2019年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

« 2019年7月 | トップページ | 2019年9月 »

2019年8月

映画「ロケットマン」

201908_20190831205001  エルトン・ジョンの前半生、少年時代から1990年頃(40才すぎ)までを、エルトン・ジョンの曲でつづったミュージカル映画「ロケットマン」です。

そう、監督は「ボヘミアン・ラプソディ」と同じデクスター・フレッチャーで、イギリスのビッグスターの伝記的映画で同じような感じなのかと思いきや、BPがクィーンの曲を発表順に挿入曲として使っているのとはちがっていて、とてもよくできたミュージカル映画なんですよ!

製作総指揮エルトン・ジョン、ということで、すべてを本人の了解のもとで作られたそうですが、プロデューサーには、エルトンのパートナーであるデヴィッド・ファーニッシュも名を連ねています(「プライドと偏見」のプロデューサ―の実績もある人なんだ)。そして脚本が「リトル・ダンサー」のリー・ホール。イギリス社会の雰囲気や、父子の葛藤等を描くのはお手の物です。実はこの脚本ができてから映画化まで10年かかったそうなんですね。

依存症のセラピーに現れた派手な衣装のエルトン(タロン・エガートン)が、両親から温かな愛情を得られなかった少年時代からの人生を語っていきます。1曲目の「The Bitch is Back」で少年が歌い始めて、あ、ミュージカルだったんだ!とうれしくなりました。

エルトンはバンド活動を経て、23歳で作詞のバーニー(ジェイミー・ベル<リトル・ダンサーの主人公の少年だった俳優さん>)と出会ってから、速攻で売れます。あの「Your Song」もこの頃の作品。バーニーの詞を見ると、すぐにピアノでメロディを作れるという天才です。

派手な衣装を作って、奇抜な眼鏡をかけ、ロサンゼルスのトルバドール・クラブでの初ライブで大成功を収めます。「クロコダイル・ロック」を歌うこのシーンがスペクタクルで盛り上がります。

エルトン・ジョンは、当時の好みからはちょっとポップすぎて、アルバムを聴くほどではなかったんですが、「Your Song」、「ピンボールの魔術師」、「Don't Go Breaking My Heart(恋のデュエット)」、「悲しみのバラード」などのヒット曲は大好きで、当時のエルトンのきらびやかな衣装とステージングが見事に再現されていてわくわくしました。

この後お話は、エルトンの成功と恋人との破綻、酒・ドラッグ依存症、バーニーとの一時的な別れがあって、施設に入り、依存症を克服するところまで(入院は1990年だそうです)。そうですよね、その後のエルトンは、ダイアナ妃の追悼曲を歌っていたし、ナイトの称号も与えられているし、ミュージカルだって「ライオン・キング」「アイーダ」「ビリー・エリオット」というヒット作を生んでいるし、結婚もしたし、イギリスきってのセレブとして、元気に活躍していますもんね。しかし酒とドラッグの浴び方は異常で、よく生きていた、と思うくらいです。

エルトン役のタロンの歌は、さすがにエルトンよりはちょっと落ちますがすばらしく、まさにエルトンが憑依したような演技。ほかも、ジェイミー、マネージャーのジョン・リード役のリチャード・マッデン「シンデレラ」の王子だったそうです)、母ブライス・ダラス・ハワード(この方、父はロン・ハワード監督)と主要キャストの、深みのある人物造形で、イギリス映画的な味わいがとてもよかったです。

衣装も必見。エルトンの実際の衣装を今風にリメイクした豪華なコスチューム。そして、パンフレットもプロダクション・ノートがたっぷりつまった読み応えのあるもので、全曲の解説もありますので、ぜひお求めください。

そうだこれ、絶対舞台化されますね。エルトン役の俳優は相当たいへんだろうと思いますが、エルトンの曲がミュージカル向きなのは証明済みなので、きっといいと思います。

シアターオリンピックス 宮城聰「天守物語」

201908_20190829225001  シアターオリンピックスの上演作品、2本目は宮城總さんの「天守物語」です。宮城さんといえば、あの「マハーバーラタ戦記」歌舞伎の演出家、音楽の使い方も印象的でした。今回の演目は歌舞伎でも玉三郎、右近、海老蔵でやって面白かった「天守物語」とあって楽しみにしていました。

野外劇場は、YKKのゲストハウス前沢ガーデンの敷地内にあります。昼間は美しい芝生に囲まれた左の写真のようなところですが、夜なのでわずかな照明を頼りに進みます。400人近く入る劇場はぎっしり。

2019082 半円の座席の下方の舞台は芝生。舞台の外も草原です。周りに人造物がないので、照明効果は抜群。風や匂い、虫の鳴き声の中の舞台です。正面に女性が表れて太鼓をたたき、その後ろの御簾みたいな中で演奏するインド風の音楽(音楽はマハーバーラタと同じ棚川寛子)が流れます。舞台の後ろの草原から2列で現れる役者たち。最初からこの劇場の特色をを十分使った舞台です。

前半は姫路城の天守に住む富姫が、かわいがっている猪苗代湖の亀姫を迎え、亀姫のお土産の生首に喜ぶというグロテスクなお話。後半は、迷い込んできた図書之助に初めての恋をする富姫。図書之助、すらっとしたかっこいい人でした。

