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2018年9月

「マイ・フェア・レディ」@シアターオーブ

201809           古典の名作ミュージカル、「マイ・フェア・レディ」です。初演は1956年、ジュリー・アンドリュース主演、1964年にはオードリー・ ヘップバーンで映画化され大ヒットしました。原作はアイルランド出身の作家バーナード・ショーの「ピグマリオン」。

この映画は見ているのですが、ミュージカル版も見たいなーと、ずっと思っていました。大地真央さんのイメージが強いイライザですが(20年も演じていたそうです)、最近霧矢大夢などでも上演されていたところ、今回は神田沙也加・朝夏まなとのWキャスト。演出はG2。今年だけで「ウォーター・バイ・ザ・スプーンフル」、「NARUTO歌舞伎」とG2さんの演出3本めですよ。しかも幅広い仕事ぶり。

東京千穐楽の今日は、イライザ(神田沙也加)、ヒギンズ教授(別所哲也)、ほかはピッカリング大佐(相島一之)、ヒギンズ夫人(前田美波里)、ドゥリトル氏(今井清隆)、ピアス夫人(春風ひとみ)、フレディ(平方元基)。

25分の休憩込3時間15分は、最近のミュージカルと比べて長いんですが、その分は軽めのコメディのお芝居がしっかりあって、花売り娘イライザがヒギンズ教授の家で話し方とふるまいの教育を受け、見事に成功してから自立心を見せるまでをきちんと見せていきます。歌も大部分知っている名曲揃いで、アンサンブルがよかったのもあって楽しめました。

沙也加のイライザはやっぱりイキがよくて、かわいくてよかったです。ファルセットがちょっと弱くて、踊り明かそう(I Could Have Danced All Night)のラストの盛り上がりに欠けたのは残念でしたが、ヒギンズに切々と訴えるところ、健気でほろっときちゃいました。

相島一之もさすが、お芝居部分がキリっとしていたのは、この方と、春風ひとみの好演によるところが大きいでしょう。前田美波里もほんとに若々しくて、ゴージャスなマダム、この舞台の中でもとくに素敵な衣装が似合っていました。イライザの父今井清隆も演技も歌も楽しくて、2幕の「時間通りに教会へ 」(Get Me to the Church on Time)は最高に盛り上がりました。平方元基、いろいろ見ていますがさわやかで聞かせてくれるナンバーもありました。

ヒギンズ教授の別所哲也はですね、知的ですらりとしていて柄にも合っているし、ミュージカルの経験も豊富な方ですが、うーん、なんとなく英国紳士のあのシニカルなユーモアが不足気味で、何となく最後までしっくりきませんでした。すいません。

さて、アンコール、ここ数年は主役級で出ている神田沙也加ですけど、やっぱりこの大劇場で、本当に最後に、全キャストに迎えられて出てくるのは初めて見る気がして、何てことのない娘役の頃から見ていた彼女がよくここまで、と泣けちゃいました。本日のマチネは東京千穐楽だったわけですが、別所さんのあいさつの後、沙也加の実感こもった言葉がありました。それを見守る別所さんの笑顔が本当に優しくて、いや、舞台上でもふっとそういう表情を見せるとかしてくれるとよかったのにと思ったくらいでした。

(バーナード・ショーは、ヒギンズ教授とイライザは結ばれないとつとして思っていたようで、だから甘いシーンは作らなかったのかもしれませんが)

そうだ、衣装のことも!チラシのイライザのドレスもいいですが、アスコットの馬場のシーン、アンサンブルの衣装がそれぞれ凝っていてクラシカルかつ新鮮でとってもステキでした。前述のようにヒギンズ夫人の衣装が2つ、色もデザインも大好きでした。十川ヒロコさんです。

「メタルマクベスdisc2」@ステージアラウンド

201809_2          メタルマクベスの連続上演、一番新感線らしいプロダクションで濱めぐさんが出るdisc1のみでいいかなと思っていたんですが、やっぱり松也のも見たい!とdisc2です。

髑髏城は花しか見ていませんが、噂では内容がだいぶちがうようでしたので、メタマクもちがうのかな、と思っていたら、台本、セット、映像は一緒。衣装も3魔女以外は、俳優に合わせた微調整の範囲のようで、同じ演目をキャスト替わりで見るのに近いようでした。2度目なので、バンドのグダグダのくだりはさほど面白いと感じられなかったんですが、disc1をもう1回みたいと思っていたくらいなので、音楽も含め、ほんとに楽しめました。

