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2017年9月

山本耕史の「植木等とのぼせもん」

Photo    実際にどのくらい見られているかわからないけど、けっこう評判のNHK土曜ドラマ「植木等とのぼせもん」。クレージーキャッツの植木等(山本耕史)とその新米付き人、後の小松政夫(志尊淳)の物語。以前の「トットてれび」同様、当時の番組の再現度がなかなかです。クレージーキャッツ、人気のピーク時はさすがに知りませんが、上品なコメディセンスあるメンバー個々はお馴染みでしたし、一時期はベスト盤をよく聞いていました。青島幸雄の突き抜けた歌詞、植木等の歌が好きでした。

私はもちろん山本耕史目当てで見ているんですが、彼の植木等の歌のうまさ、単なるモノマネに止まっていない、真面目な人柄を表現する演技がとてもいいです。「スリル」の続編や映画化が、小出恵介の件で望みが絶たれたのを埋め合わせてくれています。もちろん、父の伊東四朗、ハナ肇の山内圭哉、谷啓の浜野謙太といい味出してますし、志尊淳が健気でかわいく、植木等を敬愛する気持ちにあふれてて気持ちがいいです。

このドラマで、山本耕史という俳優の実力がまたちょっと広まった感があってうれしいなあと思っていたところ、ちょっと古い2013年のものですが、ファンにはおお、という記事を見つけました。長い大特集です。

朝日新聞GLOBE 突破する力 山本耕史

この最後のページが、演出家ジョン・ケアードさんインタビュー なんですが、レ・ミゼラブルのガブローシュのオーディションの話をしています。この役は生意気で荒っぽい少年なんですが、イギリスではすぐ見つかるが、日本の子はおとなしい、しかし、耕史は「まだ小さいのに自信に満ちていた。演じることが好きで好きでたまらないという様子で、すでに一人前のちいさな役者だった。自分をどんどん外に出して表現することを、当時すでに自然にやっていました。」。

←この感じ、猿之助と同じ!

そして、ケアードさんが日本で初演出した1980年代には、日本では古いミュージカルの歌い方、大きなビブラートが主流だったのに対し、「耕史は、ビブラートの幅を小さく抑え、ぶれずに力強く発声する歌唱法を身につけた最初の役者の一人だったと思います。しかも単に身につけるだけでなく、この歌い方を本当の意味で理解し、非常にうまく歌う先駆け的な役者になった。」

さらに、「彼には他の人にはない、特別な素養がある。一つは、お芝居をしている時に、非常にリラックスしていること。これは演技への自信からくるものでしょう。舞台で自然体でいられるということは、役者としてもっとも重要なことです。」

くー、さすが、名演出家、通り一遍の誉め言葉でない、耕史の特質を具体的かつ的確に語っていて、まさにその通りだと思います。ケアードさんは、その後も耕史と折に触れ会ったり、舞台を見たりしているそうです。ご自身の目の確かさを確認したことでしょう。

この記事では、ほかにも演出家、舞台美術家などが山本耕史をほめています。身体能力やキレのある時代劇の立ち回り、驚異的なセリフ覚えと、もともとの資質に加えて、影での努力、それを感じさせない現場での明るさ、共演者への気配り。このドラマでも、すごい綱渡りまで見せてくれました。

一緒に仕事をした人々から深い愛情を受けている彼、「植木等とのぼせもん」のスタッフにも愛されている雰囲気が感じられて、うれしいです。ネットでは、「どうしてもNHKは山本耕史を脱がせ、立ち回りをさせたいらしい」なんて言われてますね。

10月期はテレ朝の昼ドラ「トットちゃん」でもトットちゃんのお父さん役だし、12月にはメンフィス再演ですし、楽しみ!

幸四郎の「アマデウス」@サンシャイン劇場

Amadeus    再演されたら、とにかく絶対に見ようと思っていた幸四郎さんの「アマデウス」です。

ピーター・シェーファー原作、ロンドン初演1979年、ブロードウェイ1981年(トニー賞受賞―「モーツァルト」の記事の下の方をご覧ください)、映画1984年大ヒット、という歴史を持つこの作品、本当によくできた、過不足のない人間ドラマです。

日本では早くも1982年に幸四郎さん主演で上演されています。このときのモーツァルトは38歳の江守徹さん、名優で舞台自体も好評だったようですが、ちょっとおじさん過ぎる感じ。映画のトム・ハルスの怪演を思い浮かべると、この後1995年から2004年までに3回演じた染五郎(95年は22歳!)の方がぴったりきます。つか、この役ほんとに染ちゃんに合ってたはず!

で、その後の悪くなかったであろう武田真治の後、今回のモーツァルトは、ジャニーズWESTの桐山照史。「あさが来た」での、おっとりした跡取り榮三郎を、くっきりと演じていた彼なので、ある程度期待していました。

さて、舞台は老いたサリエリ(幸四郎)の独白、そして回想で始まります。老人から壮年への切り替わりが鮮やか。音楽と神に身を捧げながら、才能は与えられなかったサリエリ。俗物というか平凡な人間であるサリエリを、幸四郎らしい、多彩な声で、ときに軽妙に、深刻に演じます。ときどき交じるイタリア語も一番流暢(意味はわからないんですけど)。堂々たる容姿もあって、改めて、現代劇の俳優としての凄さを感じました。歌舞伎をやっていなかったら、演目の選択のセンスも含めて、本当に劇界の巨頭となっていたことでしょう。