台詞は役者ではなく、役者と反対の性のスピーカーによって語られ、役者は演技と人形振りをミックスしたような動きをします。とにかく富姫(美加理)が美しくて異形の姫の存在感があって、動きも美しくて素晴らしい(富姫のスピーカーも最高)!亀姫ちゃんも妹分としての愛らしさ、残酷さが素敵、図書之助はすらりとかっこよく、侍女役の方の生き生きとした演技にも惹かれました。

台詞の語り手と演技者が異なることに驚くほど違和感がなかったのは、やっぱり文楽や義太夫狂言を見ているからかな。若干うるさいことを言うと、このスピーカーの力量にやや差があって、聞きづらい方もいたのが惜しい。

衣装が、鯉のぼりをモチーフにしていて、軽やかながら美しい色彩でこれもよかったです(この舞台の写真の入ったチラシはないんですが、劇団SPACのページをご覧ください)。

天守物語、美しいイメージの膨らむ、面白い話で、宮城さんの自由な演出にびくともしない骨格のある物語だなという感も強くしました。貴重な演劇体験の夜でした。

 

マララ・ユスフザイ/クリスティーナ・ラム「わたしはマララ」

201908malala  女子の教育の権利を唱えていたことから、スクールバスでタリバンに狙撃され、一命をとりとめた後もひるむことなく世界に教育の重要性を主張し、17歳という若さでノーベル平和賞を受賞しマララ基金を設立した、パキスタン人のマララさんの「私はマララ」です。日本版は2013年出版。

世の中に知られていることは、概ね上記で尽きていると思い、気軽に手に取った本でしたが、共著のクリスティーナ・ラム氏はイギリスの著名なジャーナリストであり、長年パキスタン・アフガニスタン情勢を取材してきている方なので、パキスタンの歴史に関する情報が補足された400頁を超える大著となっています。

マララは1997年生まれ(現在22歳!)ですが、この本は父ジアウディンが苦学して大学に進学し、さらに苦労して学校経営を軌道に乗せ、地域のリーダー的存在となる過程を、パキスタンの政治・社会的背景とともに描いていきます。

現在22歳のマララさんの母は、学校に通えず、字が読めませんが、そういう女性は珍しくありません。私は1990年頃、美しいブット首相が産休をとったことが記憶にあり(そのとき、一国の首相だって産休とるんだから、出産を諦めるほどの仕事などないのだなと思いました)、そんなにまでパキスタンで女性が抑圧されているというイメージは薄かったので驚きました。マララの両親は私より年下ですが、タリバンやIS以前の社会状況も、同時代の話かと思うほど悲惨です。

マララは父母に愛され、とくに女の子ながら利発で度胸のある娘を支持する父のもと、伸び伸びと育ちます。好きな本やテレビ番組も、私たちとそう変わりません。しかし、2007年頃、タリバンが彼女の住む美しいスワートにやってきてから、過激なイスラム思想により、娯楽は取り上げられ、ダンサーは殺され、学校は爆破されます。政府はタリバンを制圧してくれず、アメリカは無人機で誤爆していきます。

マララはいつしか有名になり、ジャーナリストのインタビューを受けたり、まるでアンネの日記のような「グル・マカイの日記」をBBCのサイトに掲載したりします。しかし、そのことが、あの銃撃につながるのです…。

一時は危険な状態にまで陥り、顔面まひや聴力障害に悩みますが、イギリスでの懸命な治療により、かなりよい状態にまで回復したマララは、国連でのあの名スピーチを行います。そして、故郷パキスタンに心を残しながら、女子や貧しい子どもたちへの幸福を今も訴えているのです。戦争や抑圧でなく教育を、マララが偉大な政治家になってその夢を実現することを祈らずにはいられません。

 

 

「みうらじゅんフェス!― マイブームの全貌展」

201908miurazyun   富山のついでで「みうらじゅんフェス!」に行ってきました。けっこうおもしろかったです。 

みうらじゅんは、イカ天とか雑誌でおまけに読むマンガとか、西原の画力対決とかカスハガとかマイブームとかな人なわけですが、その膨大なコレクションを遺品展示という感じでみせるというもの。 

たくさんある原画はきれいで、ヘタウマだけどうまいなーと思いながら見たり、勝手に各県の観光ソングやスタンプ作ったり、有名なカスハガや各地のへんなお土産のコレクション(テーマがある)を見るだけでもたっぷりです。 

感心したのは子ども時代。仏像好きは小学生くらいからで、御朱印帳もその頃からたくさんあります。小3から勝手に作っていた壁新聞もセンスあるし、最後の写真も小学生時代のもの。仏像の写真に自分でキャプションつけたりしてます。 

小さい頃からこんなに好きなことを形にできるんだったら、この方、たとえば学問やリサーチの仕事の方に進んでも大成したんじゃないかと思いますが、ずーっとサブカル、それも端っこの独自分野で貫いてるのがすごい。ご両親も相当息子に対する理解がないと、あれだけのコレクションや記録を維持できないと感心しました。 

看板写真の文字を並べて作ったお経があったり、意外とうまい阿修羅像の絵があったり。子どもの頃から好きな仏像の記録は、子どもの頃は写真なんですが、大人になってからはイラストで生き生きと記録しているのも面白いと思いました。 

シアター・オリンピックス 鈴木忠志の「リア王」

201908_20190825215501  早稲田小劇場から富山県利賀村に本拠地を移して長年活動してきた鈴木忠志さんの劇団SCOTについては知ってはいたのですが、初めて見ることができました。代表作の「リア王」です。そして、今回の上演は、ロシアのサンクトペテルブルクと、富山県で開催されているシアターオリンピックスという名の演劇祭の演目の一つ。シアターオリンピックスは今年第9回とのことですが、そんな催しがあるとは初めて知りました。

