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田中佐太郎「鼓に生きる」

     201907_20190802235201歌舞伎囃子方の田中佐太郎さんの生涯を、氷川まりこさんの聞き書きでまとめた「鼓に生きる」です。佐太郎というお名前ですが、ご覧の通り、シルバーヘアの凛とした女性です。囃子方としては表舞台には出られないそうで、黒御簾内で演奏されるほか、長年国立劇場養成科の講師として後進の育成にも貢献している方です。

佐太郎さんの父は、歌舞伎囃子方の家元で人間国宝の十一世田中傳左衛門、夫は能楽師の大鼓方で人間国宝の亀井忠雄さん、そして息子たちが、能楽師の亀井広忠、歌舞伎囃子方の十三世傳左衛門、傅次郎の亀井三兄弟。そのことを知ってから、かぶき手帖にも載っているこの方、どんな方だろうと思っていましたが、この本は、熱心に稽古する少女時代の写真、忠雄さん、三兄弟の文章も収められていて、装丁も活字もとても素敵な本。

十一世傳左衛門には、一男五女がありましたが、長男は東大に進学して学問の道に進んだため、十一世が稽古をつけた娘たちの中で残ったのが佐太郎さん。このお家の芸は、あくまで歌舞伎の囃子方として演奏するか、囃子方のプロの育成のみということで、十一世は、芸の中継者として佐太郎さんを鍛えます。楽器は一つではなく、太鼓、大鼓、小鼓、鐘、鉦と打楽器すべて、さらに人に稽古をつけるときのために三味線も。

15歳のとき、あの六代目歌右衛門の会で、佐太郎さんは急な代役として舞台を務めます。そのとき、成駒屋は、「このままお嬢さんにさせたらいかがですか」といい、黒御簾内のみながら、佐太郎さんの歌舞伎の本舞台での演奏の道が開けるのです!傳左衛門の前名である佐太郎の襲名披露にも、歌右衛門さんが舞踊で出ています。

佐太郎さんは、能楽も勉強すべく、夫となる亀井忠雄さんのもとへも稽古に通います。歌舞伎のみならず、能もきっちり学んでいること、教えることに熱心で厳しかったことについて、忠雄さんは佐太郎さんを尊敬しているのがよくわかります。亀井三兄弟は、小さい時から観世銕之亟さんに謡と仕舞の稽古に通いますが、わからないところは家で佐太郎さんに習っていたそうで、忠雄さんは、「(銕之亟 ・佐太郎の)あのふたりがいたから、あの子たちみたいな『魔物』ができたんです。」と言っています。うーむ、やはり三兄弟は、親の目から見ても「魔物」なのか。

1.5歳ずつ違う男の子の3兄弟、ただ育てるだけでもたいへんだと思いますが、1日もゆるがせにできない舞台の仕事や高いレベルの稽古をしながら、子どもたちに豊かな愛情を注いできたことが、3兄弟の文章でわかります。

傅次郎さんは、佐太郎の名を譲られることを断ったんだそうです。「佐太郎は母しかいない、永久欠番のようなもの」と。今は傳左衛門・傅次郎さんのところのお孫さんのお稽古をつけている佐太郎さん。いや、かっこいい。

中村達史「若手歌舞伎」 大西匡輔「歌舞伎のいま どの芝居をどの役者でみるか」

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  1986年生まれ、30代前半という若い中村達史さんの2017年出版の初の歌舞伎評論本「若手歌舞伎」です。詳しいプロフィールはわからないんですが、歌舞伎評論家の和角仁さんの指導で勉強中ということが、同氏による解説に書いてありました。

 「若手歌舞伎」という書名の通り、染五郎から梅枝までの花形役者についての役者論。といっても11人を110ページちょっとで書いているので、だいぶ駆け足です。

 この方、古典歌舞伎の技法を維持していってほしいということを第一に考えているようで、その観点から、彼らの名跡、受け継ぐべき芸と役と現在の状況について語っています。「演劇界」や新聞とのしがらみがないせいか(言い過ぎ?)、松緑の台詞回し等、それ言っちゃうんだ、ということも書いてあるのはいいんですが、全体としては、この著者にいい印象が持てませんでした。

