壊は単に冷戦の終わりというだけではなく、西側の自由民主主義が人類統治の最終形態として普遍化されたと論じ、東西対立が終わったからには世界は平和に向かうと予言していました。その予言を知らなくとも、そう感じていた人は多かったことでしょう。

しかし、その後の世界はそんな単純なものではなかったのはご承知のとおりです。

序章を読んだ印象は、著者の民主主義観は、自分が受けた教育(すなわち日本の学校教育)とまったく同じであり、やっぱり私たちの社会構造に対する価値観は英米と同じなんだなということで(国内政治への個人の関心とか具体的な政治行動は違いますけど)、よって立つところは共通だと思いながら読み進めました。

序章以降の内容は、「蛮行への回帰」(ISの蛮行、中世と現代の技術のハイブリッドであるISの構造、リクルートされる多数のテロ戦闘員等)、「大量難民への回帰」(現代の意外な難民像、ヨーロッパ諸国の難民対応、試される民主主義、人道主義の理念)、「冷戦への回帰」(ソ連崩壊後のロシア、クリミア侵攻、西側と異なる価値観の維持とプーチンのポピュリズム)、そして「不平等への回帰」(国家内の所得格差の拡大とそれがもたらす社会の不安定さ)、となっています。

いま目に見えている世界の状況をもたらした背景についての手際のよい説明に目を開かれる思いで、この本を手にしてよかったと思うのですが、簡単には平和で公平な世界は実現しないと思うと、暗澹たる気持ちになります。

前述のとおり、価値観が共通なのと、平易な解説で難しくはないですが、翻訳はちょっと読みづらいです。

近藤史恵 歌舞伎シリーズ「ねむりねずみ」「散りしかたみに」「桜姫」「二人道成寺」「胡蝶殺し」

201804kondou2    近藤史恵さんの、歌舞伎役者が登場するミステリー「二人道成寺」が面白い、ときいて、この本を始め作者の歌舞伎シリーズ5冊を続けて読みました。

4冊目までは、30代の名題下女方役者瀬川小菊と、彼の大学時代の同級生で探偵の今泉、助手の山本君が歌舞伎界で起こった事件を解決するミステリー。小菊の師匠は、もうすぐ人間国宝の名女方瀬川菊花。

(以下、ネタバレなしです。最後の謎解きが面白いので)

最初は1994年のねむりねずみ。作者の第二作です。憑依型の女方銀弥が言葉をわすれていくのに戸惑う妻一子、相手役の二枚目岩井半四郎の婚約者の死の謎を追う今泉とワトソン役の小菊。登場人物の独白と小菊の場面が交互に展開して、思わぬ方向に進んでいき、どうなるのかと思えば意外な真実が今泉によって語られる、という、その後も続く展開です。

歌舞伎界というのがうまい設定だと思うのが、全体が大きな一族のようなものなので、今泉が解き明かした謎は、そのまま守られるんですよね。殺人犯が逃げおおせるといった倫理観に反する展開ではないですが、世間の好奇心を煽るよりは、そっとしておいてあげようというのがよくわかります。

201804kondou1次は1998年の「散りしかたみに」。本朝廿十四孝の八重垣姫を演じる菊花丈は、毎日同じところで降る花びらが気になって、探偵今泉に謎解きを頼みます。濡衣の紫之助、勝頼はその息子伊織。伊織は何者かに襲われ、顔に深い傷を負ってから、ふてぶてしさと艶めかしさを得た立ち役になったと評判。滝夜叉姫のような着物の美女虹子の謎は…。

手法に自信を持った作者が、前作よりもより自在に個性的な登場人物を操ります。紫之助の弟子紫のや、小菊の養成所の後輩織二等の雰囲気もよく書けていて、面白いです。

201804kondou3

3冊目は2002年の「桜姫」。父である歌舞伎役者朔二郎と疎遠の娘笙子は、亡くなった兄音也の友達だったという名題下の役者銀京と、兄の死の謎を追います。銀京は華と野心のある男で、笙子の従兄弟音也は彼に近づくなといいます。小菊は、大部屋役者の勉強会で「桜姫東文章」(見たことないんですが見たい!)の長浦で出ますが、その桜姫が銀京でした…。

これも真相は意外な展開です。

201804kondou44冊目は2004年の「二人道成寺」。御曹司の芙蓉と、脇役の家から出て人気の国蔵は、仲が悪いと言われていますが、二人とも「摂州合邦辻」の玉手御前を、菊花に習いに来ます。芙蓉のおっとりとしたお嬢さんの妻美咲、芙蓉の女性番頭実(みのり)は、美咲の危うさを懸念していましたがある日…。

この本を最初に読んで、面白いと思いました。大物役者に習いにくる二人の対照的な姿。「僕らの歌舞伎」や猿之助の本から、大先輩に習いにいく若い役者の様子がうかがわれますが、短い時間に必死に習うんだろうな、と思います(猿之助は、玉手御前を藤十郎さんに、金閣寺の雪姫を先代雀右衛門に習ったそうです)。

作者は登場する歌舞伎役者に、モデルはいないと言っていますが、誰を思い浮かべたら近いのか、ずっと考え続けて、読み終えた今、やっと、菊花と小菊は、秀太郎さんとりき彌さんかな、と思い当たりました。政岡や八重垣姫など立女形の大役をやる方というのはちょっと違うかもですが、お年に合わぬかわいらしさと好奇心、弟子への優しさがぴったり。小菊も、「かぶき手帖」で白黒写真で載っている感じで、愛嬌のあるりき彌さんではと。筋書のことを番付という、関西人の作者らしいチョイスではないかしら。

ほかの登場人物も、七之助や、松也、菊之助、松緑等、見目麗しい系の役者さんを思い浮かべながら読みました。このシリーズは前に出てきた役者が脇役で出てきたりしてスターシステムなんですが、このパラレルワールド、なかなか役者がそろっていて、ぜひ見に行きたい世界です。

201804kondou5_2   そして今日読んだのが、2014年の「胡蝶殺し」。 

ミステリーではなく、殺人は起きません!

急逝した役者の7歳の息子秋司を後見人として預かることになった萩太郎には、同学年の俊介がいます。秋司は幼いながら踊りの才能は明らか、それに比べ俊介は興味のあることにしか集中できず、歌舞伎は好きそうではありません。二人は「重の井子別れ」(これも見てないんです。見たい!)で三吉と調姫を演じることになりますが…。

秋司を歌舞伎役者として育てることに悲痛なまでの母由香里と、秋司と俊介を比較してさまざまに悩む萩太郎。

この萩太郎の心理や役者の子どもの様子、踊りのお稽古や台詞覚えなど、さまざまな場面が以前の作品より、格段に細やかにリアルに描かれています。、作者の成長と細かい取材の成果を感じられて一番面白かったです。俊介君のような子ども好きだし。

ということで、歌舞伎役者、歌舞伎の演目が出てくるだけでうれしいうえ、作者の歌舞伎愛がいかんなく発揮されている5冊でした。とはいえ、出てくる主要な作品でちゃんと見ているのは「伽羅先代萩」と「伊勢音頭」くらい。まだまだニワカで初心者でどうしようもないですな。

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