富山駅から利賀村まで直行バスが運行されたんですが、直行で2時間!高速を降りてから、山道をどんどん入っていった先に、利賀芸術村がありますが、リア王Dsc01794 の上演された「利賀大山房」は、そのもっと手前、普段は体育館らしく、外見はそっけない感じ。すぐ向かいは川で、向こう岸にキャンプ地と、壁のないバーやフードコートがありました。

さて、本題の「リア王」です。前述のとおり体育館かあ、ほんとの利賀山房で見たかったな、などと思ってすみません。靴を脱いで入った劇場は、十分な傾斜に長椅子が並べられた立派な劇場で、照明も完璧でした。開演前、長身の鈴木さんが自由席の座席の心配をなさっているのを見て、あのレジェンドが、と感動してしまいました。

実は鈴木さんの芝居に予備知識はなかったんですが、格子戸の並んだ舞台の後ろから車いすのリア王(精神病院にいる設定)が登場した照明(丹羽誠)と衣装(満田年水、岡本孝子)を見た瞬間、ああ大丈夫、と思ってしまいました。

俳優は、母国語でセリフを言い、日本語は英語字幕、英語は日本語字幕、他の言語(韓国語、中国語、ロシア語?)は英語と日本語字幕が表示されますが、シンプルなので一瞥しながら舞台に集中できます。多彩な出演者と、国籍不明風な凝った衣装が、リア王の世界を、シェイクスピアのブリテンから、普遍的なものに変換している感じがしました、

リア王の竹森陽一さんは、劇団SCOTの主要な役者で、渾身のリア王。ゴネリル(エレン・ローレン)、その夫オールバニ(カメロン・スティール)は明瞭なセリフ回し、グロスター(イ・ソンウォン)、エドガー(田冲)、エドマンド(平垣温人)は眼光鋭く、ビジュアルから何から迫力があって、とっても好きでした。

さまざまな国籍の俳優に統一感があるのが、その動き。皆腰が定まっていて、平行に歩けるのは、能や歌舞伎のよう。と思ったのは偶然ではなく、「スズキ・トレーニング・メソッド」というのは、「下半身の感覚と足の動かし方である。特に世界各地の舞台作品における俳優の下半身の動きを観察し、その基本的な身体感覚を習得することが目指される」(現代美術用語辞典サイトによる)とのことなんですが、要は体幹で、舞踊の基本じゃないですか。歌舞伎を見ていると、その体幹の安定感と台詞の明瞭さにいつの間にか慣れているんだな、と思いました。

リア王を(道化がいなかったりしてややダイジェスト版ですが)を芝居で見るのは実は初めてで、人間関係の複雑さなど、さすが訓練された俳優で見るのは面白い、と2時間堪能したのですが、個人的には残念なのが音楽。冒頭のリア王の領土分割のときにずっと流れているのはノイズだし、クライマックスでかかるのも陳腐な感じ。ここまで緊張感のある舞台なんですから、オリジナルの音楽で(できれば生演奏で)やってほしかったし、看護婦の歌も意味不明でした。

もっというと、劇団SCOTの代表作がシェイクスピアやギリシャの古典や三島由紀夫で、方法論がさまざまな国出身の俳優でやるということだとすると、演劇を生業とする人が、何十年もかけてやることなのか、よくわからないと思いました。公演毎にアイディアの限りを尽くす東京の芝居の現場と比較すると、演劇そのものを追求するところから、一歩引いて、別の形で演劇界を盛り上げてくれている方なんだなと思いました。一回こっきりで何言ってるんだってことかもしれませんが 。

渡辺保「歌舞伎の見方」 山川静夫「私の出会えた名優たち」

201908_20190821235101

  渡辺保さんの「歌舞伎の見方」です。大西匡輔「歌舞伎のいま どの芝居をどの役者でみるか」で、初心者向けとして推薦されていたので、読んでみました。

 最初の章で、「私が本当にたのしいと思っているポイントについて自由に書きたい」とあり、これまでは、「なるべく客観的でありたい」と思ってきたため、「自分の好みについて赤裸々に告白してこなかった」そうです(←そうですかね)。

著者のお好きな演目について、心に残る名演を語るという形で、41の演目を取り上げています。各項目は長くないですが、演目の見どころと匂うような名優の一瞬を切り取った文章で、なかなか面白かったです。私が映像も含めてみていないのは8つでした(そのうち1つは猿之助が「法界坊」で後からの入れ事だからやめたという「しめこのうさうさ」)。

雀右衛門さん贔屓の保さん(「名女形 雀右衛門」)ですが、歌右衛門さんも大好きだったんですね。多く登場するのは梅幸(歌右衛門との芸風の違いもたびたび出てきます)、十七世勘三郎、十七世羽左衛門、先代芝翫、八代目幸四郎、二世松緑、二世実川延若。現役は仁左衛門、玉三郎、吉右衛門。

女子大で「四谷怪談」の講義をしたところ、欠席の学生の理由が「顔が腫れた」だったので、すぐ講義をやめてお参りに行ったというのと、お岩はもともと立ち役が演じるのが本役で、特に後半は女形では弱いんだそうです。