ひとつには、人気者ばかりで読者は承知のうえと考えてあえて書いていないのかもしれませんが、その役者の魅力や美点についての記述が乏しく、もっとこういう役をやれとか、この役でこうしたのは失敗だとかのやや近視眼的な記述が多いように思えることです。私はとにかくこの世代がすぐ上・下と比べて圧倒的に好きなので、もうちょっと各人独自の魅力を踏まえて書いてほしいし、歌舞伎を楽しむ部分や役者への共感や尊敬が薄く感じられるのは、歌舞伎評論家としてもどうなのかという気がします。

歌舞伎の技法的な部分はよくわかりませんが、菊之助の立ち役の感想や、勘九郎の役の幅とか、七之助が勉強していないとか、松也の過小評価とか、海老蔵について書きながら、全く持ち味の違う十二代團十郎をいっしょくたにしているところとか、気になるところはいろいろあります。

四代目については、スーパー歌舞伎の承継者でなければならないことと、「客入りが何より大事」との言葉を額面通りに受け取りすぎで、その芝居に至るまでの、彼が表に出さない工夫や試行錯誤が見えてないように思います。「黒塚はすでに古典だから変えるな」なんて、たしかこの4月の歌舞伎座の劇評でも書いていたと思いますが、初代猿翁が「まだ足りないところがあるから完成させてほしい」と言い残した演目で、代々の猿之助が澤瀉屋としてさまざまに工夫することを止めることなど、誰にもできないというものでしょう。

最後の40ページほどは、最近の芝居でよかったものの劇評ですが、そりゃ吉右衛門さんの芝居になりますよね。襲名後の雀右衛門さんが役者ぶり大きくなったというのも誰が見てもそうですし。劇評の文体が年配者の借り物みたいでぱっとしないのも若いのに残念。

 

  201907_20190725072602さて、もう1冊は、1939年生まれの大西匡輔さんの2013年出版「歌舞伎のいま どの芝居をどの役者でみるか」です。著者は、長年高校の国語教員をされていたそうで、参考書の著書は多数ありますが、この本は、長年の歌舞伎ファンとして、「団塊の世代を始めとして、新しい世界に楽しみを見つけようとしている人に、歌舞伎という最高のエンターティンメントを楽しんでいる道案内をする」(あとがき抜粋)というコンセプトで書かれたそうです。2013年は歌舞伎座新開場で、歌舞伎が世間の関心を集めたときでもあります。

 なるほど、評論家ではない、歌舞伎ファンとしての目線で書かれていて、歌舞伎役者の世代が要領よく把握できます。第2部は作者毎に、主な演目の解説と、今のどの役者でみるかということが書かれているのですが、短いながらとてもわかりやすく、あらすじをさっと紹介する以上に立体的に芝居が理解できるようなものになっています。大西先生の授業はさぞ面白かったでしょう。作者毎の章立てというアイディアも、歌舞伎を大まかに理解するのに役立ちます。

神戸在住の著者は、やはり上方歌舞伎に思い入れがあり、江戸と上方の違いや、松嶋屋、とくに愛之助や成駒家等、上方に縁のある役者についての記述も多いです。ただ、この本の出版はわずか6年前なのに、その間の変化も大きいと感じます。例えば、坂東薪車について、御曹司ではないものの、自身の会をやり、上方にはなくてはならない役者として期待していることが書かれていますが、彼はその後、竹三郎さんからの破門を経て、今やすっかり海老蔵一座で欠かせない役者になってしまいました。

勘三郎・團十郎の早すぎる死のショックがまだ癒えず、三津五郎さんがまだお元気で、海老蔵が今より古典をやっていて、猿之助・勘九郎は襲名を機に飛躍しているという状況で、それがわずか数年前の話なんだなという感じがします。猿之助の四代目襲名に関しては、それにより亀治郎時代のように様々な役者と共演しなくなるくらいなら亀治郎のままでよかったとまで書いていて、なるほど当時はそう思われていたのか、と。

また、著者は、勘三郎さんが大好きだったためか、コクーン歌舞伎にも好意的。今の観客にはみどりは不親切である一方、通しは退屈になりがちで、その両者の欠点を補う、演出家の一貫した目による通しの再構成は意義があり、また稽古が十分行われる点がよいと。演出にもよりますが、私もこの意見には同意です。音楽は邦楽でやってほしいというのも同じですね。

