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歌舞伎

秀山祭九月大歌舞伎「極付 幡随院長兵衛」「お祭り」「伊賀越道中双六 沼津」

  201909numazu 今月の歌舞伎座は秀山祭、昼の部です。1つめは「極付 幡随院長兵衛」2年前の秀山祭では、吉右衛門さんの長兵衛があまりにかっこよくて感激しましたが、今回は幸四郎が長兵衛を演じます。

まずは、芝居の場の劇中劇。頼義の児太郎、児太郎って線が太くて声も大きいので立ち役って実は合っているんじゃないかって思います。将来、梅幸さんのように判官をやったりするのかな。公平は種之助。小柄で顔も小さいはずのにがんばっているなーと思いました(はじめ鷹之資かと思った)。声も大きく、形もきれいでしたし、客席でもめて中断してハラハラしているのがかわいかったです。芝のぶ、橘三郎もぴったり。

そして水野十郎左衛門(松緑)の郎党の狼藉を収めに客席から出てくる長兵衛(幸四郎)、すっきりかっこいいです。

長兵衛宅の場。子供をおんぶして出てくる剽軽な出尻清兵衛、ずっとわからなかったんですが、歌昇くんでした。最近役柄の幅も広げてますね。子分たちに宗之助、廣太郎、廣松。唐犬権兵衛に錦之助。女房お時(雀右衛門)も含め、上品な一家で、あんまりあちこちで水野の郎党とケンカしたりしそうにない感じ。

水野の屋敷に呼ばれ、新しい紋付で出かけていく長兵衛。舞台に幸四郎、松緑、近藤登之助(坂東亀蔵)と並んで、目には華やかできれいです。

酒をこぼされて風呂に入れとうながされ、だまし討ちされる長兵衛。この立ち回りは、さすが幸四郎、動きがキビキビとしていて、最後はやはり痛めつけられる幸四郎の悲壮感(←好きだあ)がちらっと出てぐっときます。武士のくせにだまし討ちが情けなくて、ヒドイ結末の演目ですが、これからも幸四郎の持ち役になっていくのでしょう。

2つめは「お祭り」魁春さんと梅枝くんのスラリと粋な芸者姿。久しぶりの梅ちゃんがああ、きれいとうっとりするようです。鳶の梅玉さんが加わりますが、梅枝くん見て終わりました。というか、お祭りというには出演者も少なくて男衆も地味な衣装で若干寂しかったです。見てる方にそんな感じを抱かせるのはどんなもんでしょう。

いよいよ「伊賀越道中双六 沼津」。吉右衛門・歌六・雀右衛門の鉄壁の座組の当り狂言で、楽しみにしていました。

呉服屋十兵衛(吉右衛門)、荷物持ち安兵衛(又五郎)が、おくる(米吉)の茶店にやってきます。通りかかった夫婦(歌昇、種之助)に抱かれた綜真くん、大きな声で名乗ります。それを見る、よく似た顔の又五郎さんがこのうえない笑顔なので、こちらも思わず笑顔になりました。

安兵衛は先に行かせ、荷物持ちとして老人平作(歌六)を雇った十兵衛は、上手の客席通路から一回り、花道から帰ってきます。なんか笑いが起きてるけど台詞はよくわかりません。ケガを治療してもらった平作、娘のお米(雀右衛門)を見た十兵衛は、お米を気に入り、平作の家で休むことにします…。

三世歌六の百回忌追善の劇中口上がありました。初代吉右衛門、三代目時蔵、十七代目勘三郎という名優の父ですから、七代目幸四郎さんのような今の歌舞伎界の祖みたいな方ですね。吉右衛門、歌六、又五郎、雀右衛門さんの口上は見物にはうれしいものでした。

さて、私、沼津が名作だときいてあらすじは見ていったんですが、「実の息子と邂逅した老父が、義理と息子への情愛の板挟みとなって、腹を切って息子の探す仇の居場所を教える」ってことだけ押さえておけば大丈夫だと思ってたんですよ。しかし、なぜ息子だとわかるのか、そしてお米、実は瀬川という江戸で人気の遊女だったのですが、なぜ十兵衛の印籠を盗むのか、やや地味な舞台面に意識が遠のいて、わかんなくなってしまいました。

最後、十兵衛を追ってくる平作、その歩き方が、老いと、役者としてのたしかな身体の芯が感じられて歌六さんってすごい、と思います。この最後の場面の吉右衛門さん、軽快な好男子のそれまでの場とちがって、肚の座ったいい男!何より、最近の吉右衛門さんって、何を見ても絶頂期、役者としての高みに挑戦する気概が、あと何年続きられるのかという気持ちと一体となっている感じがして、迫力を感じます。一番身近に感じているであろう幸四郎、菊之助、そして歌種兄弟にもその覚悟が伝わっている感じが、この秀山祭ですね。

ああ、この座組でもう一度見られますよう。

(追記)

その後、吉右衛門さんが高熱で休演、十兵衛は幸四郎代役となりました。いや、だって初役ですよ!秀山祭ということでただでさえ昼夜奮闘しているのに…しかし、ニンにも合っていて、好演との評判でした。いずれはと思って吉右衛門さんを見ていたでしょうが、さすが幸さん。体は心配ですが、新作をどんどんやりながらも、高麗屋と播磨屋どちらも大事に芸を継ごうとしている彼ならではの奮闘で、応援するしかありません。