保先生、自分は歌舞伎を学んではおらず、本や実際の観劇による独学、歌舞伎は学ぶのではなくまず感じればよい、とあとがきにも書いていますが、そのくせ批評では、ただ楽しんで見る観客には冷ややか(わかっていない客があんなものを喜んでいる的な)です。やはり正解というものは(1つではないにせよ)あるんでしょう。

私は芝居を文字で反芻するのが好きなので歌舞伎の本を読んではいますが、読むそばから忘れちゃうし、やっぱり見ていない演技は文では理解できないし、過去の映像を見るくらいしか勉強する方法はないんですかね。

201908_20190824224201
  こちらは山川静夫さんのインタビューとエッセイをまとめた「私の出会えた名優たち」、2007年出版です。

取り上げている名優は、七代目梅幸、十三代目仁左衛門、六代目歌右衛門、十七代目勘三郎、二代目鴈治郎、長谷川一夫、二代目松緑、八代目幸四郎、十一代目團十郎(彼のみインタビューはなし)。

今の大幹部の親世代で、戦後、今の歌舞伎が形成された時期の人気俳優たちの肉声に近いインタビュー、聞き手が山川さんなので親しさと芸への敬意がいい塩梅なので楽しいです。

お子たちの話も出てきますがそれも興味深い。例えば十三代目仁左衛門さんは我當、秀太郎、当代仁左衛門について、「(秀太郎は)後輩を育てるとか弟子を育てるなんてことは非常に一所懸命ですね」「孝夫はおかげさまでいま非常に人気があるし、三人の中では一番幸せなようだけれども、一番心配、ちょっと評判が実際よりも上回っていやしないか」などと語っています。

二代目鴈治郎さんは、初代猿翁さんにかわいがってもらい、二代目猿翁さんについても「今のところは(芝居にコクをつけろというのは)、サービス精神が壊れてしまうから無理。もう暫くしたら『俺かてけっこう本格的なものを見せてやる』とこの人は分かってる。」と、勉強熱心なところを「非常に可愛く思っている」とまで言っています。

二代目松緑さんは、七代目幸四郎の三人の息子たちがそれぞれ父の性質を受け継いでいることや、長兄十一代目團十郎の話など。間のよい座談の名手で、山川さんも弁慶橋(ほんと)のある紀尾井町の自宅をたびたび訪ねています。その松緑さんの晩年の悲劇は、息子辰之助さんの早逝。山川さんは、三之助について、新之助(十二代目團十郎)は照れずになりふり構わず精進し、菊之助(当代菊五郎)は天性の明るさとおおらかさ、野性味を持ち(その通り、天才肌ですね)、辰之助は、みかけよりはるかに神経質、無謀とも思えるほど深酒をしていたことで寿命を縮めたことが、どんなに松緑を苦しめたことか。今となってはせんないことですが、この辰之助さんの描写が、同様に繊細な当代松緑さんにもつながるようで切ないです。

八代目幸四郎さんは、天性の立派な役者顔、長男の二代目白鸚さんのミュージカル出演を認めていたり、義太夫について研究心が高じて文楽の綱大夫さんに出てもらったり、開明的で研究熱心な姿が浮かび上がってきます。温厚で行き届いた性格を七代目から受け継いでいると松緑さんの言う通り。

と、今の大幹部や花形に直接つながる名優たちのお話で、面白く読みました。山川さんって、ラジオの劇場中継(!そんなものがあったんですね)がやりたくてNHKに入ったそうですが、ただの人気アナウンサーじゃなかったんだなあ。

ポップサーカス!

  201908pop2 久しぶりのサーカス、「ポップサーカス」を見てきました。クラウンやチラシのイリュージョンの方が日本人じゃないので、どこのかな、と思っていたらば、大阪に拠点を置く日本のサーカス団だということが後からわかりました。

すっごく楽しかった!生バンドの演奏に乗って、次から次へとテンポよく繰り出されるショーは、出演者の出身国がバラエティ豊かで、変化に富んでいます。

メキシコの陽気な兄弟のジャグリング、エチオピアチームの体をトランポリンのように使ったアクロバット、中国の男性二人の超絶デス・ホイール、かわいい女の子たちの足技ジャグリング、チリのベテラン女性のフラフープ、もっと見たかった箱のイリュージョン、クライマックスの空中ブランコ!みな、思わず叫んでしまう超絶で、しかも演者の皆さんのアピールもうまい。クラウンのお客さんいじりも楽しかったです。

皆さんルックスやスタイルがすっごくよくてかっこいいし、それに似合った衣装も素敵。象やライオンのショーがないからか、ステージと客席が近くて、とてもよく見えました(やはり正面がお勧めです)。

このポップサーカス、前売り自由席は2500円ですが、指定席は+800円、4人まで座れるボックス席が1つ+4000円と、とてもリーズナブル。小さい子ども連れなら、キラキラ光るサイリウムグッズを買ってあげたくなること請け合いです。

 

 

八月納涼歌舞伎「新版 雪之丞変化」

201908yukinozyou   納涼歌舞伎第3部、「新版雪之丞変化」です。「雪之丞変化」といえば、猿之助が女方役者の雪之丞、盗賊闇太郎を早替わりで演じ、劇中劇もあるという大サービスのエンタテインメント、これを玉三郎さんが演じるなんて、という気持ちで期待していましたが、玉様のほか、七之助、中車以外の追加配役キャストはなかなか発表されず、玉三郎補綴・演出が伝わってきていったいどんなものなのか。