マクベスは松也。歌舞伎役者としては、白鸚さんに次いで(!)ミュージカル経験豊富な人なので、歌はメタルのボーカルではないけれど安定。あの重い衣装で獅子奮迅の大活躍という感じで、今の彼のありったけで、マクベスという役にぶつかっていっているのが気持ちよかったです。、睨み、獅子の毛振りのようなヘッドバンギング(腰で回っているのがよくわかった)、海老ぞりと、さすが、歌舞伎の基礎力は確か。顔も体も大きく、シャドウを入れたアイメイクが似合ってて、いやーかっこよかった。妻に甘える場面はイマイチだったのは、本質的にオラオラ系なヒトので、こういうの苦手なんだな~と思ったりして。

殺陣もキレがありながら、体幹が安定していて、対するマクダフ(浅利陽介)より全然強そうで、負けちゃったのが不思議でした。浅利くんはとてもいい俳優さんで、あの周平(@新選組!)や小早川秀秋がよくぞここまでと感慨深く、最初はこれが浅利くんとはわからなかったくらいなんですが、やはりニンじゃない感じは否めませんでした。つか、もっと強そうな人じゃないとこの松也には弱いよ。

マクベス夫人は大原櫻子。若すぎるかな、と思わないではなかったんですが、「Fun Home」で見せてくれた実力はほんもので、松也と若い迷う夫婦をしっかり演じていました。

disc1では怪優橋本じゅんだったバンクォーが岡本健一。前半はほぼ準主役の活躍で、お父さん世代といじられながら、アラフィフには見えない若さで松也の友人に見えました。

レスポール王は木場勝巳さん。初見ですが、迫力もあって歌もとってもよかったです。その息子レスポールJr.は、ジャニーズの原嘉孝、三浦涼介似のイケメンで、このカンパニーに参加するだけあって、ダンスも歌もよかったです。

おおっと思ったのが、ランダムスターの活躍を歌う徳永君(徳永ゆうき)。disc1では、冠徹弥さんの歌がすばらしくて、しばらく「間違えましたぁ~」が頭をグルグルしていたんですが、この徳永君は、23才の演歌歌手、鉄オタで駅員のアナウンスを入れながら演歌風に熱唱。面白かったです。

実は、門番(逆木圭一郎)との二役だと思っていて、二人が一緒に出てきた時にびっくりしてしまいました。門番さんも大活躍。

さて、歌舞伎役者が出ていれば、何でも取り上げる歌舞伎美人。松也が出ているだけで何の関係もなさそうなメタルマクベスについても、しっかりいい記事を挙げてくれています。ぶれないなあ。

ぎんざ木挽亭春風亭一朝独演会「祇園祭」「柳田格之進」

201809_2               8月から始まったぎんざ木挽亭と題した歌舞伎座ギャラリーでの寄席、第一部の春風亭一朝さんの独演会に行ってきました。一朝さんは、片岡市蔵・亀蔵さんのお姉さんの夫で、かつ、ご自身が二つ目時代には歌舞伎の囃子方として笛で舞台に立っていたという歌舞伎に縁の深い方。マクラも興味津々でした。

一席目は、「祇園祭」。一朝さん、口跡がよく、とくに江戸弁が絶妙。ほんものの江戸弁はこういうものかと(前座の与いちがまた20才そこそこの若さで対照的だったこともあり)、感動します。とくにこのお話、京都人の京自慢と江戸っ子の江戸自慢がエスカレートしていく噺なので、痛快でした。

二席目は「柳田格之進」。嘘は絶対につかないまっすぐな浪人柳田格之進は、大店の主人万屋源兵衛とよい碁友なのですが、あるとき万屋で50両の大金がなくなり、番頭徳兵衛は格之進を疑い…。

一席目が笑うのに忙しかったので、二席めはじっくりと、一朝さんの武士と町人の自在な演じ分け、そしていったいどうなるのかとハラハラ。最後はほろりとちょっと泣けたりして、あっという間に時間が過ぎました。