渡辺保「歌舞伎の見方」 山川静夫「私の出会えた名優たち」

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  渡辺保さんの「歌舞伎の見方」です。大西匡輔「歌舞伎のいま どの芝居をどの役者でみるか」で、初心者向けとして推薦されていたので、読んでみました。

 最初の章で、「私が本当にたのしいと思っているポイントについて自由に書きたい」とあり、これまでは、「なるべく客観的でありたい」と思ってきたため、「自分の好みについて赤裸々に告白してこなかった」そうです(←そうですかね)。

著者のお好きな演目について、心に残る名演を語るという形で、41の演目を取り上げています。各項目は長くないですが、演目の見どころと匂うような名優の一瞬を切り取った文章で、なかなか面白かったです。私が映像も含めてみていないのは8つでした(そのうち1つは猿之助が「法界坊」で後からの入れ事だからやめたという「しめこのうさうさ」)。

雀右衛門さん贔屓の保さん(「名女形 雀右衛門」)ですが、歌右衛門さんも大好きだったんですね。多く登場するのは梅幸(歌右衛門との芸風の違いもたびたび出てきます)、十七世勘三郎、十七世羽左衛門、先代芝翫、八代目幸四郎、二世松緑、二世実川延若。現役は仁左衛門、玉三郎、吉右衛門。

女子大で「四谷怪談」の講義をしたところ、欠席の学生の理由が「顔が腫れた」だったので、すぐ講義をやめてお参りに行ったというのと、お岩はもともと立ち役が演じるのが本役で、特に後半は女形では弱いんだそうです。

保先生、自分は歌舞伎を学んではおらず、本や実際の観劇による独学、歌舞伎は学ぶのではなくまず感じればよい、とあとがきにも書いていますが、そのくせ批評では、ただ楽しんで見る観客には冷ややか(わかっていない客があんなものを喜んでいる的な)です。やはり正解というものは(1つではないにせよ)あるんでしょう。

私は芝居を文字で反芻するのが好きなので歌舞伎の本を読んではいますが、読むそばから忘れちゃうし、やっぱり見ていない演技は文では理解できないし、過去の映像を見るくらいしか勉強する方法はないんですかね。

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  こちらは山川静夫さんのインタビューとエッセイをまとめた「私の出会えた名優たち」、2007年出版です。

取り上げている名優は、七代目梅幸、十三代目仁左衛門、六代目歌右衛門、十七代目勘三郎、二代目鴈治郎、長谷川一夫、二代目松緑、八代目幸四郎、十一代目團十郎(彼のみインタビューはなし)。

今の大幹部の親世代で、戦後、今の歌舞伎が形成された時期の人気俳優たちの肉声に近いインタビュー、聞き手が山川さんなので親しさと芸への敬意がいい塩梅なので楽しいです。

お子たちの話も出てきますがそれも興味深い。例えば十三代目仁左衛門さんは我當、秀太郎、当代仁左衛門について、「(秀太郎は)後輩を育てるとか弟子を育てるなんてことは非常に一所懸命ですね」「孝夫はおかげさまでいま非常に人気があるし、三人の中では一番幸せなようだけれども、一番心配、ちょっと評判が実際よりも上回っていやしないか」などと語っています。

二代目鴈治郎さんは、初代猿翁さんにかわいがってもらい、二代目猿翁さんについても「今のところは(芝居にコクをつけろというのは)、サービス精神が壊れてしまうから無理。もう暫くしたら『俺かてけっこう本格的なものを見せてやる』とこの人は分かってる。」と、勉強熱心なところを「非常に可愛く思っている」とまで言っています。

二代目松緑さんは、七代目幸四郎の三人の息子たちがそれぞれ父の性質を受け継いでいることや、長兄十一代目團十郎の話など。間のよい座談の名手で、山川さんも弁慶橋(ほんと)のある紀尾井町の自宅をたびたび訪ねています。その松緑さんの晩年の悲劇は、息子辰之助さんの早逝。山川さんは、三之助について、新之助(十二代目團十郎)は照れずになりふり構わず精進し、菊之助(当代菊五郎)は天性の明るさとおおらかさ、野性味を持ち(その通り、天才肌ですね)、辰之助は、みかけよりはるかに神経質、無謀とも思えるほど深酒をしていたことで寿命を縮めたことが、どんなに松緑を苦しめたことか。今となってはせんないことですが、この辰之助さんの描写が、同様に繊細な当代松緑さんにもつながるようで切ないです。

八代目幸四郎さんは、天性の立派な役者顔、長男の二代目白鸚さんのミュージカル出演を認めていたり、義太夫について研究心が高じて文楽の綱大夫さんに出てもらったり、開明的で研究熱心な姿が浮かび上がってきます。温厚で行き届いた性格を七代目から受け継いでいると松緑さんの言う通り。

と、今の大幹部や花形に直接つながる名優たちのお話で、面白く読みました。山川さんって、ラジオの劇場中継(!そんなものがあったんですね)がやりたくてNHKに入ったそうですが、ただの人気アナウンサーじゃなかったんだなあ。

八月納涼歌舞伎「新版 雪之丞変化」

201908yukinozyou   納涼歌舞伎第3部、「新版雪之丞変化」です。「雪之丞変化」といえば、猿之助が女方役者の雪之丞、盗賊闇太郎を早替わりで演じ、劇中劇もあるという大サービスのエンタテインメント、これを玉三郎さんが演じるなんて、という気持ちで期待していましたが、玉様のほか、七之助、中車以外の追加配役キャストはなかなか発表されず、玉三郎補綴・演出が伝わってきていったいどんなものなのか。