 玉三郎さんは親の仇を狙う女方役者雪之丞、先輩役者星三郎(七之助)、雪之丞の師匠菊之丞、仇土師、闇太郎など5役を中車、そして名題下役者で狂言回し的な役回りの鈴虫を音之助・やゑ六のダブルキャスト。私が見た日は音之助さんでした。

話はシンプルなので、1幕は、雪之丞と星三郎の役者論みたいなやりとり、これまでの玉三郎さんの歌舞伎の映像が出るという噂で楽しみにしていたのですが、それぞれほんの少しだし(玉様美しいけど)、星三郎との台詞も来月の南座四谷怪談の玉様の監修が厳しいという楽屋落ち以外はあまり面白くなく。

役者が少ない分、映像とのやりとりなども多いんですが、横に広い歌舞伎座でのこの演出は、ケラさんの芝居などと比較すると稚拙な感じがして物足りないです。歌舞伎座の芝居を歌舞伎としてみるから許されている部分って確かにあって、歌舞伎じゃないなら、それなりの芝居としての完成度を求めたくなるってものです。

役者は悪くないんだけどなあ。中車は冒頭の仁木はともかく、こういう役をやるなら中車は正解、という活躍ですし、七之助も思ったより出番多く立ち役の七好きなのでよかったです。音之助さんうまいなあ。こんなに大きな役、チラシに名前載せるべき。

最後は、仇討ちを果たした雪之丞が華やかに元禄花見踊をみんなで踊ります。大好きな猿紫・笑野コンビが玉さまと3人で踊ったり、芝のぶちゃんがオペラでガン見しても隙のない美しさだったり。もちろん玉様のオーラもすばらしく、まだまだご活躍いただきたいと思いました。

あと、特筆すべきは、雪之丞の着物の美しさ。何種類か着替えますが、全て地の色といい裾の柄といい、本当に美しく、お顔の小さな玉様に似合っていて、素晴らしいものでした。

ということで、納涼歌舞伎とはいえ、3部制での普通のチケット代だしなあ、と思ってしまった演目でした。

(もっと言うと、これに比べたらこれまで見てきた新作歌舞伎なんてとっても歌舞伎だった、と思いました。朝日新聞の梅枝・壱太郎対談で、梅枝くんがもっと古典したいのに新作に駆り出されて…って話をしていたけど、たとえば「マハーバーラタ」だって歌舞伎でしたよ、心配しないで、なんつて思ってしまいました)

八月納涼歌舞伎「東海道中膝栗毛」

201908yjkt   八月納涼第2部、「東海道中膝栗毛」です。来夏は猿之助がステージアラウンドで「ヤマトタケル」を上演するので、とりあえずは最後、初心に返って弥次喜多中心のお話になりました。

前回死んじゃったはずの弥次さん(幸四郎)、喜多さん(猿之助)は、それが夢だったと目覚め、改めて伊勢参りをすることにします。しかし、義賊を装った風珍、戸乱武の二人と顔がそっくりなところから、追っ手に追われることに…。

この悪党たちと、弥次喜多の早替わりが一つの見もの。ウソでしょ、とびっくりするようなタイミングで替わります。お面も使わず、涼しい顔しての早替わりは、さすが澤瀉屋のお家芸と、伊達の十役をやった幸四郎。替わればいいってもんじゃなくて(cf 七月の千本桜)面白いです。

そして、私としてはとても珍しい大敵の四代目が見られたのもうれしい。たぶん四代目のこういう役は、猿翁さんの復活狂言とかスーパー歌舞伎での一役といった形でしか見られないのでしょうが、元は女方というのを忘れそうな骨太の演技で、あくまでかっこよかったです。

御存知鈴ヶ森、切られ与三郎、女殺油地獄、一本刀土俵入、組討など、名作歌舞伎のパロディと、若手の活躍はお約束。浅草組は、実力をつけてきたのと同時に華も身に着けて、短い場面でも「おっ」っと目を惹きます。隼人の一瞬の殺気の美しさ、受ける新悟の色っぽさ。巳之助はいうまでもなく。児太郎、その場の皆が笑う中澄まして普通にセリフを言うのがすごい。鷹之資はもうかなり出来上がっていて、とろろ場でも目立つ衣装で引き立っていました。鶴松も登場したときにははっとするようなきれいなお蔦の形(オチあり)。虎之介ちゃんは意外にはっちゃけてよかったんですが、お顔の拵えがいまいち。育ちのよさそうな素顔の方がかわいいので惜しい。

そして第二の主役というべき染五郎、團子。染五郎の台詞がものすごくよくなっていて、やっぱり6月の風雲児たちで揉まれた成果だなあと思いました。二人ともすらりと、声も張っていて、とってもよかったです。

久しぶりの中車も、台詞、見得、舞踊ともにしっかり進化していて、努力を続けているんだなあと感心(3部も好評ですもんね)。こういう中にあって、最初出てきたとき誰かわからなかった(でもこのうまさは、と途中でわかった)笑三郎、藤山直美のようなかわいい顔になっている娘義太夫姿の猿弥、本役風なのにめちゃくちゃ面白かった門之助、ほかに弘太郎、笑也と、澤瀉屋の面々も持ち場でしっかり輝いていました。

