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木谷真紀子「三島由紀夫と歌舞伎」

  202001_202001302138011月の歌舞伎座の「鰯売恋曳網」が三島由紀夫の作品と知って、見る前に、鰯売のところだけ読んでいった本です。三島由紀夫の研究者 木谷真紀子氏の「三島由紀夫と歌舞伎」。三島由紀夫の書いた6つの歌舞伎演目について、三島の言葉による意図、初演の配役、あらすじ、題材とした底本の捜索、評判等、すべてがわかる労作です。面白かった!

 私にとって三島は、学生時代、文学作品をいろいろ読んでいったのに、三島由紀夫は「何となくヤバそう」(←当時はそんな言葉の使い方はしていなかったですが、ほんとにそんな感じ)で後回しにしていたら、ほんの一部しか読まずにきてしまったという作家です。しかし、その俊敏な頭脳から繰り出される美しい言葉と美意識に貫かれた世界、そのうちじっくり読みたいものです。「黒蜥蜴」も、明瞭で美しい台詞の劇でしたっけ。

さてこの本は、三島と歌舞伎の出会いから始まります。子どもの頃から祖母や母が通う歌舞伎に憧れていた三島は、中学1年の時、初めて仮名手本忠臣蔵に連れて行ってもらい、しわくちゃの顔世御前が美人として女の声で話すのに驚き、「何かこのくさやの干物みたいな非常に臭いんだけれども、美味しい妙な味があるということを子供心に感じられた」というのです。歌舞伎のとりことなった三島は丸本で予習したうえでメモをとりながら歌舞伎を見、芝居日記を残します。

三島は「現代語や中途半端な新歌舞伎調台詞の新作がきらひ」であったため、歌舞伎の古典的な技術を生かして、文学的精神を注入したい、と考えていました。下座、囃子方も生かし、見得も工夫したいと言っていたそうです。そして、六代目歌右衛門に心酔していた彼は、歌右衛門主役の歌舞伎を書きます。

三島歌舞伎 第1作は芥川龍之介原作の「地獄変」(昭和28年-三島は28歳)。芥川は人命を犠牲にしてまで芸術至上主義を貫く絵師良秀を描いているのに対し、三島版では美しい娘を火に投じるサディスティックな大臣を描いています。大詰の牛車の燃える場面の効果がすばらしく、役者も合っていて(大臣八代目幸四郎、絵師良秀 十七代目勘三郎、そして良秀娘歌右衛門)好評だったそうです。

2作目は「鰯売戀曳網」(昭和29年)。初演は猿源氏 十七代目勘三郎、父なむあみだぶつ 先代中車、蛍火 歌右衛門。三島歌舞伎で最も評価されており、十八代勘三郎・玉三郎、今の勘九郎・七之助で再演されています。歌右衛門さんにも「歌舞伎の中に新しい空気が入ったという感じ」と絶賛されました。三島は笑劇(ファルス)を書きたいと思い、昔から好きだったお伽草子から題材をとっています。

ただし、三島は勘三郎の猿源氏には不満だったようです。三島はみていませんが、十八代目の猿源氏の方が、すっきりと二枚目仕立てで、野卑たところがなく、戯曲の味を生かしていいと評価されてもいます。この1月の勘九郎の猿源氏は、私にはこれ以上のものはなく、生真面目な中身もユーモアと温かみがあり、身体能力を生かした愛すべき猿源氏だったように思いました。

3作目は、歌右衛門さんから要望のあった舞踊「熊野(ゆや)」(昭和30年)。宗盛(八代目幸四郎)と、病気の母を気遣って暇を願って舞う愛妾熊野(歌右衛門)の物語。その後6回と、三島歌舞伎では最も再演されています。熊野は、歌右衛門のほか玉三郎が、宗盛は初代猿翁、二代目松緑、延若、当代仁左衛門、と、名優がやっているんですね。これからも再演あるかも。三島は、「近代能楽集」でもこの題材を取り上げています。

4作目は、「芙蓉露大内實記」(昭和30年)。なんと、ラシーヌの「フェードル」の歌舞伎化ですよ。私は大竹しのぶの「フェードル」に感動しましたが、三島は、この悲劇は日本人俳優では上演は無理で、フェードルを演じられるのは歌右衛門しかいない、と思ったようです。私が現幸四郎にイッポリトをやってもらいたかったと思ったのもあながち外れてないってことですかね。

いいアイディアのように思えますが、評判はよろしくなく、再演されていません。ひとつには、芙蓉前(フェードル)の夫役である初代猿翁が、役の描かれ方に不満で、脚本を直したことが影響していると三島は感じたようです。そのためもあって、人物造形が変わってしまい、芙蓉前の人格が共感を得られなくなってしまったと。

5作目は、「むすめごのみ帯取池」(昭和33年)。山東京伝の読本を素材にして、後ろ向きの「がんどう返し」など、観客を驚かせるような仕掛けも盛り込んだ作品。帯を池に浮かせてそれを取ろうとする旅人を襲う盗賊蝦蟇丸(初代猿翁)、関わる菊姫(歌右衛門)、菊姫の母だが、蝦蟇丸の妻となったおわさ(時蔵)などの物語。

6作目は、馬琴の長編読本から「椿説弓張月」(昭和44年)。保元の乱で敗れた為朝が琉球に渡ったという伝説の話です。歌舞伎の手法を盛り込んだ作劇ながら、為朝を挫折の武将として描いたために、芝居としてのカタルシスに欠けると言われていますが、その後けっこう再演されているようですね。為朝は、2012年現幸四郎、2002年二代目猿翁など。わあ、また澤瀉屋でやるかも!

さてこの作品は、前作から11年空いており、その間に歌舞伎は衰退し、歌右衛門でなく玉三郎が為朝の妻白縫という重要な役をやり、国立劇場の意欲的な新作として作られたという特徴があります。三島は、歌舞伎は役者が思うようにやってくれず、自分の演出家としての才能の限界を嘆いていたそうです。

それにしても、三島が市谷で割腹自殺をしたのが昭和45年です。どこかの時点から、ある種の狂気に取りつかれていったのでしょうが、その前年に、古典の技法を尽くした、娯楽の王様のような歌舞伎を書いていたとは。

長くなりましたが、三島のような天才がここまで歌舞伎とかかわっていたことがよくわかりましたし、歌舞伎という一点からも、その早すぎる死が惜しまれると思ったことでした。

 

 

 

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