 玉三郎さんは親の仇を狙う女方役者雪之丞、先輩役者星三郎(七之助)、雪之丞の師匠菊之丞、仇土師、闇太郎など5役を中車、そして名題下役者で狂言回し的な役回りの鈴虫を音之助・やゑ六のダブルキャスト。私が見た日は音之助さんでした。

話はシンプルなので、1幕は、雪之丞と星三郎の役者論みたいなやりとり、これまでの玉三郎さんの歌舞伎の映像が出るという噂で楽しみにしていたのですが、それぞれほんの少しだし(玉様美しいけど)、星三郎との台詞も来月の南座四谷怪談の玉様の監修が厳しいという楽屋落ち以外はあまり面白くなく。

役者が少ない分、映像とのやりとりなども多いんですが、横に広い歌舞伎座でのこの演出は、ケラさんの芝居などと比較すると稚拙な感じがして物足りないです。歌舞伎座の芝居を歌舞伎としてみるから許されている部分って確かにあって、歌舞伎じゃないなら、それなりの芝居としての完成度を求めたくなるってものです。

役者は悪くないんだけどなあ。中車は冒頭の仁木はともかく、こういう役をやるなら中車は正解、という活躍ですし、七之助も思ったより出番多く立ち役の七好きなのでよかったです。音之助さんうまいなあ。こんなに大きな役、チラシに名前載せるべき。

最後は、仇討ちを果たした雪之丞が華やかに元禄花見踊をみんなで踊ります。大好きな猿紫・笑野コンビが玉さまと3人で踊ったり、芝のぶちゃんがオペラでガン見しても隙のない美しさだったり。もちろん玉様のオーラもすばらしく、まだまだご活躍いただきたいと思いました。

あと、特筆すべきは、雪之丞の着物の美しさ。何種類か着替えますが、全て地の色といい裾の柄といい、本当に美しく、お顔の小さな玉様に似合っていて、素晴らしいものでした。

ということで、納涼歌舞伎とはいえ、3部制での普通のチケット代だしなあ、と思ってしまった演目でした。

(もっと言うと、これに比べたらこれまで見てきた新作歌舞伎なんてとっても歌舞伎だった、と思いました。朝日新聞の梅枝・壱太郎対談で、梅枝くんがもっと古典したいのに新作に駆り出されて…って話をしていたけど、たとえば「マハーバーラタ」だって歌舞伎でしたよ、心配しないで、なんつて思ってしまいました)

八月納涼歌舞伎「東海道中膝栗毛」

201908yjkt   八月納涼第2部、「東海道中膝栗毛」です。来夏は猿之助がステージアラウンドで「ヤマトタケル」を上演するので、とりあえずは最後、初心に返って弥次喜多中心のお話になりました。

前回死んじゃったはずの弥次さん(幸四郎)、喜多さん(猿之助)は、それが夢だったと目覚め、改めて伊勢参りをすることにします。しかし、義賊を装った風珍、戸乱武の二人と顔がそっくりなところから、追っ手に追われることに…。

この悪党たちと、弥次喜多の早替わりが一つの見もの。ウソでしょ、とびっくりするようなタイミングで替わります。お面も使わず、涼しい顔しての早替わりは、さすが澤瀉屋のお家芸と、伊達の十役をやった幸四郎。替わればいいってもんじゃなくて(cf 七月の千本桜)面白いです。

そして、私としてはとても珍しい大敵の四代目が見られたのもうれしい。たぶん四代目のこういう役は、猿翁さんの復活狂言とかスーパー歌舞伎での一役といった形でしか見られないのでしょうが、元は女方というのを忘れそうな骨太の演技で、あくまでかっこよかったです。

御存知鈴ヶ森、切られ与三郎、女殺油地獄、一本刀土俵入、組討など、名作歌舞伎のパロディと、若手の活躍はお約束。浅草組は、実力をつけてきたのと同時に華も身に着けて、短い場面でも「おっ」っと目を惹きます。隼人の一瞬の殺気の美しさ、受ける新悟の色っぽさ。巳之助はいうまでもなく。児太郎、その場の皆が笑う中澄まして普通にセリフを言うのがすごい。鷹之資はもうかなり出来上がっていて、とろろ場でも目立つ衣装で引き立っていました。鶴松も登場したときにははっとするようなきれいなお蔦の形(オチあり)。虎之介ちゃんは意外にはっちゃけてよかったんですが、お顔の拵えがいまいち。育ちのよさそうな素顔の方がかわいいので惜しい。

そして第二の主役というべき染五郎、團子。染五郎の台詞がものすごくよくなっていて、やっぱり6月の風雲児たちで揉まれた成果だなあと思いました。二人ともすらりと、声も張っていて、とってもよかったです。

久しぶりの中車も、台詞、見得、舞踊ともにしっかり進化していて、努力を続けているんだなあと感心(3部も好評ですもんね)。こういう中にあって、最初出てきたとき誰かわからなかった(でもこのうまさは、と途中でわかった)笑三郎、藤山直美のようなかわいい顔になっている娘義太夫姿の猿弥、本役風なのにめちゃくちゃ面白かった門之助、ほかに弘太郎、笑也と、澤瀉屋の面々も持ち場でしっかり輝いていました。