恥ずかしながら、一朝さんはこれまで存じ上げなかったんですが、落語の楽しさを味合わせてくれる、いい落語家さんだと思います。落語界はまだまだ人材豊富なんですね。

前座の与いちは「手紙無筆」。ひねりがなさすぎで、あまり面白い噺ではないんですが、何せ若くてキラキラ一生懸命でした。

さて、このぎんざ木挽亭、3カ月連続で月末の金曜日、2部構成で9:15からの2部は松之丞という盤石の集客イベントです。

歌舞伎座ギャラリーでの催しは初めて行きましたが、舞台はギャラリーの歌舞伎舞台(今日は楼門五三桐)、椅子は芝居の茶屋の赤い毛氈のベンチとパイプ椅子で100余りと、とにかく演者が近いです。これなら、ここでよく開催されている歌舞伎役者のギャラリートークが大人気なのもうなずけますね。

「ジャージーボーイズ」@シアタークリエ

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          2016年の初演時には、読売演劇大賞(最優秀作品賞等)を始め、高い評価を得た中川晃教主演の「ジャージーボーイズ」です。初演時は、来日カンパニーを見たばかりだったのと、クリエのチケットが取れなくて見ていなかったんですが、再演版は是非見たいと思っていました。アッキー以外の主要3人はWキャストで、見たのはblueです。

お話は、ニュージャージー出身のフォーシーズンズの結成からの軌跡を、彼らのヒット曲で綴るものですが、なんといっても、リードボーカル フランキー・バリ(中川晃教)のハイトーンのファルセットですよ。この役は、必ず特別なトレーニングをするそうですが、さすがアッキー、明るい力強いファルセット。私、ミュージカルでここぞというナンバーには鳥肌が立つんですが、今回彼の歌声にはゾワゾワしっぱなしでした。日本でフランキー・バリを演じることができるのは、彼をおいてほかにいないでしょう。しかも、今回彼はシングルキャスト。週3回のマチソワ2回公演を1カ月近くやった後、地方公演ですよ。すごすぎる。

1幕の前半の語り手は、トミー・デヴィート(伊礼彼方)。映画のトミーに近い、二枚目でいい加減な人物。後半はバンドの作曲家、ボブ・ゴーディオ(矢崎広)、育ちがよくてきちんとしています。そして平凡で人のいいニック・マッシ(Spi)。フォーシーズンズを世に出すプロデューサーボブ・クルー(太田基博)、フランキーたちを助けるマフィアの親分ジップ(阿部裕)、トミーに金を貸すワックスマン(畠中洋)、ジョー・ペシほかの石川新太くん、何役もこなす女性アンサンブル等、キャストに隙がなく、見事。

ニュージャージーはNYの近郊ですが、彼らは利益や合理性よりも昔からの友人関係を何よりも大事にするイタリア系のメンタリティ(ちょっと任侠な感じ)。バンドとしては最高の成功をおさめながら、犠牲となる私生活、フランキー・ヴァリとボブ・ゴーディオのまぶしいばかりの才能を、フォーシーズンズの多くのヒット曲でつなぐミュージカル。

高さのあるセットを活用した場面構成や、廻り舞台によるステージの表現、モニターや鏡の使い方等、密度の濃い語り口で、クリエにぎっしり満員のお客さんと、空気まで濃いような気のする3時間で、感動でした。

あれ、と思ったのは、(来日版では気づかなかったんですが)、有名な「Can't Take My Eyes Off You」が、クリント・イーストウッド監督の映画版では娘フランシーヌの死を乗り越えた後のヒットだったんですが、ミュージカルでは実際と同じく、死の前の、フランキーの新境地を見せたヒットです。そこは映画的な効果の脚色だったんですね。映画を見たときはなんて悲しい歌なんだと思ったのに。若いお客さんにもこの曲は有名なためか、しばらく拍手が鳴りやまない事態となりました。日本のミュージカルではかなり珍しいと思います。

小ネタとしては、フランキーはバンドに入る前は床屋だったんですが、「トッド!」という台詞があって、にやっとしました。

それから、来日版を見たときは、確か Rock of Fame入の復活コンサートはもっとメドレーで長かったような。今回は、コンサートはあっさりで、その分アンコールがたっぷりありました。私としては、来日版のコンサートシーンはほんとに盛り上がって感動したので、くるぞ、くるぞ、と思っていてちょっと肩透かし、そこだけがちょっぴり残念でした。