「ヴェニスの商人」の猿之助のような、歌舞伎そのものを感じる場面は少ないんですが、目の動きはやはり歌舞伎のものですし、驚いたのは、「仏倒れ」!長身の幸四郎さん(御年75歳!)が 突然バタッと見事に倒れたのは大迫力でした。幕間で、年配のご夫婦が、「やっぱり幸四郎は歌舞伎よりこっちよね、楽しそうに演じてる」とおっしゃっていたのが、その通り、と密かにうなづいておりました。しかし、先日見たばかりの「幡随院長兵衛」の吉右衛門さんを思い出すと、容姿と実力を備え、70代の今でもこれだけのものを見せてくれるご兄弟、すばらしいです。

そして、桐山くんもさすが力演。1幕の能天気なモーツァルトのセリフも動きもキレキレでしたし、2幕の困窮しながらも自分の才能を信じている切なさをしっかり演じていました。演出も幸四郎さんですから、その熱演をみながら、半端なことはできないと思ったことでしょう。コンスタンツェの大和田美帆も、はっきりしたきれいな顔立ちで力演でした。

見る前は、なんとなく3人芝居なのかと思っていたんですが、皇帝や楽師、サリエリの愛人や観客など、出演者はけっこう多数。立川三貴さんはじめ、隙のないみなさんでしたが、配役は出ていませんね。皇帝の方、成田三喜男さん的な妙な気品があってすてきでした。

観客は、意外に桐山くんファン多数。でも、「あー、なんか本物を見た、って感じ」と口々に言うのを聞いて、(そうだよね)とうなずく帰り道でした。

(いつも載せているチラシ画像、ほんとは桐山君と大和田美帆の3人なんですが…松竹サイトでもこれなんですね…)

(追記)

10月15日の情熱大陸は、アマデウス上演前後の幸四郎さんでした。稽古時の幸四郎さんの緻密さ、やはり隅々まできめ細かい演出をなさっていて、これでは桐山くんも大和田美帆さんも、アンサンブルも隙のない演技を見せてくれるはずです。

今でもダンディな幸四郎さん、さすがに1日の稽古や終演後にはお年を感じさせるところもあるんですが、実際に見た舞台でのエネルギーはすごいものがありまして、本当にいい舞台を見せてもらった、と改めて思いました。

宝塚月組「All for One-ダルタニアンと太陽王」

Allforone   見た友人が、口を揃えて「面白い、よくできてる、楽しかった!」というので楽しみにしていた宝塚月組「All for One」です。月組は昨年の「NOBUNAGA」以来で、そのとき準トップだった珠城りょうがトップ、娘役トップはそのときと同じ愛希れいか。

さて、副題でもわかるように、設定の元はデュマの「三銃士」で、銃士隊の新入りダルタニアンが人気者の三銃士と協力して王妃のために戦い、恋を手に入れるというもの。「三銃士」、子どもの頃挿絵入りの本が大好きでした。翻訳が柴田錬三郎だったんですが(父が「シバレンがこんなの書いてるのか」と言ったのが、その人ダレ、と印象的だったので覚えている)、挿絵の彼らがイケメンだったんです。とくにアラミスは人物紹介で「美形で笑顔は貴婦人のような気品があり、女性にもてる」というようなことが書いてあってお気に入りでした。

そのアラミスは、NOBUNAGAでもかわいい秀吉を演じていた美弥るりか。この方、小柄で髪もなびかせてて女子なんだけど男というところが、少女マンガ的で彼女独特の魅力があって好きです。リーダー格のアトスは髭もりりしい宇月颯、力自慢のポルトスは暁千星。銃士隊で長い剣を合わせる三銃士、かーっこいい!これにガタイのいい珠城りょうが加わって、迫力です。

お話は、原作と離れて、太陽王ルイ14世(愛希れいか)は実は女子だったというもので、このルイが、バレエ踊ったり男と女行ったり来たりして大活躍。ヒロインとしてはコメディセンスもあって熱演でした。話はオリジナルでも悪役宰相マザラン(一樹千尋)とその甥たち(ベルナルドの月城かなと、美形でステキ)と闘うのは同じで、テンポよく進む話に個性がくっきりしたキャストの好演、きっちり回収される伏線と、見ごたえがありました。とくに殺陣は、一歩間違えばケガをしそうな長い剣での迫力ある立ち回りで、皆さんすごい体幹と体力!

いつも専科の方がうまいなあと思うのですが、沙央くらまのコメディエンヌぶりも楽しかったです。この方、NOBUNAGAで足利義昭を面白く演じていましたが、女性になってもきれいな方なんですね。来年退団だそうで、またどこかで見られるかも。

 

「ファインディング・ネバーランド」来日公演@シアターオーブ

Neverland   オーブの来日公演、「ファインディング・ネバーランド」です。「ピーター・パン」の制作に至る作家ジェームズ・バリのエピソードを描いた2004年の映画「ネバーランド」(原題はミュージカルと同じFinding Neverland)のミュージカル化で、ブロードウェイ初演は2015年3月、2016年8月にクローズしてから、全米ツアーに出ており、今回はそのキャストによる公演ですね(http://findingneverlandthemusical.com/)。残念ながら、トニー賞にはノミネートされていないようです。