そして七之助がちょいちょい出てくるんですけど、やっぱりこの座組では役者ぶりが際立っていて、声も大きいし、ありがたい感じがします。1部でたいへんなのに、こんなに出てくれるのは、幸猿との絆を感じてうれしいな。

終盤の本水。幸四郎なぜそうまで(というかバカでしょ)という奮闘ぶり。全体に、制作に入っている猿之助(今回は主演になってる!)がしっかり話を回しているんですが、二人とも惜しみなく体も使っていて、芝居を引っ張っていく姿にムネアツです。この二人でこんな大規模なおふざけはもう二度とみられないかもと思うと、感慨深い弥次喜多でした。

(2回目追記)

2回目は、花外の前方で見ました。花道での見得は後ろ姿になっちゃいますが、花道での演技がよく見えるし、役者さんが通るたびにいい香りがして楽しいです。至近距離で見た隼人の横顔が、文楽の人形のようにキレイで感動。弥次喜多が舞台にいる時間が長くて幸せ。日に日に染團の型が決まってうまくなっているのも感じます。

前回気づかなかった四代目の高麗五郎さんいじり、段之さん、猿三郎さん、猿四郎さん、くん、を認識しました。宗之助、わかってみるとひときわ声に力があってうまいなあ。

この日は、虎之介が自分で笑っちゃってましたが、出オチみたいなものなのに、キミの立場で笑っている場合じゃないぞ、と心配になりました。逆に巳之助の鬘プレイで全員笑いをこらえ切れないのに、健気に台詞を言う児太郎に拍手。

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  ところで、数日前から、木挽町広場~1階へのエスカレーターの両側に、このポスターが左右5枚ずつ掲示されています。二人とも超かっこいい!眉と目張りと衣装でここまで別人になるとは(喜多さんと比べてね)。この表情、「オレはやるぜ、文句あるか」、という、四代目の本質が表れているようで(でも意外と人に優しい)、最高ですね。「オグリ」、楽しみです。

八月納涼歌舞伎「伽羅先代萩」「闇梅百物語」

  201908senndaihagi 八月納涼歌舞伎第1部です。まずは七之助初役の政岡の「伽羅先代萩」。政岡、鶴千代(長三郎)、千松(勘太郎)の3人が揃ったところから始まります。七之助、今まで見た中で一番若く、政岡は幼い息子を持つ若い母親で、世継ぎの殿を守るという重い役目を必死に果たす健気な女性だったんだ、という感を新たにしました。

前回見た飯炊き(玉三郎政岡のとき)はぼーっと眠かったんですが、今回は長三郎と勘太郎が何をするか目が離せなくて、雀の籠を出して餌を撒くとか、茶筅で米を研ぐとか、千松が毒見した白いお団子みたいなのはどんな味なんだろうとか、面白かったです。ここで、政岡が厳しくも愛情をもって千松に接している様子がよく描かれているんですね。長三郎はやっぱりハラハラしますが、勘太郎は、ほんとにどの一瞬も役をしっかり演じていて立派です。

栄御前(扇雀)の登場から舞台が動き出します。八汐は幸四郎で、私は仁左衛門さんの八汐を見ていないので、最高に冷たく美しい八汐ですよ。千松が健気で哀れ。沖の井の児太郎もりりしい。皆が退出した後の政岡、前述のように、お役を健気に務める必死な女性ですので、切なく悲しかったです。

さて、床下は男之助(巳之助)、仁木弾正(幸四郎)。巳之助もよかったですが、幸四郎の美しい仁木!蝋燭の明かりに浮かぶ不敵な仁木!ああ、素敵だった!

201908_20190816203901   2つめは「闇梅百物語」。腰元が百物語に興じる中、白梅(新悟)が、最後に蝋燭を消す役回りになります。その後、妖怪が次々に現れ…。前半は狸(彌十郎)、河童(種之助)、傘一本足(歌昇)が楽しいです。とくに種ちゃん河童は、水かきのある河童の手がゆらゆらかわいい!かしょたんも、おかっぱヘアが似合ってて、童子いけるかも、なんて思ったりして。

ポスター等で彌十郎さんの狸が強烈だったので、狸が主役かなと思っていたんですが、実は幸四郎の出し物。骸骨のコミカルな踊りから、すっきりした男前の読売になり、軽快でちょっと次元の違う舞踊を踊ります。そして最後は狐(狐忠信風)になって大内義弘(彌十郎、立派な武士)と戦います。

幸四郎、愛嬌のあるニンも身体能力も(海老蔵なんかよりずっと)狐忠信やれる役者だなあと思いましたが、高麗屋頭領としてはそれどころじゃないし盟友猿之助の持ち役でもあるしやらないんだろうなと勝手に想像した次第でした。

坂田藤十郎「坂田藤十郎―歌舞伎の真髄を生きる」

  201908 坂田藤十郎さんが、鴈治郎から藤十郎を襲名したときに、これまでの役者人生と「坂田藤十郎」という名への思いを書いた「坂田藤十郎― 歌舞伎の真髄を生きる」です。襲名が2005年、この本の出版は2006年、藤十郎さんが74歳のときですね。

版が少し大きめ(A5)で、写真が豊富です。舞台はたぶん多くが襲名公演の写真、旅行時のオフショット、家族写真も鴈治郎さん、扇雀さんの家族も含めた立派なお写真。しかしなんといっても、最初のページのお若い頃のお初の美しさといったら、まさに可憐で恋に思いつめる若い娘!