秀山祭九月大歌舞伎「金閣寺」「鬼揃紅葉狩」「河内山」

201809kabukiza09kouchiyama     秀山祭昼の部です。1つめは「金閣寺」。国崩しの大悪人大膳(松緑)が、慶寿院(福助)を人質にとって金閣寺に立てこもっています。画家でもある雪姫(児太郎)をわがものにしようとしていますが、家臣になると宿敵の家臣である東吉(梅玉)がやってきて…。

2015年1月にも、大膳染五郎、雪姫七之助、東吉勘九郎という座組で見ていますが、なんといっても今回は、福助さんの5年ぶりの舞台復帰ということで話題です。終盤の短い場面ですが、とても張のある美しい声、凛とした容姿。舞台では一度しか拝見したことがなく、シネマ歌舞伎や歌舞伎本での福助さんの方が印象深いので、ああ、本当に福助さんだ、と思いました。女方としてあれほど活躍されていた役者が、歌舞伎界最高の名跡の一つを襲名することが決まっていながら、どんな思いで5年間リハビリに打ち込んできたことか。この舞台と拍手がご本人にもさらに励みになることでしょう。

その父をみて、児太郎の意気込みはいかばかりか、立派な雪姫。松緑の大膳も、ニンに合っているというか、文楽の「大団七」のかしらみたいなきれいな顔の拵え、今まで見た松緑さんで一番いいなあなどと思いました。なかよしの坂東亀蔵さんが弟の鬼藤太。

もちろん梅玉さんの東吉は舞台に重みを与え、見応えあるものにしていました。愛太夫、谷太夫お二人の義太夫も久しぶりでうっとり。

2つめは「鬼揃紅葉狩」。猿之助もやっていますが、その猿之助四十八選版とは別物ですね。「紅葉狩」とのちがいは、更科姫だけでなく侍女たちも鬼になるのと、維茂を起こす山神が女神と山神の姿で出てくること、紅葉の木がない(能舞台で囃子方しか舞台にいない)ことでしょうか。鬼はいっぱいでてくるのですが、「紅葉狩」よりも舞踊に近い、様式的な感じがしました。

幸四郎さんの更科姫は、現代的な美人。優雅に舞います。維茂(錦之助)の従者、廣太郎と隼人が立派です。隼人は、控えていても気合が入った顔をしているのが好感(河内山も)。

男山八幡の末柱が、東蔵・玉太郎の祖父・孫コンビなんですが、玉太郎、かわいい!というか、私紅葉狩のこの役、見た人全部(虎之介・金太郎・亀治郎)かわいい!好き!となっちゃうのは、よほどこの役柄とか雰囲気とかが好きなんですかね。玉ちゃんも指先まで気合を入れてきれいに踊っていました。舞台写真も多かったのが、人気を示してますね。

(ところでこの演目のこと調べていて、21年(2009年)11月の花形歌舞伎 の演目なんてのを見つけてしまいました。なんて素敵な座組)

さて最後は「河内山」。これまで2回は白鸚さんで見ていて、吉右衛門さんは初めてです。見た感じ、堂々と押し出しがよく、発声がきれいなのはお二方ともなんですが、吉右衛門さんの方がこってりと、宗俊のアクの強さを強調した感じ(この特別ポスターの愛嬌をみよ)。

いつも正しい、しかし苦渋の選択をするといったお役の多いきっちーさんが、本当に楽しそうで、もっと世話もお好きなのではと思わせるうまさ。「ひじきやあぶらげの惣菜ばかり食べて」とか「みじこうお仕えするこのどーかい」といったセリフの繰り返しが面白く耳に入ってきます。しかも、吉右衛門さんの座頭芝居らしく、役者が揃ってはまっているのが気持ちがよく、楽しい河内山でした。

始めの上州屋の場面、番頭に怒られる子どもの絡んだ宗俊の登場に始まって、宗俊の無茶な質入れを断る番頭(吉三郎―とてもよかった)、宗俊の申し出に縋って娘を助け出そうと決意する後家おまき(魁春)、親類の和泉屋(歌六)。

松江邸では、いかにも浪路に無理をいいそうなわがままさを見せる出雲守(幸四郎)、爽やかな数馬(歌昇)、実直な高木(又五郎)に、宗俊と相対する北村大膳(吉之丞)。幸四郎さん、出過ぎでお疲れという声も聞きますが、この出雲守はとてもよくて、宗俊と相対する場面でも大名としての大きさも感じさせて、これは襲名後の貫禄だなあと思いました。