ジョニー・デップ、ケイト・ウィンスレットの映画を直前に見ていったんですが、この、ミュージカルの方がずっとうまく表現できていると思いました。例えば、ジェイムズ・バリと少年の遊びのシーン、映画だとそれ自体は面白くないですが、ミュージカルの舞台なら楽しい歌とダンスのシーンになりますよね。ジェイムズとシルビアの関係も丁寧に描かれて説得力があるし、バリ家のディナーパーティもお客が多くて印象的な場面、アンサンブルは俳優たちという設定で、バックステージ的な場面もうまく使われていました。

ジェイムズのビリー・タイは正統派のハンサム、歌声。シルビアのクリスティン・ドワイヤーは、イギリスの上流家庭出身の雰囲気は薄いですが、明るくパワフル。プロデューサーのフローマン氏のジョン・デイビッドソンと、デュ・モーリエ夫人のカレン・マーフィーが役の個性をくっきり演じて、秀逸でした。

しかしこのミュージカルで一番魅力的なのはシルビアの四人の子どもたち。終始生き生きと、この時期にしかない男の子のかわいらしさに溢れていて、見事。とくに中心となるピーター(コナー・ジェイムソン・キャセイ)は、最初の不機嫌な顔から、ジェイムズに心を開いていく変化がとってもよかったです。男の子4人の歌のシーンも素敵でした。

シルビアと4人の子どもたちの家族愛、そしてデュ・モーリエ夫人とジェイムズが残された子どもたちと歩み出す場面にはほろっと泣かされちゃうんですが、その部分も適度で、傑作ピーター・パンが生まれた想像力のすばらしさを描く、いい作品でした。

映画「ネバーランド」

Photo   2004年のジョニー・デップ主演の「ネバーランド」です。 

ジョニデはロンドンの人気劇作家ジェームズ・バリ、今スランプですが、かわいい4人兄弟と知り合い、少年の気持ちを取り戻します。名家の出ながら、夫の死後、実家の母に頼らず孤軍奮闘する兄弟の母シルビア(ケイト・ウィンスレット)。この一家にますます入れ込むジェイムズは、妻と気まずくなっていきますが、少年たちをモチーフにした作品の「ピーター・パン」は、大当たりとなります。しかしシルビアは無理がたたって健康を損ねていました…。

「ピーター・パン」の初演は1904年、その当時のイギリスの雰囲気が、衣装やインテリアや劇場に現れていてステキです。「ピーター・パン」の劇中劇も、ワイヤー・アクションが飛んでいる感じをうまく出していて、お、宙乗り(←はいはい)と思いました。

ま、でも、シルビアとジェイムズの心の通い合いがさほど描かれていなくて、ケイトは相変わらずうまいなと思うんですが、なんかあっさりした映画でした。印象に残ったのはむしろシルビアとその母(ジュリー・クリスティ)の関係だったりして。

兄弟のうち3男のピーターが、父の死により屈折していて、でも創作に意欲を示すということで、とくにジェームズと親しくなるのですが、この瑞々しい少年、イギリスの子役はうまいなあと思ってたら、「チャーリーとチョコレート工場」(2005年)で招待されるかわいい少年と同一人物(フレディ・ハイモア)でしたよ。フレディくん、こんなメジャーな映画に8歳やそこらで2つもいい役をしていたら、末はどうなるんだろうというところですが、その後ケンブリッジ大学の二つの専攻をダブル・ファーストで卒業し、しっかり俳優の道も進んでいるそうで、よかったですね。

映画「ウォルト・ディズニーの約束」

Photo   2013年の映画「ウォルト・ディズニーの約束」です。

「メアリー・ポピンズ」の作者パメラ・トラヴァース(エマ・トンプソン)は、ディズニーによる映画化のために、イギリスからロサンゼルスにやってきます。ミュージカルも楽天的なメアリー・ポピンズの性格も、バンクス家の設定もディック・ヴァン・ダイク気に入らないことだらけ。銀行家だったのにアルコール依存症で若くして亡くなった父(コリン・ファレル)のことがフラッシュバックします。しかし、金もうけしか頭にないと思っていたウォルト・ディズニー(トム・ハンクス)の熱意や誠実さに、トラヴァースは徐々に映画を受け入れ、傑作映画が完成します。彼女はこの映画のラストに、父が救われた気持ちになるのでした。

心にトラウマを抱えたかたくななイギリスの婦人と、ただ愛されるいい映画を作りたいディズニーのスタッフとの対比が鮮やかです。「メリー・ポピンズ」は、子どもたちと繰り返し見て、ジュリー・アンドリュースとディック・ヴァン・ダイクに魅了されましたので、このゴタゴタが、最後には成功につながると、安心して見ていられました。ラスト、プレミアで、控えめに感動を現すエマがほんとに素敵で、いい後味でした。

たしか公開時には、トム・ハンクスがウォルト・ディズニーにそっくりと話題になっていたと思いますが、イギリスを代表する名女優エマ・トンプソンの演技を味わう映画。そして、ダメ男のコリンファレルがステキ。運転手のポール・ジアマッティとの友情もジンときました。

原題は「Saving Mr.Banks」。トラヴァースの父に重なる「メリー・ポピンズ」の父Mr.Banksが人間性を取り戻すストーリーと、BankとSaving(貯金)をかけたうまいタイトルなんですが、さすがに日本ではこのストレートな表題の方がわかりやすいでしょう。けなされることの多い邦題の中では、なかなか秀逸だと思います。