関容子「女優であること」

201907_20190722222501  大好きな関容子さんの役者の本「女優であること」、2004年10月出版です。男優編ともいうべき「舞台の神に愛される男たち」より10年近く前の出版。

取り上げられているのは、長岡輝子、加藤治子、丹阿弥谷津子、岸田今日子、奈良岡朋子、吉行和子、佐藤オリエ、三田和代、富士眞奈美、渡辺えり子、波乃久里子、富司純子の皆さん。出版時点で90歳を超えていた長岡さんや、加藤さん、岸田さんは残念ながら故人になってしまいましたが、ほかの方はお元気でご活躍中。

舞台は見たことがなくとも、TVドラマ等では見知っていて、個性的で気になっていたり好きだった女優さんばかりで、全編楽しく読みました。みなさん2枚くらいずつの代表作の写真が添えられています。

舞台を愛する関さんらしく、舞台が主な活躍の場となった女優さんが多く、芸術家のお嬢さんが、文学座や俳優座、民藝に入っていい役をつかんでいった(代役できっかけをつかんだお話多数)というパターンがとても多いです。最初からお芝居が好きだったり、ひょんなことから入ったり、恋人や夫との関係もさまざまですが、個性的で凛としていて素敵。さすが関さん、聞く内容の切り口があくまで女優としての生き方で、品位があるところもよかったです。

波乃久里子さんは、関さんが中村屋と親しいだけあって、父である17世勘三郎さんとの関係を、溺愛された娘ならではの言葉でひと際生き生きと語っていて面白かったですし、富司純子さんは、ひとめぼれだった菊五郎さんとのなれそめの話。そんなに粋でいい男だったのねおやじさま。渡辺えりさんの制作者としてのものすごいエネルギーも興味深かったです。

三代目市川猿之助「猿之助の歌舞伎講座」「スーパー歌舞伎」

201905kabukikouza  当代猿之助が好きすぎて、彼のアイドルである三代目猿之助さん(現猿翁)の書いた本ということで読んでみました。四代目が、先月の黒塚についても、三代目がいろいろ本に書いていると言っていたのもきっかけです。

 1冊目は、「猿之助の歌舞伎講座」1984年初版、1989年5刷。新書より一回り大きい正方形の本で、 四の切、新装鏡山再岩藤、當世流小栗判官、黒塚、海外での歌舞伎ゼミナール、などを、豊富なカラー写真で解説していきます。

 三代目の舞台にかける情熱、いかに観客を楽しませるかの工夫や苦労を惜しみなく書いてくれています。これが出版されたころは、40代で一番気力体力があって活躍している頃でしょうに、ここまで読者に親切な本まで出すとは驚きです。

海外での歌舞伎ゼミナールも本格的です。4都市で1か月。人気役者がていねいに海外で歌舞伎を指導し、その過程で歌舞伎の在り方について考える三代目。

第六講に、「女方・デフォルメの美意識」と題し、女方の修行のことが書かれています。澤瀉屋は立ち役の家系ですが、二代目が、「役者には最終的に色気がなきゃだめだ、團子(三代目)だけは女方のできる役者にしたい」と言って、藤間勘十郎(二代目)さんのところに三代目を預けたとあります(当時の二代目の妻が紫さん!)。三代目曰く、若い頃はやせ型で美しかったが、成長後首は短くずんぐりになったものの、勘十郎さんに六代目菊五郎に似ているといわれ、体型が不利だからこそ女方を美しく見せるための努力をしたと。

最後のページに梅原猛さんの「猿之助賛」があります。演劇に対する猿之助の情熱を称賛しつつ、「彼のような新しい歌舞伎の創造者には、真に新しい、歌舞伎の脚本が必要なのである」――これがきっかけで、梅原さんが「ヤマトタケル」を書くんですね。

 

201905_4 2冊目は、「スーパー歌舞伎 ― ものづくりノート」(2003年)です。集英社新書、300ページとたっぷり。題名通り、第1作の「ヤマトタケル」から、「新・三国志 Ⅱ」までについて、制作の過程を克明に記載しています。

 いや、すさまじい。「ヤマトタケル」の初演は1986年2月、それから2003年の「新・三国志Ⅲ」まで、9作を制作しています。脚本家は別にいるといっても、第1稿にダメ出しして脚本を練り上げ、美術、衣装のイメージを指定し、音楽を決めていくのはまさに猿之助。新作で出演者も多いので、稽古もたいへんです。