最期、北村に見現されて逆襲する河内山は爽快。楽しいお芝居でした。

秀山祭九月大歌舞伎「操三番叟」「俊寛」「幽玄」

201809kabukiza09_shunkan       九月の歌舞伎座は秀山祭。夜の部1つめは、幸四郎「操三番叟」。 2016年にも見ているので、得意の舞踊なんでしょうね。ない糸に操られる軽快な人形の動き、体重が床にかかっていないように見え、表情もお人形で、何度見ても感心します。後見は吉之丞さんで、さすが。

次はいよいよ吉右衛門さんの「俊寛」です。歌舞伎の名作ということは、部外者でも知っているくらい有名な演目ですが、初めて。上の方から見る波の背景が、広がりを感じさせてまず感心しました(もちろんこちらが先ですが、ミュージカルの「Big Fish」みたいな)。

清盛への謀反の罪で鬼界ヶ島に流された俊寛(吉右衛門)、成経(菊之助)、康頼(錦之助)は、助け合いながら、恩赦を待っています。成経は島の娘千鳥(雀右衛門)と恋仲になっています。そこへ恩赦の船が。瀬尾(又五郎)は、成経と康頼のみを連れ帰ると言いますが、丹左衛門基康(歌六)は重盛の配慮で俊寛も救うと言います。しかし千鳥は数に入っていません。俊寛は瀬尾を殺し、新たな罪のために残ると言い、千鳥を連れて行かせます。都に残した愛妻の死を知って、自ら犠牲になる決意をしたものの、いざ船が出ると俊寛は船を追って叫ぶのです…。

だいたいのあらすじは知っていましたが、千鳥が島の娘(西郷隆盛が流されたときの愛可奈みたいな)ではなく、歌舞伎の普通の町娘だったので、これなら連れ帰っても大丈夫そう、なんて思ったりして。成経は女方もやる役者さんが演じることも多い優男、菊之助の出番は少しですがやはりきれい(私の好みでは、やっぱり菊ちゃんの相手役としてはもうちょっと…)。

瀬尾はよくある悪役ですが、又五郎さんは愛嬌があって弾むようで、見ていて楽しく、意外に前半は軽い味わいのあるこの芝居を盛り上げていました。俊寛に心寄せる歌六さんはまあまちがいなしです。

前半、嘆きながらころころ転がっていた吉右衛門さん、見せ場はやはり愛妻の死を知って帰京の望みを失ってしまい、瀬尾を長めの立ち回りで殺した後ですよ。船が去れば孤独な俊寛は叫びます。舞台は廻り、海が広がります。今や取り繕うこともない俊寛、そして最後、叫んでもどうにもならない自分の運命を知る表情が、さすが人間国宝。またしてもよいものを見せていただきました。

201809kabukiza09_yugen     さて、最後は新作歌舞伎舞踊と題した「幽玄」。玉三郎さんが鼓童というパーカッショングループとコラボしているというのは知っていましたが、内容は想像もできず、舞踊は苦手なのでそんなに長い舞踊、寝ないか心配でしたが、意識がとんだのはちょっとだけで、面白かったです。

鼓童のパーカッションはさすが。けっこうな人数で様々な太鼓や鐘で、メロディまで感じさせるパフォーマンス、見事でした。

最初は「羽衣」。漁師らしき歌昇、種之助、萬太郎、弘太郎、鶴松ほかの青年たち。松の枝に残された羽衣を手にしますが、天女(玉三郎)が返してくれとやってきます。歌昇はリーダー格ですが、先月も思いましたけど、華があってお顔もきれいで素敵。

玉三郎さんの動きはまさに能。能だと、美女の面の脇からはみだすほおの輪郭が、実はどうかと思っているんですが、玉様の化粧したお顔は、並べたらちがうかもしれませんが、今舞台の上では美女面。そして歌昇たちの団体行動のような一糸乱れぬフォーメーション、びくともしない立ち姿。いくら舞踊が得意な役者たちとはいえ、まだ若いのに、この身体能力は、いかに普段鍛えられているのか、と感心しました。

2つめは「石橋」、5人が獅子ででてきます。EXILEのような一直線になったり、きれいに半円に並んだり、コロコロしてかわいい獅子たち。歌舞伎に縁のない若い子が見ても楽しいよなあと思い、また、太鼓のリズムがあるので、毛振りがそろっていてよかったです。