話は、1953年、まだ21歳の藤十郎(当時扇雀)さんが、近松門左衛門の「曾根崎心中」を宇野信夫脚本で250年ぶりに復活上演させた、そのヒロインお初に抜擢され、人気を博したところから始まります。徳兵衛がお初の素足を押し抱くという官能的なDsc_1084 場面や、花道をお初が徳兵衛の手を引いて走るという斬新な演出も一から藤十郎さんと演出もしていた宇野氏とで作り上げたわけです。

第2章以降は、歌舞伎役者としての修行や、武智歌舞伎とのこと、歌舞伎に対する藤十郎さんの考えがつづられていきます。武智歌舞伎がどんなものだったのか、ぴんときませんが(前から名前だけは知っていましたが、武智鉄二氏が、愛染恭子の「白日夢」の監督だったとは知らなかった!)、若き藤十郎さんは、武智歌舞伎で人気を博し、一流の師に付き、役者として成長していきます。

そして近松門左衛門の作品を専門に上演する「近松座」をつくり、「曾根崎心中」を海外で上演して手ごたえを得、近松がそのために多数の作品を書いた藤十郎襲名と上方歌舞伎の興隆を願って努力を続けます。丸本歌舞伎の洗い直し、演出の見直しと、さすが猿之助が「何を訊いても理論的にきちんと答えてくれる藤十郎おじさま」と尊敬する役者。

藤十郎さん、老け役はやらないと決めているのだそうです(2回だけやったのは、歌右衛門さんと出たときに若いほうをやるのだと思っていたら歌右衛門さんにとられたのだとか。演目は何だったんでしょう)。そういえば、私が見たのは、舞踊を除けば「伽羅先代萩」の政岡、「河庄」の治兵衛、「帯屋」の長右衛門、「新口村」の忠兵衛。確かに老け役はないし、長右衛門は85歳を超えて男盛りの色気がありました。最近は、口上に長老として出ていらっしゃいますが、さすがに細かいしどころのあるお役は難しいかも。お初を見ていないのは残念です。

若手の新作に対しては、「歌舞伎の技術さえ用いれば歌舞伎」といい、自身が東宝や映画に出ていたこともあって、寛容なようにお見受けしますが、技術に対して求めるものはやはり厳しい方だなと思いました。

田中佐太郎「鼓に生きる」

     201907_20190802235201歌舞伎囃子方の田中佐太郎さんの生涯を、氷川まりこさんの聞き書きでまとめた「鼓に生きる」です。佐太郎というお名前ですが、ご覧の通り、シルバーヘアの凛とした女性です。囃子方としては表舞台には出られないそうで、黒御簾内で演奏されるほか、長年国立劇場養成科の講師として後進の育成にも貢献している方です。

佐太郎さんの父は、歌舞伎囃子方の家元で人間国宝の十一世田中傳左衛門、夫は能楽師の大鼓方で人間国宝の亀井忠雄さん、そして息子たちが、能楽師の亀井広忠、歌舞伎囃子方の十三世傳左衛門、傅次郎の亀井三兄弟。そのことを知ってから、かぶき手帖にも載っているこの方、どんな方だろうと思っていましたが、この本は、熱心に稽古する少女時代の写真、忠雄さん、三兄弟の文章も収められていて、装丁も活字もとても素敵な本。

十一世傳左衛門には、一男五女がありましたが、長男は東大に進学して学問の道に進んだため、十一世が稽古をつけた娘たちの中で残ったのが佐太郎さん。このお家の芸は、あくまで歌舞伎の囃子方として演奏するか、囃子方のプロの育成のみということで、十一世は、芸の中継者として佐太郎さんを鍛えます。楽器は一つではなく、太鼓、大鼓、小鼓、鐘、鉦と打楽器すべて、さらに人に稽古をつけるときのために三味線も。

15歳のとき、あの六代目歌右衛門の会で、佐太郎さんは急な代役として舞台を務めます。そのとき、成駒屋は、「このままお嬢さんにさせたらいかがですか」といい、黒御簾内のみながら、佐太郎さんの歌舞伎の本舞台での演奏の道が開けるのです!傳左衛門の前名である佐太郎の襲名披露にも、歌右衛門さんが舞踊で出ています。

佐太郎さんは、能楽も勉強すべく、夫となる亀井忠雄さんのもとへも稽古に通います。歌舞伎のみならず、能もきっちり学んでいること、教えることに熱心で厳しかったことについて、忠雄さんは佐太郎さんを尊敬しているのがよくわかります。亀井三兄弟は、小さい時から観世銕之亟さんに謡と仕舞の稽古に通いますが、わからないところは家で佐太郎さんに習っていたそうで、忠雄さんは、「(銕之亟 ・佐太郎の)あのふたりがいたから、あの子たちみたいな『魔物』ができたんです。」と言っています。うーむ、やはり三兄弟は、親の目から見ても「魔物」なのか。

1.5歳ずつ違う男の子の3兄弟、ただ育てるだけでもたいへんだと思いますが、1日もゆるがせにできない舞台の仕事や高いレベルの稽古をしながら、子どもたちに豊かな愛情を注いできたことが、3兄弟の文章でわかります。