 驚くべきなのは、当時人気役者である三代目が、復活通し狂言や、連獅子などで毎月のように舞台に立ちながら(しかも七月は今の海老蔵のような猿之助奮闘公演!)、これらの大作を作り上げていったことです。そして、関係するスタッフが国際的なこと!京劇の学院長さんや、ドイツの宙乗りの第一人者の力を借りて、どこまでも自分の理想を追求する三代目。

フランスでのオペラ「コックドール」、バイエルンのオペラ「影のない女」の演出の経緯もあります。日本と違って、休み時間をきっちりとるキャストに、身をもって演じながら教える苦労。

1995年から2000年にかけて、春秋座で苦手な役に挑戦する自主公演も行っていますし、澤瀉屋の御曹司ではない役者さんを集めて二十一世紀歌舞伎組を作って公演をしたり、とその意欲はとどまるところをしりません。

記述も極めて明確で、ご自身の考えがしっかりあるところにも感心します。演技も踊りはもちろん、演出家としても決断は早く、役者の育て方もうまい四代目、すごいと思っていましたが、三代目の仕事ぶりをみると、新作の制作頻度、国際的な活動、他の分野の一流の方々との交流、歌舞伎座での奮闘公演、二十一世紀歌舞伎組の育成等、四代目にしてまだまだ三代目には及ばないといえましょう。

(しかしながら、四代目が三代目よりすごいところもあって、まずきれい<←ひいき!>、女方も含めると役柄が広い、同世代の人気役者との共演は歌舞伎ファンを喜ばせている、大幹部と若手の間の世代として若手を育て機会を与えている、現代劇でも名演を残している、バラエティ番組をさらりとこなして、若い層にもアピールしている…)

歌舞伎というだけでなく、真摯にものづくりを行う天才の克明な記録という点で、すばらしい本なのですが、前述のようにこの本の出版は2003年2月、三代目は、この年の11月の博多座「西太后」(藤間紫主演)公演中に病に倒れ、2012年の澤瀉屋4人同時襲名公演まで歌舞伎の舞台に立つことができませんでした。結果的に、この本は、三代目が病に倒れるまでのほぼ全記録という形となりました。

このときまだ64才、体力頼みのお役はともかく、歌舞伎役者としてはこれからが楽しみというお年です。映像でちらりと見た筆屋幸兵衛や加賀鳶の迫力、古典でもファンの方はもっと見たかったことでしょう。今の大幹部との共演だって、みられたはずです。

その後に書かれた日経「私の履歴書」(2014年)の記述の確かさはこの本と同様ですし、四代目へのアドバイスなども的確で驚きますが、その考えをそのまま言葉で伝えることが難しくなったことも、どんなにもどかしい思いをされただろうと、悲しくせつないです。

できうれば、このすぐれた見識を、本という形ででももっと残していただけたらな、と思いました。

喜熨斗勝「歌舞伎 芸と血筋の熱い裏側」

201904_2  歌舞伎評論家としてときどきコメントを目にする、喜熨斗勝氏の「歌舞伎 芸と血筋の熱い裏側」。著者は初代猿之助の四男小太夫の息子とのことで、四代目からみると曽祖父初代猿翁の甥、仲良しの貞子さんの従兄に当たります。

タイトルは、中川右介「歌舞伎 家と血と藝」によく似ていますが、出版社も講談社で同じなのか。

内容は、とりとめのない歌舞伎関連エッセイという感じなのですが、面白かったのは、歌舞伎の小道具をやっていたことがある舞台制作の手塚優子さん、関洋子さんとの対談。と、最後の父小太夫さんとのことを書いたあたり。

手塚さんとの対談では、梅丸の小さいころや、福助さんのいい話が出ていましたし、先代の歌舞伎座で洗い場が外にあってたいへんだったことや、浅草歌舞伎で男女蔵さんにお弟子さんがついていなかった(左團次さんの方に行っちゃってた)ので手塚さんがサポートしたが、亀治郎にはたくさんお弟子さんがついていたこと(この頃は先代の下を離れているころですから段四郎さんが後ろ盾でよかったですね)など。関さんとの対談では、歌右衛門さんと福助さんのこと、海老蔵のこと、勘三郎さんの思い出や、平成中村座でのお弟子さんたちの公演の思い出などが興味深かったです。