最後は「道成寺」。かわいらしい娘の玉様が踊らないのは残念でしたが、キャンドルをたくさん使ったりして、舞台効果に凝った作品。最後の蛇体の玉様も迫力でした。

歌舞伎としてどうか、とか秀山祭の歌舞伎座でやるのか、といった話は別として、立派なパフォーマンス。この内容の単独公演って5000円はとれるな(玉様ほか歌舞伎役者さんは除いても)、じゃあ今日の3A6000円は、1000円で吉右衛門さんの至芸を見て、まだ操三番叟をただで見たということ、なんて計算したりして。

言葉もいらないし、芸術性はあるし、東京オリンピックの開会式のパフォーマンスの一部として組み込んだらよいのではと思いました!

ジュリア・カジェ「なぜネット社会ほど権力の暴走を招くのか」 池田信夫「日本人のためのピケティ入門」

201809sauver_les_medias       パリ政治学院准教授という経済学者ジュリア・カジェ氏の「なぜネット社会ほど権力の暴走を招くのか」 という長い題名の本です。原題は「Sauver les médias. Capitalisme, financement participatif et démocratie」、英語では「Saving the Media: Capitalism, Crowdfunding, and Democracy」ですから、メディアを救う―出資、クラウドファンディングと民主主義って感じですかね。読む前は、ネット社会における一部の声高な意見が、実際以上に多数派になってしまうとかいう話かな、と思っていたんですが、実際の内容は、健全なメディアである新聞の衰退をどう救うかという話。時流に乗っかりすぎていますよね。

もう少し言わせてもらうと、この本の表紙!いくら著者がモデルのような美人だからって(しかもあのトマ・ピケティ博士の妻です)何ですこれ。帯はカラー写真ですよ。フランスのAmazonで見たら、赤いシンプルな表紙でした。

201809sauver_les_mediasさて、内容に戻りますと、ネット社会になり、記事の再掲コストが限りなく低くなる中、新聞の広告収入と購読者は減り、取材して記事を書く新聞記者は減少していることから、メディアは明らかに弱体化しています。経営基盤が脆弱となった新聞社は新興の富豪に買収され、その支配を受けていきます。健全なメディアを保持するためには、政治的・資本的な中立と、経済基盤が不可欠であるとする著者は、当初の寄付者とその相続人の影響を抜きがたい財団の欠点を補うために、クラウドファンディングを活用したメディア会社を提唱します。

政治的な意思決定における情報開示は決定的に重要です。現在、さまざまな情報が政府や地公体のwebサイトにあるとはいえ、忙しい市民がそれを全て把握することは不可能です。公表情報を選別・編集し、社会の実態を取材し、分析するメディアの役割がどれほど重大か。どんな問題でも、正確な真実がわかれば、多くの事柄を正しく判断することができると、私は思います。

そのためにメディアが本当に重要な役割を果たしていることはいうまでもないのですが、著者の示す実情によると、確かに、メディアの危機は深刻です。私たち、重要なニュースと娯楽としての情報がフラットに並ぶネットニュースに、つい依存してしまいますが、やっぱり新聞を読まなくちゃ。

著者が主な題材とするフランスの個別のメディアの名前には疎くて、ルモンドやリベラシオン以外はぴんとこないところもありましたし、正直いって、後半のメディアに対する経済基盤提供策については、そんなにガバナンスがうまくいくかしら、という疑念もあって、あまり興味はわかなかったんですが、前段の分析はなかなか興味深く、示唆に富んだ本でした。タイトルはちがうけど(←やはりそこ)。

(追記)

201809       ついでに、著者の夫であるトマ・ピケティ(上記の本についても要領を得た冒頭の一文を寄せていました)について知りたいと思って、紹介本を読んでみました。アゴラを主宰する池田信夫氏によるたった77ページの、「日本人のためのピケティ入門―60分でわかる『21世紀の資本』のポイント」です。

冒頭のQ&Aで、ピケティの主張のおおよそがわかります。この本も相当ダイジェストですが、さらにざっくり言うと、各国の一次データを分析したら、資本主義の下で格差は広がるので、国際的にしっかり課税すべきだ、という感じでしょうか。