そして七之助がちょいちょい出てくるんですけど、やっぱりこの座組では役者ぶりが際立っていて、声も大きいし、ありがたい感じがします。1部でたいへんなのに、こんなに出てくれるのは、幸猿との絆を感じてうれしいな。

終盤の本水。幸四郎なぜそうまで(というかバカでしょ)という奮闘ぶり。全体に、制作に入っている猿之助(今回は主演になってる!)がしっかり話を回しているんですが、二人とも惜しみなく体も使っていて、芝居を引っ張っていく姿にムネアツです。この二人でこんな大規模なおふざけはもう二度とみられないかもと思うと、感慨深い弥次喜多でした。

(2回目追記)

2回目は、花外の前方で見ました。花道での見得は後ろ姿になっちゃいますが、花道での演技がよく見えるし、役者さんが通るたびにいい香りがして楽しいです。至近距離で見た隼人の横顔が、文楽の人形のようにキレイで感動。弥次喜多が舞台にいる時間が長くて幸せ。日に日に染團の型が決まってうまくなっているのも感じます。

前回気づかなかった四代目の高麗五郎さんいじり、段之さん、猿三郎さん、猿四郎さん、くん、を認識しました。宗之助、わかってみるとひときわ声に力があってうまいなあ。

この日は、虎之介が自分で笑っちゃってましたが、出オチみたいなものなのに、キミの立場で笑っている場合じゃないぞ、と心配になりました。逆に巳之助の鬘プレイで全員笑いをこらえ切れないのに、健気に台詞を言う児太郎に拍手。

201910oguri

  ところで、数日前から、木挽町広場~1階へのエスカレーターの両側に、このポスターが左右5枚ずつ掲示されています。二人とも超かっこいい!眉と目張りと衣装でここまで別人になるとは(喜多さんと比べてね)。この表情、「オレはやるぜ、文句あるか」、という、四代目の本質が表れているようで(でも意外と人に優しい)、最高ですね。「オグリ」、楽しみです。

八月納涼歌舞伎「伽羅先代萩」「闇梅百物語」

  201908senndaihagi 八月納涼歌舞伎第1部です。まずは七之助初役の政岡の「伽羅先代萩」。政岡、鶴千代(長三郎)、千松(勘太郎)の3人が揃ったところから始まります。七之助、今まで見た中で一番若く、政岡は幼い息子を持つ若い母親で、世継ぎの殿を守るという重い役目を必死に果たす健気な女性だったんだ、という感を新たにしました。

前回見た飯炊き(玉三郎政岡のとき)はぼーっと眠かったんですが、今回は長三郎と勘太郎が何をするか目が離せなくて、雀の籠を出して餌を撒くとか、茶筅で米を研ぐとか、千松が毒見した白いお団子みたいなのはどんな味なんだろうとか、面白かったです。ここで、政岡が厳しくも愛情をもって千松に接している様子がよく描かれているんですね。長三郎はやっぱりハラハラしますが、勘太郎は、ほんとにどの一瞬も役をしっかり演じていて立派です。

栄御前(扇雀)の登場から舞台が動き出します。八汐は幸四郎で、私は仁左衛門さんの八汐を見ていないので、最高に冷たく美しい八汐ですよ。千松が健気で哀れ。沖の井の児太郎もりりしい。皆が退出した後の政岡、前述のように、お役を健気に務める必死な女性ですので、切なく悲しかったです。

さて、床下は男之助(巳之助)、仁木弾正(幸四郎)。巳之助もよかったですが、幸四郎の美しい仁木!蝋燭の明かりに浮かぶ不敵な仁木!ああ、素敵だった!

201908_20190816203901   2つめは「闇梅百物語」。腰元が百物語に興じる中、白梅(新悟)が、最後に蝋燭を消す役回りになります。その後、妖怪が次々に現れ…。前半は狸(彌十郎)、河童(種之助)、傘一本足(歌昇)が楽しいです。とくに種ちゃん河童は、水かきのある河童の手がゆらゆらかわいい!かしょたんも、おかっぱヘアが似合ってて、童子いけるかも、なんて思ったりして。

ポスター等で彌十郎さんの狸が強烈だったので、狸が主役かなと思っていたんですが、実は幸四郎の出し物。骸骨のコミカルな踊りから、すっきりした男前の読売になり、軽快でちょっと次元の違う舞踊を踊ります。そして最後は狐(狐忠信風)になって大内義弘(彌十郎、立派な武士)と戦います。

幸四郎、愛嬌のあるニンも身体能力も(海老蔵なんかよりずっと)狐忠信やれる役者だなあと思いましたが、高麗屋頭領としてはそれどころじゃないし盟友猿之助の持ち役でもあるしやらないんだろうなと勝手に想像した次第でした。

坂田藤十郎「坂田藤十郎―歌舞伎の真髄を生きる」

  201908 坂田藤十郎さんが、鴈治郎から藤十郎を襲名したときに、これまでの役者人生と「坂田藤十郎」という名への思いを書いた「坂田藤十郎― 歌舞伎の真髄を生きる」です。襲名が2005年、この本の出版は2006年、藤十郎さんが74歳のときですね。

版が少し大きめ(A5)で、写真が豊富です。舞台はたぶん多くが襲名公演の写真、旅行時のオフショット、家族写真も鴈治郎さん、扇雀さんの家族も含めた立派なお写真。しかしなんといっても、最初のページのお若い頃のお初の美しさといったら、まさに可憐で恋に思いつめる若い娘!