「百鬼オペラ羅生門」@シアターコクーン

Photo   主演は柄本佑と満島ひかり、羅生門ほか芥川龍之介原作、イスラエルの鬼才インバル・ビント&アブシャロム・ポラック演出・振付・美術・衣装という、かなり異色の舞台、「百鬼オペラ 羅生門」でございます。

ビント&ポラックさん、かなり美術的な感覚の優れた方たちのようで、舞台の枠に描かれたイラストがすてき。グッズも、マスキングテープ、ハンカチ、タイツ、豆皿と、そのままおしゃれ雑貨屋に並んでいそうないいモノでした。もちろん、舞台背景、不思議な植物なども効果的。

お話は、芥川の羅生門、藪の中、鼻、蜘蛛の糸をモチーフに、羅生門の男&山賊多襄丸(柄本佑)、女(満島ひかり)、夫(吉沢亮)、羅生門で死人の髪を集める女&男の母(銀粉蝶)、鼻の内供(田口浩正)、内供の弟子(小松和重)ら主要キャストと、鳥や死人やいろんなものに扮するアンサンブルのダンスで進んでいきます。

芥川は大好きだったので、これらの短編がどう分解されても大丈夫、自在な表現自体を楽しむという舞台で、特にアンサンブルは、モダンバレエというか、昔体育でやった創作ダンスが高度になるとこうなるのかという豊かな表現で、ほんとに素晴らしかったです。

柄本佑、ちゃんと見たのは「あさが来た」だけですが、この方、背が高くて、顔が小さくてとってもステキ。いやー、この舞台第一の収穫でした。満島ひかり、舞台では初めてですが独特の雰囲気、華奢ながら力強い演技、若干絶叫するとセリフが聞きづらいところはありましたが、惹き付けられるものがありました。銀粉蝶さん、見るたびにまったくちがう雰囲気はさすが。

満員の客席、立ち見も多数で、評判もよいのでしょうが、今の私としてはですよ、心を動かされるまでには至らなかったというか、それは、やはり演奏はともかく(楽器も凝っていていい音が鳴っていました)、歌が弱いんですよ。ただ歌っているだけで歌う意味が感じられない使い方なんですよね。ああ残念。

そして、キャストの無国籍な衣装が、凝った舞台や照明と比較するとやや底が浅い感じがしました。前述のとおり、芥川の作品世界がわかっていれば理解はできますが、羅生門の死と生が隣り合わせであるという状況は、やっぱりちょっと歴史的な背景があってこそなので、時と場所がなくなると、説得力に欠けるんですよね。もちろん、モチーフとして使ったうえで表現したいものをしたいように実現した舞台なんだと思いますが、感心はしますが感動はしなかった、ということかな。

「百鬼オペラ」というタイトルから、ミュージカル的なものを期待しすぎたのかもしれませんね。笑いもほとんどなかったしね。

秀山祭九月大歌舞伎「彦山権現誓助剱 毛谷村」「仮名手本忠臣蔵 道行旅路嫁入」「極付 幡随長兵衛」

Photo  秀山祭昼の部です。1つめは、「毛谷村」。直前まで、「野崎村」とやや混同していましたが、まったく似たところのないお話ですね。

毛谷村に住んでいる剣豪 六助(染五郎)のところに、旅の老婆(吉弥)、虚無僧の成りをして訪ねてくるお園(菊之助)。お園は親の仇と切りかかりますが、実は六助の師の娘で許婚、仇を共に討つことになります…。

娘ながら武術に優れたお園の菊之助、さすがかっこいい!忍び(音蔵)と立ち回りの場面がたっぷりあるのですが、この音蔵さんの動きが感心するほどキレッキレで、とってもよかったです。さてそのかっこいいお園が、六助は許婚であったことがわかると、「ほんによい殿御」と喜ぶところがかわいくて。2月の「梅ごよみ」同様、染菊はいいコンビです。

染ちゃんも、その前の弾正に騙されたり、吉弥に驚くところなど、どこかのんびりしていて、でもいい男で強くて、合ってます。お話は、見知らぬ許婚と姑と仇と師にお園の妹の子までがつながって、いくらなんでも都合がよすぎるんですが、配役がよくて、楽しく見られました。

2つめは、藤十郎の戸無瀬と、壱太郎の小浪で「道行旅路嫁入」。昨年の国立劇場 忠臣蔵通しでは、魁春・児太郎でした。壱太郎そそとしてきれいなんですが、相変わらず歌詞もよくわかってない苦手な道行、ありがたいのに睡魔が…すみません。奴の隼人が、昨年よりぐっとうまくなったように見えたのもどうでしょうか。

さて、いよいよ名作、「極付幡随院長兵衛」

最初の劇中劇からして、荒事を演じる又五郎さんが力いっぱいで見ていて楽しいのに、そこでの旗本水野方の坂田金左衛門(吉之丞)とのゴタゴタを長兵衛(吉右衛門)が治めるところが、花道をうまく使って、劇場全体が大盛り上がり。この芝居、よくできています。ここは、1階席で見たかった!