傅次郎さんは、佐太郎の名を譲られることを断ったんだそうです。「佐太郎は母しかいない、永久欠番のようなもの」と。今は傳左衛門・傅次郎さんのところのお孫さんのお稽古をつけている佐太郎さん。いや、かっこいい。

中村達史「若手歌舞伎」 大西匡輔「歌舞伎のいま どの芝居をどの役者でみるか」

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  1986年生まれ、30代前半という若い中村達史さんの2017年出版の初の歌舞伎評論本「若手歌舞伎」です。詳しいプロフィールはわからないんですが、歌舞伎評論家の和角仁さんの指導で勉強中ということが、同氏による解説に書いてありました。

 「若手歌舞伎」という書名の通り、染五郎から梅枝までの花形役者についての役者論。といっても11人を110ページちょっとで書いているので、だいぶ駆け足です。

 この方、古典歌舞伎の技法を維持していってほしいということを第一に考えているようで、その観点から、彼らの名跡、受け継ぐべき芸と役と現在の状況について語っています。「演劇界」や新聞とのしがらみがないせいか(言い過ぎ?)、松緑の台詞回し等、それ言っちゃうんだ、ということも書いてあるのはいいんですが、全体としては、この著者にいい印象が持てませんでした。

ひとつには、人気者ばかりで読者は承知のうえと考えてあえて書いていないのかもしれませんが、その役者の魅力や美点についての記述が乏しく、もっとこういう役をやれとか、この役でこうしたのは失敗だとかのやや近視眼的な記述が多いように思えることです。私はとにかくこの世代がすぐ上・下と比べて圧倒的に好きなので、もうちょっと各人独自の魅力を踏まえて書いてほしいし、歌舞伎を楽しむ部分や役者への共感や尊敬が薄く感じられるのは、歌舞伎評論家としてもどうなのかという気がします。

歌舞伎の技法的な部分はよくわかりませんが、菊之助の立ち役の感想や、勘九郎の役の幅とか、七之助が勉強していないとか、松也の過小評価とか、海老蔵について書きながら、全く持ち味の違う十二代團十郎をいっしょくたにしているところとか、気になるところはいろいろあります。

四代目については、スーパー歌舞伎の承継者でなければならないことと、「客入りが何より大事」との言葉を額面通りに受け取りすぎで、その芝居に至るまでの、彼が表に出さない工夫や試行錯誤が見えてないように思います。「黒塚はすでに古典だから変えるな」なんて、たしかこの4月の歌舞伎座の劇評でも書いていたと思いますが、初代猿翁が「まだ足りないところがあるから完成させてほしい」と言い残した演目で、代々の猿之助が澤瀉屋としてさまざまに工夫することを止めることなど、誰にもできないというものでしょう。

最後の40ページほどは、最近の芝居でよかったものの劇評ですが、そりゃ吉右衛門さんの芝居になりますよね。襲名後の雀右衛門さんが役者ぶり大きくなったというのも誰が見てもそうですし。劇評の文体が年配者の借り物みたいでぱっとしないのも若いのに残念。

 

  201907_20190725072602さて、もう1冊は、1939年生まれの大西匡輔さんの2013年出版「歌舞伎のいま どの芝居をどの役者でみるか」です。著者は、長年高校の国語教員をされていたそうで、参考書の著書は多数ありますが、この本は、長年の歌舞伎ファンとして、「団塊の世代を始めとして、新しい世界に楽しみを見つけようとしている人に、歌舞伎という最高のエンターティンメントを楽しんでいる道案内をする」(あとがき抜粋)というコンセプトで書かれたそうです。2013年は歌舞伎座新開場で、歌舞伎が世間の関心を集めたときでもあります。

 なるほど、評論家ではない、歌舞伎ファンとしての目線で書かれていて、歌舞伎役者の世代が要領よく把握できます。第2部は作者毎に、主な演目の解説と、今のどの役者でみるかということが書かれているのですが、短いながらとてもわかりやすく、あらすじをさっと紹介する以上に立体的に芝居が理解できるようなものになっています。大西先生の授業はさぞ面白かったでしょう。作者毎の章立てというアイディアも、歌舞伎を大まかに理解するのに役立ちます。

神戸在住の著者は、やはり上方歌舞伎に思い入れがあり、江戸と上方の違いや、松嶋屋、とくに愛之助や成駒家等、上方に縁のある役者についての記述も多いです。ただ、この本の出版はわずか6年前なのに、その間の変化も大きいと感じます。例えば、坂東薪車について、御曹司ではないものの、自身の会をやり、上方にはなくてはならない役者として期待していることが書かれていますが、彼はその後、竹三郎さんからの破門を経て、今やすっかり海老蔵一座で欠かせない役者になってしまいました。

勘三郎・團十郎の早すぎる死のショックがまだ癒えず、三津五郎さんがまだお元気で、海老蔵が今より古典をやっていて、猿之助・勘九郎は襲名を機に飛躍しているという状況で、それがわずか数年前の話なんだなという感じがします。猿之助の四代目襲名に関しては、それにより亀治郎時代のように様々な役者と共演しなくなるくらいなら亀治郎のままでよかったとまで書いていて、なるほど当時はそう思われていたのか、と。

また、著者は、勘三郎さんが大好きだったためか、コクーン歌舞伎にも好意的。今の観客にはみどりは不親切である一方、通しは退屈になりがちで、その両者の欠点を補う、演出家の一貫した目による通しの再構成は意義があり、また稽古が十分行われる点がよいと。演出にもよりますが、私もこの意見には同意です。音楽は邦楽でやってほしいというのも同じですね。