話は、1953年、まだ21歳の藤十郎(当時扇雀)さんが、近松門左衛門の「曾根崎心中」を宇野信夫脚本で250年ぶりに復活上演させた、そのヒロインお初に抜擢され、人気を博したところから始まります。徳兵衛がお初の素足を押し抱くという官能的なDsc_1084 場面や、花道をお初が徳兵衛の手を引いて走るという斬新な演出も一から藤十郎さんと演出もしていた宇野氏とで作り上げたわけです。

第2章以降は、歌舞伎役者としての修行や、武智歌舞伎とのこと、歌舞伎に対する藤十郎さんの考えがつづられていきます。武智歌舞伎がどんなものだったのか、ぴんときませんが(前から名前だけは知っていましたが、武智鉄二氏が、愛染恭子の「白日夢」の監督だったとは知らなかった!)、若き藤十郎さんは、武智歌舞伎で人気を博し、一流の師に付き、役者として成長していきます。

そして近松門左衛門の作品を専門に上演する「近松座」をつくり、「曾根崎心中」を海外で上演して手ごたえを得、近松がそのために多数の作品を書いた藤十郎襲名と上方歌舞伎の興隆を願って努力を続けます。丸本歌舞伎の洗い直し、演出の見直しと、さすが猿之助が「何を訊いても理論的にきちんと答えてくれる藤十郎おじさま」と尊敬する役者。

藤十郎さん、老け役はやらないと決めているのだそうです(2回だけやったのは、歌右衛門さんと出たときに若いほうをやるのだと思っていたら歌右衛門さんにとられたのだとか。演目は何だったんでしょう)。そういえば、私が見たのは、舞踊を除けば「伽羅先代萩」の政岡、「河庄」の治兵衛、「帯屋」の長右衛門、「新口村」の忠兵衛。確かに老け役はないし、長右衛門は85歳を超えて男盛りの色気がありました。最近は、口上に長老として出ていらっしゃいますが、さすがに細かいしどころのあるお役は難しいかも。お初を見ていないのは残念です。

若手の新作に対しては、「歌舞伎の技術さえ用いれば歌舞伎」といい、自身が東宝や映画に出ていたこともあって、寛容なようにお見受けしますが、技術に対して求めるものはやはり厳しい方だなと思いました。

田中佐太郎「鼓に生きる」

     201907_20190802235201歌舞伎囃子方の田中佐太郎さんの生涯を、氷川まりこさんの聞き書きでまとめた「鼓に生きる」です。佐太郎というお名前ですが、ご覧の通り、シルバーヘアの凛とした女性です。囃子方としては表舞台には出られないそうで、黒御簾内で演奏されるほか、長年国立劇場養成科の講師として後進の育成にも貢献している方です。

佐太郎さんの父は、歌舞伎囃子方の家元で人間国宝の十一世田中傳左衛門、夫は能楽師の大鼓方で人間国宝の亀井忠雄さん、そして息子たちが、能楽師の亀井広忠、歌舞伎囃子方の十三世傳左衛門、傅次郎の亀井三兄弟。そのことを知ってから、かぶき手帖にも載っているこの方、どんな方だろうと思っていましたが、この本は、熱心に稽古する少女時代の写真、忠雄さん、三兄弟の文章も収められていて、装丁も活字もとても素敵な本。

十一世傳左衛門には、一男五女がありましたが、長男は東大に進学して学問の道に進んだため、十一世が稽古をつけた娘たちの中で残ったのが佐太郎さん。このお家の芸は、あくまで歌舞伎の囃子方として演奏するか、囃子方のプロの育成のみということで、十一世は、芸の中継者として佐太郎さんを鍛えます。楽器は一つではなく、太鼓、大鼓、小鼓、鐘、鉦と打楽器すべて、さらに人に稽古をつけるときのために三味線も。

15歳のとき、あの六代目歌右衛門の会で、佐太郎さんは急な代役として舞台を務めます。そのとき、成駒屋は、「このままお嬢さんにさせたらいかがですか」といい、黒御簾内のみながら、佐太郎さんの歌舞伎の本舞台での演奏の道が開けるのです!傳左衛門の前名である佐太郎の襲名披露にも、歌右衛門さんが舞踊で出ています。

佐太郎さんは、能楽も勉強すべく、夫となる亀井忠雄さんのもとへも稽古に通います。歌舞伎のみならず、能もきっちり学んでいること、教えることに熱心で厳しかったことについて、忠雄さんは佐太郎さんを尊敬しているのがよくわかります。亀井三兄弟は、小さい時から観世銕之亟さんに謡と仕舞の稽古に通いますが、わからないところは家で佐太郎さんに習っていたそうで、忠雄さんは、「(銕之亟 ・佐太郎の)あのふたりがいたから、あの子たちみたいな『魔物』ができたんです。」と言っています。うーむ、やはり三兄弟は、親の目から見ても「魔物」なのか。

1.5歳ずつ違う男の子の3兄弟、ただ育てるだけでもたいへんだと思いますが、1日もゆるがせにできない舞台の仕事や高いレベルの稽古をしながら、子どもたちに豊かな愛情を注いできたことが、3兄弟の文章でわかります。

傅次郎さんは、佐太郎の名を譲られることを断ったんだそうです。「佐太郎は母しかいない、永久欠番のようなもの」と。今は傳左衛門・傅次郎さんのところのお孫さんのお稽古をつけている佐太郎さん。いや、かっこいい。