さて、子分が集まっている長兵衛の家に、宿敵水野(染五郎)から呼び出しがかかります。命を捨てる覚悟で行く決心をする長兵衛。羽織袴に着替えるのを手伝う女房お時(魁春)。

このとき、途中から後ろ向きだったお時の手が止まり、黒衣が長兵衛刀や扇子を手渡すのを不思議に思っていると、横を向いた魁春さん、鼻血で血まみれ。押さえても止まらない感じで、畳や衣装にも。しかし、長兵衛と子分唐犬(歌六)や子役の活躍で、一応舞台は幕まで進みましたが、鼻血かどうかもその時点でははっきりしておらず、気が気ではありませんでした。

決死の覚悟で出ていく亭主を見送るのは、「め組の喧嘩」と似ていますが、どことなくほのぼのとしていた菊五郎・時蔵夫婦と比べて、こちらは結末が違いますし、魁春さんはどんな女房で送ったのかなあと、残念でした。

3幕は水野家。染五郎・錦之助の腹黒さに対してどこまでも誠実で男らしい長兵衛。たたずまいから何から、立ち回りもかっこいい、男の中の男!最後は、風呂場でだまし討ち、ああ。でも水野、ちょっと長兵衛暗殺に後ろめたいと思っている感じが出ていて、あまり憎めませんでした。染さんだからか。

話は戻りますが、この演目、子分たちの個性も際立っていて、ほんとはもう少し長く、長兵衛一家の描写もあるといいのにな、水野との因縁も含めてもっと見たい、と思ってしまいました。長兵衛の決意を聞く亀鶴、歌昇、種之助の顔が真剣で、播磨屋の至芸を見落とすまいといった風情にも見えました。

(夜の部の破戒清玄でも、清玄が破戒するきっかけを作る山路役を端正に演じていた魁春さん、この日は結局東蔵さんが代役でした。19日以降はまた舞台に戻られるそうで、ほんとによかったです。→と思ったのも束の間、朝になったら、残り全て休演と言うお知らせが!大事なく、早く全快されますようにお祈りいたします。)

(追 記)

魁春さん、中2日お休みして21日から復帰したということで、「幡随院長兵衛」を幕見で再見しました。

2幕、長兵衛の着替えのところ、本来のお時の動きで、ああ、後ろを向くところなどなく、着替えは舞台中央で仕上がる手順で、お時と長兵衛の気持ちがせつないシーンだったんですね。今度は落ち着いて、長兵衛の表情をじっくり見られて感動。幕見席は立ち見もあるほぼ満員の歌舞伎座が、くーっと吉右衛門さんに惹き付けられる緊張感、ああ、再見してよかったー。

そして、魁春さんのお時、やっぱりこの幕の最後までセリフや子役との絡みもあるんですよ。あの日、着替えの一瞬を除き、まったく何事もなかったようにお芝居を続けた吉右衛門さん、歌六さん、又五郎さん、そして子役ちゃんに改めて感嘆しました。

小山観翁「歌舞伎通になる本」戸板康二「歌舞伎ちょっといい話」中條嘉明「歌舞伎大向 細見」

Photo   相変わらず歌舞伎の本を読んでます(記憶力が不確かで内容をよく覚えていないのがザンネンなんですが)。

1冊目は、古典芸能評論家、イヤホンガイドの導入に尽力し解説者としても長く務めた小山観翁さんの「歌舞伎通になる本」(1993年)。

花道や大道具、小道具の区分けなど歌舞伎の知識、見得や演出、女方といった歌舞伎の演劇としての特色、役者の世界のしきたり、過去の名優、歌舞伎役者切手誕生の裏話など、235ページの単行本としては驚くべき情報量です。歌舞伎の成り立ちや、江戸と上方の違いなど、各話に歴史的な深みがあって、たいへん興味深く読みました。何より、1929年生まれということで、戦中から戦後にかけての名優たちの記憶も確かで、歌舞伎界の変化についても窺うことができます。

この方、「勧進帳」がたいへんお好きなようで、何度か違う角度から取り上げています。実は、先日見たオペラ座の「勧進帳」の解説が、小山観翁さんだったんですよ。たしかに、解説も熱がこもっていたような気がします。この本で、いい勧進帳の見分け方、は最後に弁慶の富樫への感謝を感じられるかどうかだ、とおっしゃっていますが、初歌舞伎で見た勧進帳の弁慶の礼で泣けた團十郎さんは、やはりよい弁慶役者だったってことですかね。

お、と思ったのが、「子役」の項で、「蘭平物狂」の子役の大役繁蔵に出た子の父が、初日に風疹を発症してひやひやしたという話なんですが、その父というのが市川延夫、そう、今ブログで大人気の澤瀉屋の猿三郎さんですよ。そんなことがあったんですね。

Photo_2 

小山さんより少し年上(1915年生まれ)の演劇評論家・小説家の戸板康二さんの「歌舞伎ちょっといい話」。昭和58年から平成4年までの歌舞伎座の筋書(パンフレット)に連載されたコラムを集めた文庫本です。筋書に載っているわけですから、当月の芝居ではなく、その演目にまつわる思い出話が主で、さらに古い昔話なんですが、「歌舞伎――家と藝と血」を読んでますからね、名前と役者の格だけはイメージがあるので、それなりに面白かったです。

よく出てくるのが、九代目團十郎、六代目菊五郎、十五代羽左衛門。戸板さんは、初代猿翁のロシア旅行に同行しており、猿翁さんのこともよく出てきます。このロシア旅行があの「黒塚」のヒントになったんですよね。歌舞伎にまつわる駄洒落も多く、洒脱なお人柄がうかがえます。