経済学的にいうと、資本収益率r>経済成長率g により、資本を持てる者の方がさらに利益を得ていき、格差が広がるということですね。

この本が優れているのは、あまり理論的な説明がないというピケティについての経済学的な書評であるソローの議論を紹介していることと、日本経済についての説明があるところですね。

「シティ・オブ・エンジェルス」@新国立劇場

      201809cityofangels_3福田雄一演出、山田孝之・柿澤勇人主演とくれば、みるっきゃないと、楽しみにしていた「シティ・オブ・エンジェルス」。ブロードウェイでは1989年12月から1992年1月まで上演され、トニー賞も作品賞、脚本賞等を受賞しているヒット作です。

舞台はハリウッド、私立探偵ストーン(山田孝之)が、老富豪の妻アローラ(瀬奈じゅん)に誘拐事件の解決を頼まれる、という映画の企画。脚本家スタイン(柿澤勇人)は、プロデューサーのバディ(佐藤二朗)に書き直させられて苦悩していますが、なんとか映画は進んでいきます…。

内容を全く知らずに行ったので、そういうことか、とわかってくるのが快感で、わかってみれば確かによくできた二重構造の脚本。スタインとストーン以外の主要キャラは、皆二役なんですが、映画と実生活のキャラクターが微妙に重なっていて面白いです。瀬奈じゅんはすっかり貫禄が出てコメディエンヌ振りも堂にいっていますし、ストーンとスタインの恋人を演じる山田優はさすがスラリときれい。渡辺麻友が娘役で出ていて、肌を思い切り見せたコスチュームも含めてなかなかがんばっていました。若干拍手は辛めでしたが、「三文オペラ」の人よりはずっとよかった。

女優陣でいちばんよかったのは、ストーンの秘書ウーリーとバディの秘書ダナを演じていた木南晴夏。結婚したことをいじられていたので、そのときはわからなかったんですが、玉木宏と最近結婚したばかりの人でした。あまりドラマをまめに見ていないので知らなかったんですが、明瞭な台詞と明るさが的確で、とてもいい女優さんですよ。すっかり贔屓になりました。

残念というか、物足りなかったのが佐藤二朗。いや、私この方ドラマで出ているときはいつも大好きなんですよ。このミュージカルにおけるコメディ担当の比重が大きかったんですが、ギャグがちょっとこの大劇場むきじゃないというか、空間・時間的にスカスカな感じがして、もっと強烈でもよかったんじゃないかな。開演間もないというほどでもないし、デブキャラでスパイスを聞かせていた勝矢との絡みは面白かったんですが、2階の奥(でもSだよ!)で見ていた私が悪いんですかね。「フル・モンティ」や「スパマ・ロット」の破壊力にはもうひとつでした。

しかしやっぱり山田孝之・カッキーはよかったです。「ミュージカル・ミーツ・シンフォニー」では、あのノーム・ルイス相手でちょっともたついていた「You are Nothing Without Me」が二人のコンビネーションとハーモニーで盛り上がって、感動してしまいました。これだけでこのミュージカルの価値があったというか。こういう一生懸命な青年のカッキーはいいに決まっていますが、山田孝之ってやっぱり面白い。かっこいいのに面白くて、ずっと見ていたい俳優です。

ジャジーな音楽、オケもきれいに鳴ってましたが、振付もしゃれてていいな、と思っていたらば、やっぱり「キス・ミー・ケイト」の上島雪夫でした。この人のアンサンプルの振付センス好きだわあ。

福田雄一への期待が天井に張り付いている私、劇場に行くたびに魅力的な次回作のちらしをもらいますが、次はどうかなあ。

 

文楽「夏祭浪花鑑」@国立劇場

201809    文楽「夏祭浪花鑑」、6月の歌舞伎座で、鳥居前、三婦内、長町裏を、吉右衛門丈の団七で見ましたが、こちらは2部4時間半、6場の通しでたっぷり。

団七(桐竹勘十郎)と一寸徳兵衛(吉田文司)、釣船三婦(吉田玉也)の筋を通す男たちが、主筋礒之丞と琴浦を守るために、小悪党たちと戦い、その中に団七の義父義平次(吉田玉男)殺しの場面があるというお話(←はしょりすぎ)。