最後の著者と父であり初代猿翁の弟である小太夫さんとのことは、その時代に苦労した一歌舞伎役者の記録として貴重でした。

残念な点もけっこうあります。例えば、直侍のそばを食べるくだりが違うとか、海老蔵と獅童への思い入れ強すぎるとか、勘九郎・七之助への評が辛めなんですが、その内容が、たとえば、七之助はか弱い女性しかできない(菊之助の方が男を手玉に取る女性もできる)とか、昨年12月に出たばかりの本なのに、ここ数年の七之助の舞台を見ていないのか?って感じです。

ということで、歌舞伎に興味のない方が読んでも、興味がわくわけではないし、歌舞伎をよく見ている人は違和感のあるところが多いし、だれがターゲットなんだという感じの本でした。

 

 

上村以和於「新世紀の歌舞伎俳優たち」

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       上村以和於さんの「新世紀の俳優たち」(2001年発刊)、「21世紀の歌舞伎俳優たち」の続編で、この本に掲載されなかった歌舞伎俳優を、上村さんがセレクトして取り上げたという本です。前作が、雑誌「演劇界」の連載で、その月の出演作を軸に書かれているのと比較して、もう少し自由に著者の思いを書いた感があります。

「21世紀の歌舞伎俳優たち」に倣って、登場する歌舞伎俳優の生年と、2001年時点での年令を挙げます。だいたい20足すと、今の年齢になります。お名前は、当時ではなく、現時点のもの。亡くなった方は赤字アンダーライン。

 

1932 田之助(68)
1933 宗十郎(67)
1935 我當(65)
1940 左團次(60)
1941 秀太郎(59)
1943 澤村藤十郎(57)
1946 段四郎(54)
1955 雀右衛門(45)
1959 鴈治郎 笑也(41)
1960 扇雀(40)
1963 右團次(37)
1968 孝太郎(32)
1973 幸四郎(27)
1975 松緑 猿之助(25)
1977 菊之助 海老蔵(23)

冒頭の海老蔵(当時新之助。紛らわしいので、以下全て現在の名にします)評が熱い。助六と源氏物語でのオーラ、スター性への感動、期待が伝わってきます。このとき、まだ20代前半の海老蔵は最初の全盛期といってもいいほどのブレイクだったんですね。歌舞伎はまったく見ていない頃ですが、雑誌記事やTVのドキュメンタリーで見ていた記憶があります。

さらに、現幸四郎、猿之助、菊之助、松緑と、今の花形。

わが猿之助は、大学時代歌舞伎の興行にはほとんど出ていないので、この時点では、彼らの中でも、本興行で演じた役が少なく、ようやく三代目の興行や右團次の自主公演、浅草歌舞伎等に出始めたばかり。著者は、猿之助が浅草歌舞伎で演じた弁天小僧について、才気を示した骨っぽい弁天ををほめています。

また、8才で出た「牡丹景清」の人丸を、うまい子役ではなく、子どもの姿をした大人の役者と評し、それだけ立派に踊ったこどもは三津五郎以来と絶賛。しかし、三代目猿之助王国のプリンスという当時の立場に対し、もっと開かれた役者にと結んでいます。彼が三代目の元を去るのはこの2年後ですが、出るべくして出たということでしょう。

そして、孝太郎、右近、笑也、雁治郎、扇雀、雀右衛門。彼らについては、今は地味だが実力を蓄えているのでこれからが楽しみという感じ。

雁治郎・扇雀兄弟も、大学までは歌舞伎に出ていなかったんですね。とくに扇雀さんは、子役にも出ておらず、大学も法学部で、むしろ母である扇千景さんの後を継いで政治家になるのではと思われていたとか。中車の例を見るまでもなく、幼いころから歌舞伎役者になるつもりでいたかどうかは、今リアルタイムで各家のお子たちの奮闘をみていると、大人になってから差があるのは当たり前のように思います。扇雀さんが、大学を出てから本格的に歌舞伎の修行をし、だからこそ、勘三郎さんの一座で福助さんとともに女方として活躍したことは、彼の中ではとても大きい意味をもっていたのだなと改めて思いました。