この本、役者名と演目名の索引がついていて、歌舞伎事典としても使えます。

Photo_3
3冊目はちょっと毛色が変わった本、中條嘉昭さんの「歌舞伎大向 細見」。

1936年生まれ、サラリーマンの傍ら、長年大向として活躍してきた方の、大向の歴史、掛け声のルーツ、歌舞伎役者の身分、見得、掛け声のタイミング、屋号、実際の演目におけるかけどころ、等について、丁寧に解説されています(各論は詞書に合わせて細かく記載されているので、全部は読み切れていません)。

大向、いろいろルールがあるのだろうと思っていましたが、やっぱりきちんと受け継いでいるものがあるんですね。見ていて気になるのは、特定の役者に多すぎたり、立派な見得なのに掛け声がなかったり、二人で出ているのに片方だけだったりというパターン。拍手が多すぎると(自然発生のものはいいんですよ)、芝居の流れに差し支えたりするので、掛け声がうまく入ると芝居が止まらず、それが歌舞伎の良さだと思います。ちょうどいい大向さんがいると、観劇の満足度はあがりますが、これからもそれが続くのか、ちょっと心もとない気も致します。

本の中で、ちょっと異様にみえたのが、平成19年ごろ、松竹から、玉三郎の出演する演目に大向の声掛け禁止が言い渡されるくだり。演目全部だったり、勧進帳で玉三郎の演じた義経にだけ禁止だったり。控えめな書き振りながら、筆者はかなり怒っている様子なんですが、この頃だけだったんでしょうか。

KERA meets CHEKHOV 「ワーニャ伯父さん」@新国立劇場小劇場

Photo    ケラリーノ・サンドロヴィッチがチェーホフ作品を演出するシリーズの第3弾ということで見てまいりました。新国立の小劇場、小ぶりで見やすい劇場ですが、舞台が客席に向かってでっぱっているというか、袖の前の方が解放されていて、舞台と客席の一体感があります。下手にギター演奏の伏見蛍さん。うん、生演奏はやっぱりいいです。

さて、「かもめ・ワーニャ伯父さん」という文庫本、チェーホフ好きだったし絶対読んでいるはず、と思ったんですが、まったくストーリーは記憶にありませんでした。

ワーニャ伯父さん(段田安則)と姪のソーニャ(黒木華)が切り盛りするロシアの田舎の農園に、退官した大学教授のセレブリャーコフ(山崎一)と、若く美しい後妻エレーナ(宮沢りえ)がやってきて、静かな暮らしを乱します。ワーニャと友人の医師アーストロフ(横田栄司)は、エレーナに惹かれますが、地味なソーニャは、アーストロフに恋していたのでした…。

このほか、小野武彦さんや母の立石涼子さん、ばあやの水野あやさんと、見た目でも雰囲気のある実力派揃い。シンプルなセットと小さな空間、そして照明(関口裕二)が秀逸でしたですよ。ろうそくと部屋の明かり、窓の外の表現や、女優を美しく照らず下からのライト。宮沢りえが光り輝いてました。

さて、お話はですね、淡々としてまして、時々くすっと笑わされるんですが、そちらを特に狙っているわけではなく、特に1幕は、セレブリャーコフが何者?そしてワーニャ伯父さんは何してる人?伯父さんって誰からみた伯父さん?ソーニャはなんで父(セレブリャーコフ)じゃなくて伯父さんとここで働いているのか、などと疑問が次々に浮かびます。

それはともかく、宮沢りえの美しいこと!彼女としてはとても普通の女性の役柄ですが、その分、彼女の確たる実力を改めてしる思い。そして黒木華、やっぱりいいなあ。生き生きと愛らしいんだけど「私は美人ではない」というセリフが無理でもない感じ。

2幕はちょっとお話が動いていきます。エレーナたちは去っていきますが、やっぱり何でワーニャ伯父さんとうら若い(失恋もした)ソーニャが農園で働いてセレブリャーコフたちに仕送りしなきゃいけないのかも、今の感覚からはちょっと納得いかなくて、すっきりしない。

最後、「耐えて働いて、そして時が来たら死んでゆっくり休む」という趣旨のソーニャのセリフが有名なんだそうですが、かなり豪華な農園の屋敷に住んでるわけですからね(持ち主はソーニャ。でも切り詰めて仕送りしているらしい)、日本の貧しい庶民のお話とはちがうんですよねえ。

アーストロフが自然派で1000年後のために植林したり、当時の農民の衛生状態を憂えたりしているのは、現代に通じている(初演は1899年ですよ!)、とは思うんですが、肝心のお話がすとんと落ちなかったのは残念でした。

猿之助@「伝統芸能の若き獅子たち(2010)」「ごごナマ」「スジナシ」

猿之助フィーチャーのこれら3本のテレビ番組、すべて9月12日の放映ということで(きゃあ、猿之助まつり!)、録画して見ました。

まず「伝統芸能の若き獅子たち 市川亀治郎」。2010年放送の番組の再放送です。猿之助襲名の2012年に出た「僕は、亀治郎でした。」という本では、この頃の話が詳しく出ていてゆかしく思っていたので、映像で見られて感激でした。

両者を合わせてみると、2009年から始まった亀治郎と3代目猿之助さんの新たな師弟関係、2010年初春からの澤瀉屋の演目の(しかも大作の)復活上演、そして四代目襲名へ、という流れがよくわかります。