登場人物は、さらに妻たちや悪党も含め多いので、あらすじなどを読むとやや複雑に見えるのですが、人物たちの出会いや関係が丁寧に描かれつつも、テンポよい会話で話が進むので、芝居に引き込まれて全編面白く拝見しました。義太夫も、歌うところは少なくて普通の会話に近く、それ自体は好みがあると思いますが、とても聞きやすかったです。

わかりやすいのは、人物描写が一貫していて、きっちり描き分けられている脚本の完成度によるともいえるでしょう。とにかく団七、徳兵衛、三婦がかっこいい。とくに最後の場は、友情と心意気にぐっときました。お梶、お辰、おつぎの女房たちも夫たちに劣らず肝の据わったいい女たち。

一方、手代奉公すればその店の娘お中といい仲になってしまう磯之丞、やきもちをやく琴浦とのやりとりも楽しいですし、小悪党の伝八、弥市も生き生きとしています。義平次も道具屋に出てくると、その後の長町裏の殺しに至る流れが納得できます。

団七、人形なのに諸肌脱いで、筋肉のついた大きな体を見せ、走るわ見得を切るわ、台詞以上に、団七という男の魅力を見せつけるよう。殺し場では勘十郎さんの顔も紅潮。義平次との緊迫した場面は見ごたえがありました。

夏芝居とあって、太夫さんたちも白い着物、人形遣いさんたちも夏着物。長町裏では、織太夫さんと三味線の方は団七縞の裃で珍しくかわいらしかったです。人形たちも、リアルな団扇使いで、蚊に喰われては裾をまくってぼりぼり掻いたりして。

ところで、お辰が、「徳兵衛が惚れてるのは顔でなくてここでござんす」と啖呵切る台詞はありませんでした。あれは歌舞伎役者の工夫なんでしょうか。だとしたらすごいですね。待ってたのでちょっと残念でした。

来日ミュージカル「オペラ座の怪人ケンヒル版」@シアターオーブ

201809kenhill     6度目の来日公演となる、「オペラ座の怪人 ケン・ヒル版」です。あのアンドリュー・ロイド・ウェバ―のファントムは1986年初演、ケン・ヒル版はそれに先立つ1976年に初演されたもので、原作は同じガストン・ルルーの小説です。今回は、ロイド・ウェバ―のファントムを何度も演じているジョン・オーウェン・ジョーンズ(以下JOJ)がフィーチャーされたカンパニー。

お話は基本的にはロイド・ウェバ―と同じ、というのは、原作が同じだから当然なんですが、より原作に近いんだそうです。違うのは、オペラ座の新支配人リチャードが重要な役で物語を進行していくことと、クリスティーヌの恋人ラウルがこのリチャードの息子であるということと、原作に出てくるペルシャ人が出ることと、メグ・ジリ―らしきダンサーがマダム・ジリ―と関係なさそうなことくらいでしょうか。

名曲揃いのロイド・ウェバ―版に比べると、曲はオペレッタ風で(クラシック音楽に詞をつけたもの)、ミュージカル的に心情に訴えるものが少ないのがやむをえませんが、JOJはもちろん、ヒロインのクリスティーヌ役のヘレン・パワーはさすがのうまさ。

また、このカンパニー(オーブのサイトには、JOJとヘレンしかしかクレジットされていませんが)、リチャード役の方はじめ、皆さん明瞭なイギリス英語のベテラン俳優が多く、芝居が練れていて、コミカルなシーンも面白かったです。オーブの最近の来日ミュージカルがRENTコーラスラインと若い俳優が多いカンパニーだったので、対照的。つか、イギリス人て芝居うまいなあ。

ファントムはたいしてみんなと絡みもなく、ただ次々と殺人しているだけなので、JOJとしてはやりがいなかったかも。途中まで、ペルシャ人と二役かと思ってました。そんな歌舞伎みたいなことはしないのか。

そして、腕に覚えのあるロイド・ウェバ―が、これを見て、「オレならサラ・ブライトマンを主役にしてもっと感動的なミュージカルにして見せる」とはりきったのも目に浮かぶようです。

さて、終演後は、スペシャルアンコールとして、JOJのレミゼの「Bring Him Home」。サビでは、この曲ってそんなに力込めて歌い上げるんだっけと思うほど、ちょっと欲求不満だったのかしら、JOJ。さんざん大手町ホールのコンサートの宣伝をしていましたが、そのオレ様感はきらいじゃなかったです(←もうオレ様キャラにマヒ)。

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