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田中佐太郎「鼓に生きる」

     201907_20190802235201歌舞伎囃子方の田中佐太郎さんの生涯を、氷川まりこさんの聞き書きでまとめた「鼓に生きる」です。佐太郎というお名前ですが、ご覧の通り、シルバーヘアの凛とした女性です。囃子方としては表舞台には出られないそうで、黒御簾内で演奏されるほか、長年国立劇場養成科の講師として後進の育成にも貢献している方です。

佐太郎さんの父は、歌舞伎囃子方の家元で人間国宝の十一世田中傳左衛門、夫は能楽師の大鼓方で人間国宝の亀井忠雄さん、そして息子たちが、能楽師の亀井広忠、歌舞伎囃子方の十三世傳左衛門、傅次郎の亀井三兄弟。そのことを知ってから、かぶき手帖にも載っているこの方、どんな方だろうと思っていましたが、この本は、熱心に稽古する少女時代の写真、忠雄さん、三兄弟の文章も収められていて、装丁も活字もとても素敵な本。

十一世傳左衛門には、一男五女がありましたが、長男は東大に進学して学問の道に進んだため、十一世が稽古をつけた娘たちの中で残ったのが佐太郎さん。このお家の芸は、あくまで歌舞伎の囃子方として演奏するか、囃子方のプロの育成のみということで、十一世は、芸の中継者として佐太郎さんを鍛えます。楽器は一つではなく、太鼓、大鼓、小鼓、鐘、鉦と打楽器すべて、さらに人に稽古をつけるときのために三味線も。

15歳のとき、あの六代目歌右衛門の会で、佐太郎さんは急な代役として舞台を務めます。そのとき、成駒屋は、「このままお嬢さんにさせたらいかがですか」といい、黒御簾内のみながら、佐太郎さんの歌舞伎の本舞台での演奏の道が開けるのです!傳左衛門の前名である佐太郎の襲名披露にも、歌右衛門さんが舞踊で出ています。

佐太郎さんは、能楽も勉強すべく、夫となる亀井忠雄さんのもとへも稽古に通います。歌舞伎のみならず、能もきっちり学んでいること、教えることに熱心で厳しかったことについて、忠雄さんは佐太郎さんを尊敬しているのがよくわかります。亀井三兄弟は、小さい時から観世銕之亟さんに謡と仕舞の稽古に通いますが、わからないところは家で佐太郎さんに習っていたそうで、忠雄さんは、「(銕之亟 ・佐太郎の)あのふたりがいたから、あの子たちみたいな『魔物』ができたんです。」と言っています。うーむ、やはり三兄弟は、親の目から見ても「魔物」なのか。

1.5歳ずつ違う男の子の3兄弟、ただ育てるだけでもたいへんだと思いますが、1日もゆるがせにできない舞台の仕事や高いレベルの稽古をしながら、子どもたちに豊かな愛情を注いできたことが、3兄弟の文章でわかります。

傅次郎さんは、佐太郎の名を譲られることを断ったんだそうです。「佐太郎は母しかいない、永久欠番のようなもの」と。今は傳左衛門・傅次郎さんのところのお孫さんのお稽古をつけている佐太郎さん。いや、かっこいい。

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