2009年末、浅草新春歌舞伎の出し物として、二代目猿之助(初代猿翁)の「悪太郎」に取り組む亀治郎、化粧や振付に苦労していただけに、3代目が稽古を見に来た日、「今日『猿翁さんに似てる』って言われた」と、うれしさを隠せないようにぽろっと言うところがあります。しかし上記の「僕は、亀治郎でした。」によると、このとき、本当は三代目に「猿翁さんに似てるね。…猿之助、継いでね」と何気なく言われた、とあるんですよ!うわあ、それについて、猿之助がどう思ったのか、映像ははっきり語っています。それが見られるなんて。

そして、2月、博多座での猿之助18番の一つ「金幣猿島郡(きんのざいさるしまだいり) 」制作の克明なドキュメンタリー。猿之助ファンなら、彼が新作の苦心を惜しみなく見せるのは当たり前のように思いますが、ほかの役者ではなかなかありません。染五郎、獅童の姿、綿密に打ち合わせる囃方に傅次郎さん、そして不自由な体をおして通し稽古にダメ出しする三代目、そばに寄り添う笑三郎さん。三代目は、自分が半生をかけて作ってきたものが引き継がれるのを見て、そりゃ四代目を彼にするしかない、と思われたことでしょう。

衣装を着けないシルエットで、「金幣猿島郡」の最後の舞踊を少し踊っているシーンも素敵です。当時の華奢な(女形中心だったこともあるのでしょうか)亀治郎の動きの滑らかで美しいこと。白拍子の踊りではずっと膝を内側に曲げたまま、回転のときに少しも体の軸がブレないのがよくわかります。被り物が揺れないのが口伝だとか(「あ、言っちゃった」って、なかなか誰にでもはできないでしょう。

化粧の筆が絵筆であることを説明してくれるお弟子の澤五郎さん、いかにも古風な番頭さんという雰囲気の方ですが、「隈取をするときは坊ちゃんも(猿之助さんと)同じようにやって…」の坊ちゃん呼び!あの大人数のキャストとスタッフをまとめ上げて細かい指示を出しているヒゲの濃い大人なのに。

NHKの午後のバラエティ「ごごナマ」は、ワンピース歌舞伎再演を前に、猿之助と尾上右近がゲスト。紹介に黒塚や四の切(狐忠信の回転は、先月のみっくんに比べてやはり格段の美しさ!)、二人が共演した連獅子の映像があったり、二人のほほえましい関係をうかがわせるエピソード満載で、さすがNHK、たっぷりでした。

質問コーナーで、「相手よりいい男だ」にYESと答えた猿之助、理由を問われて、「実際には彼の方が若くてかっこいいかもしれないけど、自分がいい男だ、と思って出なければ、お金を払っていただくお客様に失礼」。――ああ、なんていい言葉。どんな役でも常にドヤ顔の、究極のドヤ役者、ですもんね。

最後はTBSで深夜に放送された「スジナシ」。鶴瓶がゲストと台本なしの即興で観客の前で芝居をし、あとから録画を見ながら振り返りを行う、というシリーズ。

今まで見たことがなかったので、ほかの俳優と比較してどうかはわかりませんが、とある理事長室を舞台に、理事長カモイケ(猿之助)が政治スキャンダルで逮捕の危機、信者をどうする、と傀儡教祖(鶴瓶)と話し合うという設定を猿之助が強引に作り、関西弁を封じられた鶴瓶がタジタジとなるという展開。でも本人がいうほど何もできなかったわけではなく、ちょいちょい繰り出すジャブもあって、なかなか面白かったです。「カリスマに足りないものがない」なんて、へんなセリフもありましたが、力でねじ伏せた感じ。

振り返りで話す内容がやはり論理的で、ファン的にはそちらも見どころ。実名をちょっと変えて、政治批判だと言われないようにしてきた歌舞伎の技を使ったとか、スーパー歌舞伎の「大いなる詐欺師」のセリフを使ってみたかった、とか。

というわけで、いろいろな猿之助をみられた、たいへん充実した1日でありました。

亀治郎/猿之助関係のコンテンツを検索していたら、こういうのもありました。玉木正之さんの亀治郎インタビュー初出は2001年です。亀治郎の言っていることが、驚くほどその後と同じなんですが、それより注目は、2000年頃のスーパー歌舞伎「新・三国志」で本水の立ち回りをした直後の亀治郎の顔についての、玉木さんの以下の記述。

「花道に立っていた役者の横顔がよかった。見事だった。まるで客席を睥睨するかのように、顎を突きあげていた。その姿は傲岸不遜のようでありながら、若き花形役者ならではの心意気と美臭が匂い立っていた。 観客に媚びず、しかし、観客を侮らず、「何なら、もう少し、お水をおかけしましょうか……」とでもいいたげな若者…」、

これですよ、これ。それから20年近くたっても、変わらない彼の魅力です。

そしてもう一つ、首都大学東京の高本教之助教の「三代目から四代目へ…「市川猿之助」覚書」 。分析的でありながら、ファン感情満載の面白い論文です。その一節に、2002年の第1回亀治郎の会のときの、三代目の評があります。「非常に才能があるし、努力家で頭もいい。ただ一点足りないのは、華が足りない。それから器量があんまりよくない…(それは自分で克服すべきという趣旨)…」。それに対して筆者は、今では四代目の器量が悪いというのは少数派のようであり、それは顔の造作云々というよりも「華」があるから美しく見えるいという種類のものであるからである。だから、彼の器量の良さは四代目が十年の歳月をかけて自身でえたものり、亀治郎が自ら獲得したもの、と書いています。亀治郎愛にあふれた記述ですよねえ。