巡業高麗屋襲名披露「口上」「双蝶々曲輪日記 引窓」「色彩間苅豆 かさね」

201907   高麗屋襲名興業の巡業東コースです。先月の歌舞伎座で25日まで「みたに歌舞伎」に出ていた出演者たち、5日後の30日から巡業が始まったわけですよ。始まってすぐから評判がよくて、楽しみにしていました。客席はぎっしりと満員。

まずは「口上」。白鸚さんの力強い滑らかな口上。猿之助(少し砥の粉な拵え。白鸚さんとの共演の話が主)、高麗蔵さん、錦吾さん(親の代から100年高麗屋に仕えていると!)、廣太郎、幸四郎、そして最後に白鸚さんが演目について、「親の口からいうのも何ですが、猿之助さんと幸四郎は若手歌舞伎役者ではとっても踊りがうまいからお楽しみに」という趣旨の話をされてました。

いよいよ「引窓」です。2017年3月に現白鸚さんの与兵衛、彌十郎の長五郎で見ていますが、もっと細かく筋を押さえておくべきだったなどという記憶がありました。今回は2度目のためか、白鸚さんの長五郎、幸四郎の与兵衛のきめ細かい心理描写がすんなりとこちらに入ってきて、とても見ごたえがありました。

人を殺めて逃亡中、実母お幸(幸雀)に会いに来た長五郎(大きくて立派)。温かく迎えるお幸と与兵衛の妻お早(高麗蔵)。さすが高麗蔵さん、元花街の女らしい華やかさと、姑とも仲良くやっている気立ての良さが表れていて、とってもよかったです。

そして与兵衛の幸四郎。町人から郷代官となってうれしさを母に伝える様子、長五郎のことがわかって苦悩し、結局助ける心の動きが克明で、根底に与兵衛の人の好さが、幸四郎さんっていい人なんだあとと思わせるほど真に迫っていてよかったです。

お待ちかねの「かさね」。噂には聞いていましたが初見です。ロンドンでも上演して、亀治郎のかさねは大好評だったんですよね。

逃げていた恋人与右衛門(幸四郎)を追ってきたかさね(猿之助)。チラシよりちょっと年増になっちゃったかな、とちらと思ったのですが、娘らしいかわいい仕草を見るうちに、すぐに一途なかわいい娘に見えてきました。藤間紫さんの型という赤い袱紗を使いながら恋しさを訴えるかさね。

一方、水も滴る色悪な幸さん。幸さん、先ほどの「いい人」な感じが一ミリも残っていない完ぺきな色悪がまた似合うこと。最近、圓朝さんの「中村仲蔵」を聞いたところだったので、豊かな言語表現で聞いた「色悪」が、お手本のような形で目の前に現れている、という感激がありました。

そして、鎌の刺さった髑髏を拾い上げてからの形相の変わったかさねの迫力!いろいろな型での絡みに、一時も目が離せず、これでもかと見物に見せつける四代目の面目躍如。猿之助・幸四郎の名コンビの一つの究極の形を見せてもらいました。

そうそう、かさねの清元には、栄寿太夫として右近くんが出てたんですよ(父延寿太夫さん、三味線の兄斎寿さんも)。普通に一員として出ていましたので、巡業の筋書にも名前のみで写真は出ていないんですが、伸びやかな高音は、舞台に目を集中していてもわかるくらいで、栄寿太夫の襲名披露よりずっとよかったです。

お芝居と物語性の濃い所作事というとてもいいバランスの、いい巡業だと思いました。

(追記)

「演劇界」10月号の劇評の、この巡業の項は、児玉竜一先生。「かさね」については、幸四郎が、どこかでいい人風を見せるようなことがなく、「花道で糸立てを取ったところから黒々とした悪役肚で、それが最後まで微塵揺るがない」、「猿之助のかさねが…面倒くさそうな女を徹底して体現する」、そして「すっきりと図太い幸四郎と、手練手管を尽くした猿之助と、両者の絡み合いの濃密なことは、近来無比といってもいい」、とまあ絶賛でした。ふふ。

七月大歌舞伎「通し狂言 星合世十三團 成田千本桜」

20190709 7月の歌舞伎座海老蔵奮闘公演、幕見の通しです。夜の部は、「通し狂言 星合世十三團 成田千本桜」、「義経千本桜」の通しを、海老蔵早替わり13役を務めます、というもの。初日直前に「終演10時…」と海老さんがブログに書いてザワザワしましたが、結局休憩を削って(!)9:43終演、5時間超という、往年の3代目猿之助奮闘公演か、というものになりました。

開始前にお人形が、主な配役を教えてくれます(かわいい)。以下どうしてもネタバレ。

発端・序幕は、平知盛、維盛、教経は生きていた、という簡単な解説の後、「義経千本桜」(この解説がわかりやすいです)でもめったに出ないという1段目にあたる場で、公家悪の藤原朝方(海老蔵)が義経(梅玉)に頼朝を討て、と初音の鼓を与えます。義経の館にやってきた頼朝の使者川越太郎(海老蔵)は、義経の正室卿の方(海老蔵)は平時忠の娘であり義経に謀反の意思がないことを示すため殺せと迫ります。自害した卿の方は実は川越の娘。鎌倉方の追手がやってきますが、弁慶(海老蔵)は、義経の意に反して彼らを討ってしまいます…。