後半には、ベテランも登場していて、左團次、段四郎、我當、秀太郎、澤村藤十郎、田之助。

注目するのは段四郎さん。三代目猿之助の兄を支えてきましたが、本来の持ち味は骨太な立ち役、これまでの歩みを「驥足」とまで評する上村さん。2003年に、息子とともに兄の元を去っているわけですが、その後はさまざまな座組で舞台を締めるお役を務めるんですね。

藤十郎さんは、「かぶき手帖」できれいで華やかな女方(素顔も素敵)だなあと思っていますが、舞台復帰はなかなか果たせないようです。

この本では前進座等の瀬川菊之丞、嵐圭史、中村梅雀(←ドラマではいつもうまくて好き)、を取り上げていますが、歌舞伎役者は亡くなった方でも興味深く読むのに、全く興味がもてず。不思議なものです。

別冊カドカワ「総力特集 新世代歌舞伎~新春浅草歌舞伎~」

201901_2       別冊カドカワの、「新世代歌舞伎~新春浅草歌舞伎」。カドカワが歌舞伎を取り上げるのはうれしいけど、えー、今30代から40代前半くらいの油の乗った中堅どころ(愛之助、獅童、幸四郎、愛之助、松緑、猿之助、菊之助、海老蔵、勘九郎、七之助)をすっ飛ばして、浅草歌舞伎メンバーを取り上げるなんて、と思ってたんですよ。

でも、書店で手に取ってみたら、写真はきれいだし浅草メンバー以外の記事も盛りだくさんで、即買ってしまいました。

200ページ弱のうち、床山、鬘、衣装、大道具・小道具、の職人さんたちの特集が30ページ超、いとうせいこうや、TBS日曜ドラマのプロデューサー、少年ジャンプ編集長、バレエ・カブキの関係者、いのうえ歌舞伎のいのうえひでのり等の興味深いインタビューが30ページ、それに獅童・松也、猿之助・巳之助の対談、浅草歌舞伎の全ポスター!

歌舞伎の解説本は多々ありますが、雑誌的な裏方さんへのアプローチが面白く、膨大な衣装や道具の管理とか、鬘の合わせ方とか、とても興味深かったです。

もちろん、今年の浅草歌舞伎メンバーのインタビューとかっこいい写真も満載です。今や本公演でもしょっちゅう見るメンバーの熱い思いがあふれていてよかったです。隼人が意外に貪欲だとか、みっくんがなぜ芝居を語るのが嫌いなのかとか、歌昇の妻と吉右衛門への深すぎる愛とか。よすぎて、常連なのに今年は出ていない壱太郎、米吉、児太郎(みんな女方!)は取り上げられなくて残念。

今年初めて浅草歌舞伎を見る予定なので、とっても楽しみなのでした。

藤田洋「歌舞伎の事典ー演目ガイド181選」・Eテレ「にっぽんの芸能・山川静夫と振り返る平成の歌舞伎30年」

201212       国立劇場でみかけて買ってみた「歌舞伎の事典ー演目ガイド181選」です。著者は、「演劇界」の編集長を務めた藤田洋さん。

「あらすじで読む名作歌舞伎50」等と比べて、181とは多い!第1章 純歌舞伎・義太夫狂言・新歌舞伎で137作、第2章 歌舞伎舞踊が44作。著者は、今ある400作のうち半分ほどなので、差し当たって必要とされる演目は含まれている、と書いています。チェックしてみたら、第1章で半分、歌舞伎舞踊は三分の一ほど(シネマ歌舞伎も含めて)見ていました。歌舞伎歴6年ちょっとで、ややはまっている私としては、まあまあと言えましょう。

ただし第1章は、「義経千本桜」や「仮名手本忠臣蔵」でも1作と数えていて、見開き2ページに写真2枚なので、説明ではあらすじはよくわかりません。「妹背山婦女庭訓」なんて、右のページに鱶七、左のページに雛鳥と定高の写真ですよ。

この本の使い方は、こんな演目もあるんだ、と舞台写真を眺めることといえましょう。2011年発行なので、だいたい2000年代のものだと思いますが、もちろん多いのは藤十郎、團十郎、吉右衛門、菊五郎、先代幸四郎、仁左衛門、勘三郎、玉三郎と、歌舞伎の本によく出てくる皆さんながらも、演目が多いのでほかにもたくさん。三津五郎が多かったのもうれしかったです。