中村達史「若手歌舞伎」 大西匡輔「歌舞伎のいま どの芝居をどの役者でみるか」

201907_20190725072601

  1986年生まれ、30代前半という若い中村達史さんの2017年出版の初の歌舞伎評論本「若手歌舞伎」です。詳しいプロフィールはわからないんですが、歌舞伎評論家の和角仁さんの指導で勉強中ということが、同氏による解説に書いてありました。

 「若手歌舞伎」という書名の通り、染五郎から梅枝までの花形役者についての役者論。といっても11人を110ページちょっとで書いているので、だいぶ駆け足です。

 この方、古典歌舞伎の技法を維持していってほしいということを第一に考えているようで、その観点から、彼らの名跡、受け継ぐべき芸と役と現在の状況について語っています。「演劇界」や新聞とのしがらみがないせいか(言い過ぎ?)、松緑の台詞回し等、それ言っちゃうんだ、ということも書いてあるのはいいんですが、全体としては、この著者にいい印象が持てませんでした。

ひとつには、人気者ばかりで読者は承知のうえと考えてあえて書いていないのかもしれませんが、その役者の魅力や美点についての記述が乏しく、もっとこういう役をやれとか、この役でこうしたのは失敗だとかのやや近視眼的な記述が多いように思えることです。私はとにかくこの世代がすぐ上・下と比べて圧倒的に好きなので、もうちょっと各人独自の魅力を踏まえて書いてほしいし、歌舞伎を楽しむ部分や役者への共感や尊敬が薄く感じられるのは、歌舞伎評論家としてもどうなのかという気がします。

歌舞伎の技法的な部分はよくわかりませんが、菊之助の立ち役の感想や、勘九郎の役の幅とか、七之助が勉強していないとか、松也の過小評価とか、海老蔵について書きながら、全く持ち味の違う十二代團十郎をいっしょくたにしているところとか、気になるところはいろいろあります。

四代目については、スーパー歌舞伎の承継者でなければならないことと、「客入りが何より大事」との言葉を額面通りに受け取りすぎで、その芝居に至るまでの、彼が表に出さない工夫や試行錯誤が見えてないように思います。「黒塚はすでに古典だから変えるな」なんて、たしかこの4月の歌舞伎座の劇評でも書いていたと思いますが、初代猿翁が「まだ足りないところがあるから完成させてほしい」と言い残した演目で、代々の猿之助が澤瀉屋としてさまざまに工夫することを止めることなど、誰にもできないというものでしょう。

最後の40ページほどは、最近の芝居でよかったものの劇評ですが、そりゃ吉右衛門さんの芝居になりますよね。襲名後の雀右衛門さんが役者ぶり大きくなったというのも誰が見てもそうですし。劇評の文体が年配者の借り物みたいでぱっとしないのも若いのに残念。

 

  201907_20190725072602さて、もう1冊は、1939年生まれの大西匡輔さんの2013年出版「歌舞伎のいま どの芝居をどの役者でみるか」です。著者は、長年高校の国語教員をされていたそうで、参考書の著書は多数ありますが、この本は、長年の歌舞伎ファンとして、「団塊の世代を始めとして、新しい世界に楽しみを見つけようとしている人に、歌舞伎という最高のエンターティンメントを楽しんでいる道案内をする」(あとがき抜粋)というコンセプトで書かれたそうです。2013年は歌舞伎座新開場で、歌舞伎が世間の関心を集めたときでもあります。

 なるほど、評論家ではない、歌舞伎ファンとしての目線で書かれていて、歌舞伎役者の世代が要領よく把握できます。第2部は作者毎に、主な演目の解説と、今のどの役者でみるかということが書かれているのですが、短いながらとてもわかりやすく、あらすじをさっと紹介する以上に立体的に芝居が理解できるようなものになっています。大西先生の授業はさぞ面白かったでしょう。作者毎の章立てというアイディアも、歌舞伎を大まかに理解するのに役立ちます。

神戸在住の著者は、やはり上方歌舞伎に思い入れがあり、江戸と上方の違いや、松嶋屋、とくに愛之助や成駒家等、上方に縁のある役者についての記述も多いです。ただ、この本の出版はわずか6年前なのに、その間の変化も大きいと感じます。例えば、坂東薪車について、御曹司ではないものの、自身の会をやり、上方にはなくてはならない役者として期待していることが書かれていますが、彼はその後、竹三郎さんからの破門を経て、今やすっかり海老蔵一座で欠かせない役者になってしまいました。

勘三郎・團十郎の早すぎる死のショックがまだ癒えず、三津五郎さんがまだお元気で、海老蔵が今より古典をやっていて、猿之助・勘九郎は襲名を機に飛躍しているという状況で、それがわずか数年前の話なんだなという感じがします。猿之助の四代目襲名に関しては、それにより亀治郎時代のように様々な役者と共演しなくなるくらいなら亀治郎のままでよかったとまで書いていて、なるほど当時はそう思われていたのか、と。

また、著者は、勘三郎さんが大好きだったためか、コクーン歌舞伎にも好意的。今の観客にはみどりは不親切である一方、通しは退屈になりがちで、その両者の欠点を補う、演出家の一貫した目による通しの再構成は意義があり、また稽古が十分行われる点がよいと。演出にもよりますが、私もこの意見には同意です。音楽は邦楽でやってほしいというのも同じですね。

« 2019年7月 | トップページ | 2019年9月 »