この一段目はみたことがないので、こんな話だったんだ、と珍しく見ました。義経の梅玉さんと静御前の雀右衛門さんは、そこだけ本物の歌舞伎の空気で、とくに梅玉さんがずっと義経でいるのが、義経千本桜って義経が主役なんだなと思わせます。しかし海老蔵の女方は相変わらず残念…。

2幕は伏見稲荷鳥居前、引き続いて碇知盛。渡海屋の場はあっさりで、お柳(魁春)ののろけ気味に銀平ほめるところとか、安徳天皇の前でのこってりとした嘆きはカットだし(魁春さんもったいない)、銀平(海老蔵)の粋で男らしい魅力とかが発揮されてなくて面白くないです。知盛も化粧があまりきれいでなくて、残念でした。今まで見た知盛って、菊之助、現幸四郎、仁左衛門という美丈夫ばかりなんですよ。地は勝るとも劣らない海老蔵なんだけどなあ。

しかし(ネタバレですが)、知盛が海に消えた後が弁慶への早替わりで一工夫。そして長袴での歩き宙乗りって、「伊達の十役」で猿翁さんが仁木でやっている写真を見たことがありますが、ものすごくかっこいいので、見てみたかったんです。知盛の亡霊の美しい衣装でゆっくりと宙に消える姿は見ものでした。

3幕は「すし屋」。若葉内侍の旅立ち(北嵯峨庵室の場)、「木の実」、「小金吾討死」、「すし屋」まで、親切に出してくれました。このいがみの権太の海老蔵が、13役で一番合っているように思いました。ちょい悪で軽くて、せつない男が似合います。小金吾も合ってる弥左衛門も悪くない。残念なのは維盛。こんなにひどい維盛初めて見たってもんです。お米の齊入さんはもっと見たいくらいだし、梅丸のお里もだいぶダイジェスト版ですが(女房ども、の場面はカット)、歌舞伎座で大役!。児太郎の若葉内侍とおせんの二役も頑張ってましたが、ちょっと台詞が強すぎるところが目立つんですよね。

せっかく権太が真人間に戻って死んで感動なのに、弥左衛門まで海老蔵なので、そのあとの早替わりが慌ただしくて、落ち着かない感じがしました。

人気演目2つ見て、もう十分な感じになったところで大詰は「四の切」。実は猿之助で1度しか見たことがないので、段取りの順番はきちんと覚えていないのですが、階段からの狐忠信登場とか欄干渡りとか回転とかぶらさがりとか、パーツではしっかり認識しているので、力の抜けたようなセリフと相まって、どうしても雑なコピーに見えてしまってつらかったです。ケガから復帰して黒塚はやりましたが、四の切はまだできていないのに(幸さんとの対談では、腕に力の入らない部分もあると語っています)、なんで海老蔵がこんな雑にやっちゃうのという気がするのは、四代目ファン故でしょうか。

四の切、最後は法師が軽快な音楽に乗って楽しい動きの立ち回り、狐忠信の宙乗りと、楽しい雰囲気で終わります(すし屋で終わるよりいい)。この後、さらに「吉野の花矢倉」で、横川覚範(教経)、弁慶ら(全部海老蔵)のすごい早替わりの立ち回り。アンコール替わりの映像もあって、5時間超のお芝居が終わりを迎えます。

大きな3つの芝居が、どれもよく上演されるもので感動してきただけに、こんなバタバタで見せなくても、とくに海老蔵としては知盛も権太も本役なんだからもっときっちり演じてほしいとは思うのですが、それにしてもよくやりました。義経千本桜をほんとの通しでやってみたかったのもわかりました。お疲れ様でした。

(追記)

たいへんな公演だとは思っていましたが、海老蔵が疲労と感染による急性咽頭炎となり、15日から夜の部は休演となってしまいました。元の古典で義経千本桜をやるならともかく、あの早変わりはなかなかできないし、海老蔵だから成り立っている演目ですからどうしようもなかったとは思いますが、全席完売で楽しみにしていた人たちも多かったでしょうに、残念です。

2017年のワンピース歌舞伎はあの大事故にも拘わらず、1公演も休演することがなかったのですが、その経験から、四代目は「新作はアンダースタディが必要」と言い、オグリも主演ダブルキャストとして隼人を抜擢しています。いやしかし、海老蔵のこれは、代役がいたとしてもお客は納得しなさそうだからな(碇知盛はニザ様といわずとも幸四郎で、四の切はもちろん四代目の方がいいに決まってますが)。とにかく早い回復を祈ります。

(追記その2)

NHK「にっぽんの芸能」で、ちょっとだけ猿翁さんの碇知盛を見ました。猿翁さんは、昼夜で義経千本桜の通しを、すべて主役でやるという離れ業をやっています。知盛が一番ニンにないが健闘していたという文章を読んだことがありますが、いやいやどうして、猿翁さんの持つエネルギーが知盛に横溢していて、立派な濃い知盛。1日さまざまな役で興行を支えた澤瀉屋の皆さんが、実力を蓄えていったのもなるほどと頷けます(四代目はすし屋で芝翫さんの維盛を相手にお里を演じています)。しかし猿翁さん、昼の部で「黒塚」の後「一本刀土俵入り」やって、よるは「加賀鳶」と「浮世風呂」やったりしているんですよ。いやすごい。

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