2012121     富十郎、先代芝翫の、芝居味の濃いこと、先代雀右衛門のきれいなこと。この「毛谷村」の子役は鷹之資かな、と思って調べたら、ほんとに3歳の鷹之資くんでしたよ。お父さんと共演したことがあったんですね。

2012122     この二人は、東蔵、三代目猿之助ですよ。私、三代目はスーパー歌舞伎をやる人という印象だったので、先日の「にっぽんの芸能」で筆屋幸兵衛を少し見て、勘三郎さんのような人情味あふれる演技に驚いたんですが、この加賀鳶のよくわからないけど(見てないので)強烈さ。国姓爺合戦の和藤内も迫力でした。復活狂言や古典でも八面六臂の活躍だったんですね。

2012123     これは梅玉、魁春のお二人。「菅原伝授手習鑑」の桜丸と妻八重です。若々しく美しい。今ももちろん好きですが、この頃から見たかったな。菊五郎さんもほんとに美しい写真ばかりでしたし、少しですが、秀太郎さんも色っぽい写真がありました。

この手の本にしては、海老蔵が少ない(團十郎がたくさん出ている)のですが、なんと、弁天娘が海老蔵でしたよ。どんな役でも、美しい海老蔵ですが、さすがに弁天娘は味が薄くて残念。菊五郎はたくさんあるのになぜこれを使ったのか。なお、海老蔵・菊之助の鳥辺山心中はほれぼれするほどです。

さて、先日、NHKEテレで「にっぽんの芸能」で「山川静夫と振り返る平成の歌舞伎30年」を、たったの1時間でやっていました。当然駆け足で、亡くなった名優を振り返るといった形だったのですが、比較的長く映ったのが、勘三郎の「法界坊」、三代目猿之助のスーパー歌舞伎「八犬伝」、團十郎・玉三郎の「助六」。

それぞれ面白かったですが、この八犬伝は、デジタル・リマスターとかで、鮮やかな映像。衣装もすごいです。そして、亀治郎のスーパー歌舞伎デビューとなったのがこの作品です。18才くらいですが、やっぱりたいしたものです。もちろん三代目のこってりした味、縦横無尽の活躍もすばらしい。

しかしこのタイトルなら、2時間でも3時間でも、たっぷり時間をとって、山川さんにいろいろ教えていただきたかったなあ、と思います。

ジュリア・カジェ「なぜネット社会ほど権力の暴走を招くのか」 池田信夫「日本人のためのピケティ入門」

201809sauver_les_medias       パリ政治学院准教授という経済学者ジュリア・カジェ氏の「なぜネット社会ほど権力の暴走を招くのか」 という長い題名の本です。原題は「Sauver les médias. Capitalisme, financement participatif et démocratie」、英語では「Saving the Media: Capitalism, Crowdfunding, and Democracy」ですから、メディアを救う―出資、クラウドファンディングと民主主義って感じですかね。読む前は、ネット社会における一部の声高な意見が、実際以上に多数派になってしまうとかいう話かな、と思っていたんですが、実際の内容は、健全なメディアである新聞の衰退をどう救うかという話。時流に乗っかりすぎていますよね。

もう少し言わせてもらうと、この本の表紙!いくら著者がモデルのような美人だからって(しかもあのトマ・ピケティ博士の妻です)何ですこれ。帯はカラー写真ですよ。フランスのAmazonで見たら、赤いシンプルな表紙でした。

201809sauver_les_mediasさて、内容に戻りますと、ネット社会になり、記事の再掲コストが限りなく低くなる中、新聞の広告収入と購読者は減り、取材して記事を書く新聞記者は減少していることから、メディアは明らかに弱体化しています。経営基盤が脆弱となった新聞社は新興の富豪に買収され、その支配を受けていきます。健全なメディアを保持するためには、政治的・資本的な中立と、経済基盤が不可欠であるとする著者は、当初の寄付者とその相続人の影響を抜きがたい財団の欠点を補うために、クラウドファンディングを活用したメディア会社を提唱します。

政治的な意思決定における情報開示は決定的に重要です。現在、さまざまな情報が政府や地公体のwebサイトにあるとはいえ、忙しい市民がそれを全て把握することは不可能です。公表情報を選別・編集し、社会の実態を取材し、分析するメディアの役割がどれほど重大か。どんな問題でも、正確な真実がわかれば、多くの事柄を正しく判断することができると、私は思います。

