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関容子「芸づくし忠臣蔵」

  201910geidukusi 関容子さんの「芸づくし忠臣蔵」(1999年)です。大西匡輔さんが、歌舞伎の見方がよくわかると名前を挙げていた本ですが、たしかにそのとおり、役者の工夫や舞台上での気持ちのよくわかる、とても面白い本でした。

「仮名手本忠臣蔵」を、大序から順に、役者の芸談で綴っていくというものです。よく上演される道行や勘平腹切り、祇園一力茶屋の場を除くと、2016年秋の国立劇場の通しでしか見たことがないので、ぴんと来ない場面も多いとはいえ、たいへん興味深い芸談の数々でした。

筆者が父の膝の上で忠臣蔵を初めて見たのは昭和17年、20年に亡くなった十五代羽左衛門の美しさにうっとりしたりしています。それくらい歌舞伎歴、歌舞伎役者の取材の長い関さん、芸談の中心は、梅幸、歌右衛門、十七代羽左衛門、十三代仁左衛門、十七代勘三郎、七代三津五郎、先代芝翫、そして十八代勘三郎、十二代團十郎、当代仁左衛門、そのほかお弟子さんたち。劇聖九代團十郎、十五代羽左衛門の思い出や、五段目の猪の話などもたっぷり。仁左衛門さんは、上方と江戸のやり方の違いもいろいろ話してくれています。

名優たちが何度も上演してきた作品だけに、演出も練り上げられていて、先輩達から教えられてきた段取りの細かいこと。所作の一つ一つに意味があったり、ときにはその意味をすっとばして美しさを追及したり。

四段目の判官の切腹、対面できず襖の内側に控えた家臣たちが嗚咽するときの真摯さ、その後顔世と由良之助が切り髪を前に顔を見合わせるのは間男のように見えてダメなのか、座頭役者と若手花形が思い入れたっぷりの愁嘆場だからよいのか。定九郎は薄着で倒れている時間が長いので、冬の上演が多いこととて体が冷え切ってしまうとか。

歌右衛門さんが顔世のとき「河内屋のおじさん(=二代目延若)の師直が機嫌よく身を乗り出して、わたくしのほうをじっと見つめてる。その師直の結構なことと言ったらね、ちょっとありませんでしたよ、その色気。内から外へジワリとにじみ出てくるような男の色気。これじゃあ顔世も困っちゃうだろうし…」「後ろから顔世の肩を抱いて、いかがでござる、顔世どの、いかがかな…だんだん力がこもってきて、ギューッと抱きすくめられると、何だかクラクラしてきて、…」なんて言っています。

梅幸さん、十五代羽左衛門について、「とにかく花やかでした。親父(六代目菊五郎)は理屈に合わないことはしませんが、市村のおじさんはそういうことはかまわずに派手にやりますから、パーッと花が咲いたようでした。……おじさんはとにかく美男で、気性がさっぱりしてて親切でしたから、相手役がみんな惚れましたね。」。

忠臣蔵とは関係ないですが、芝翫さんは今の勘九郎の歩き方、足さばきを見て、将来は女方とみていたそうです。今や考えられませんが、立ち役だけでなく、女方ももっと見たいですね。

歌舞伎役者の役への思い入れ、伝承された芸の工夫をかいま見るようなこの本ですが、勘三郎さんや團十郎さんが名優たちに受けた教えの豊かさを思うと、またもや早すぎる死が、次世代への継承という意味でも残念だと思いました。

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