そのためにメディアが本当に重要な役割を果たしていることはいうまでもないのですが、著者の示す実情によると、確かに、メディアの危機は深刻です。私たち、重要なニュースと娯楽としての情報がフラットに並ぶネットニュースに、つい依存してしまいますが、やっぱり新聞を読まなくちゃ。

著者が主な題材とするフランスの個別のメディアの名前には疎くて、ルモンドやリベラシオン以外はぴんとこないところもありましたし、正直いって、後半のメディアに対する経済基盤提供策については、そんなにガバナンスがうまくいくかしら、という疑念もあって、あまり興味はわかなかったんですが、前段の分析はなかなか興味深く、示唆に富んだ本でした。タイトルはちがうけど(←やはりそこ)。

(追記)

201809       ついでに、著者の夫であるトマ・ピケティ(上記の本についても要領を得た冒頭の一文を寄せていました)について知りたいと思って、紹介本を読んでみました。アゴラを主宰する池田信夫氏によるたった77ページの、「日本人のためのピケティ入門―60分でわかる『21世紀の資本』のポイント」です。

冒頭のQ&Aで、ピケティの主張のおおよそがわかります。この本も相当ダイジェストですが、さらにざっくり言うと、各国の一次データを分析したら、資本主義の下で格差は広がるので、国際的にしっかり課税すべきだ、という感じでしょうか。

経済学的にいうと、資本収益率r>経済成長率g により、資本を持てる者の方がさらに利益を得ていき、格差が広がるということですね。

この本が優れているのは、あまり理論的な説明がないというピケティについての経済学的な書評であるソローの議論を紹介していることと、日本経済についての説明があるところですね。

東小雪・増原裕子「同性婚のリアル」

201808     LGBTへの理解を求める活動をしている東小雪さんと増原裕子さんが、同性婚に焦点を当てて対談形式で書いた新書「同性婚のリアル」です。

2016年2月発行の時点では、お二人は2013年に結婚式を挙げ、渋谷区にパートナーシップ証明書を発行してもらった、同性婚者で、自分たちの恋愛の歴史を振り返りながら、同性婚とは何か、ということについて、わかりやすく描いていきます。

当然ながら、女性の同性婚の話が中心ですが、最後の方には、男性同士で結婚式を挙げたカップルも出てきて、またちがった面を説明してくれています。

話は前後しますが、LGBTは、レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの頭文字をとった言葉で、最近急速に知られるようになりましたが、この分野の問題は、「性自認(生まれた性にかかわらず自分の性をどう認識しているか)」と、「性志向(異性と同性とどちらに恋愛志向があるか)」のパターンの掛け算なので、トランスジェンダーの人が異性愛か同性愛かということによって、この4つとは違うパターンも出てきます。

正直、以前は、日本には、歌舞伎も宝塚もあるし、TVではオネエタレントが人気だし、映画「ブロークバック・マウンテン」にみられるような、キリスト教社会における同性愛に対する激しい嫌悪感はないし、などと呑気に思っていたのですが、その後同性愛者であることを知られたのを苦に学生が自殺した事件があったり、職場でカミングアウトできなくて苦しんでいる例は多いという話を聞いたりしていたところだったので、具体的に書かれたこの本は、たいへん勉強になりました。

同成婚は、愛情のうえに成り立つ結婚生活が送れるという面だけでなく、相続や子どもを育てること、保険など、当然異性婚に認められる制度を享受できないなど、当事者でなければなかなかわからない悩みがよくわかりました。

最近、RENTを見たところで、読み進めるうちに、アンソニー・ラップの「Without You」が思い出されてきました。この本には、アンソニーの幼い頃からの同性愛について克明に描かれていて、とくに最愛の母へのカミングアウトについては、どうしてこんなに苦しみながらも母に理解してもらいたいんだろう、と切なくなります。

抽象的にというか、集合的に、ゲイは、トランスジェンダーは、と語るより、こうした真摯に生きている顔の見える人たちが、不当な差別や偏見を受けないような社会でありたいと思う気持ちを強くしてくれる本でした。著者のお二人は、その後離婚していますが、この本自体の価値はそのままだと思います。    

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