このほか、天才子役時代のお話や、三代目が天才子役と評したのは富十郎、十八代勘三郎、亀治郎とか、興味深い記述が続きます。この論文、歌舞伎のもっと大きな話もしているのですが、今日はファン目線の記事なので、割愛します、すみません。

秀山祭九月大歌舞伎「ひらがな盛衰記 逆魯」「再桜遇清水」

201709_2   秀山祭九月大歌舞伎夜の部です。2つめが、吉右衛門さんが「松貫四」という名前で書き、こんぴら歌舞伎で1985年、2004年に自らの主演で上演したという「再桜遇清水(さいかいざくらみそめのきよみず)(読みにくいし、人に何を見たか、言いづらいですね)。

   桜姫(雀右衛門)は清玄(きよはる、錦之助)と恋仲ですが、恋敵から不義と陥れられそうになり、腰元山路(魁春)は、きよはるの命を救うため、恋仲なのは清水寺の清玄(せいげん、染五郎)とであると言い逃れようとします。罪をかぶった清玄は、美しい桜姫に恋してしまい、不義の罪をかぶることにしますが、その代償は大きく、寺を追放されてしまうのでした。そして…。

1幕は赤い清水寺の舞台が明るく、登場人物も明るくて、笑って楽しく見られます。染五郎の清玄は飄々として、二役の奴浪平は軽いながらもかっこよく、立ち回りも、ゆるい役らしい所作ながら鮮やか。赤い傘がうまく使われていて、色彩もきれいでした。

雀右衛門と錦之助はお似合い。錦之助さんって、若々しいのに若手にはない重みもあって、こういうお役はぴったりです。奴の歌昇、種之助も堂々と、それぞれ見せ場もあって、楽しく見られました。

2幕は、桜姫を預かる山路の実家が舞台で世話物の味、3幕は落ちぶれた清玄の庵でクライマックスとなります。

こうした作品の新作というと、いいとこどりというか、見たことのある場面をつなげたような感じがしてしまうのですが、お話自体は知らないので、どうなるかあれあれとそれもまた面白かったです。

染五郎、二役なのもあって、ほぼ出ずっぱりなんですが、ひいき目もあるせいか、ぱあっと華があって、そこが光っているよう。吉右衛門さんとかなり持ち味がちがうと思うので、このお役を吉右衛門さんがやっていたのが意外でした。普段重厚な義太夫ものが多い方なので、こういうお役(かなり色っぽいセリフも多いです)をやってみたいと書いてみたのでしょうか。でもやっぱり染ちゃんの方が合ってるんだけどな。

それにしても、染さん、九月大歌舞伎の初日は1日、3部とも大活躍だった八月納涼歌舞伎の楽は27日ですよ。今月は昼も重い役で、いったいこの方のエネルギーはどうなっているんでしょう。襲名を前にして、大向さんも高麗屋!に力が入っていました。

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戻りますが、1本目は「ひらかな盛衰記 逆櫓」。

旅先で取り違えられた男の子を、母(東蔵)や祖父(歌六)はかわいがっており、いつか実子を返してくれるだろうと待っていますが、ある日その子は木曽義仲の遺児だから返してくれ、しかしこのうちの子槌松は殺されてしまった、とお袖(雀右衛門)がやってきます。怒る祖父に対し、婿(吉右衛門―息子の父ではない)は、自分は義仲の家来樋口で、逆櫓の技を身に着けて義仲の仇を討つために婿に入った、といいます…

さすが吉右衛門さん、美しいセリフ回し、大きな芝居。正体を明かしてからはかっこいい!ちなみに、吉右衛門さんの初舞台は槌松だったそうです。歌六さんも愛情あふれた気骨のある祖父、一幕では主演といっていいほど。

そして2幕、遠景の船を現すために、船頭3人と、大仰な衣装をつけた樋口役の子の4人の子役が演じます。これがかわいい!そして樋口役の子がうまくて立派でした。

ここで再登場の樋口、写真では見たことがありましたが、血を流しざんばら頭、衣装も派手で、すごい迫力です。畠山(左團次)の手にかかるのですが、最後まで堂々としていて力強い樋口でした。義太夫は葵太夫、翔太夫、愛太夫でこちらも熱演。

(追記)

魁春さんが休演から復帰した後、「再桜遇清水」を幕見で再見しました。ちょっとコミカルな味のある染五郎大活躍の1幕だけ見て帰ろうかな、と思ってたんですが、つい通しで。

やっぱり染五郎がかわいいほど愛嬌があって、楽しい気分になれます。染さんとのバランスでは、桜姫は雀右衛門さんよりもう少し若い世代でもいいんですが(昼の部の菊之助との名コンビを見ちゃうとね)、安定感は何より。

魁春さん、改めて見るとほんとに台詞も多く、1、2時間で東蔵さんが代役されたのは、経験があったとはいえ、たいへんだったでしょう。2日目はもう完璧だったそうですね。とにかく、復帰された魁春さん、お元気そうでよかったです。清玄を地獄に落としながら、平然としている魁春さん、強い。3幕の京妙さんもきれいでした。

 

「グローリアス!」@DDD青山クロスシアター

Photo   篠井英介さん、ドラマでは敵ボスの気弱な片腕みたいな役どころが多いですが(失礼)、現代劇の女形を得意としているというのを知り、見てみたい、と思っていたところ、しゃれた3人芝居をやるというので行ってまいりました。DDD青山クロスシアター、200席の小さな劇場で、今はなき渋谷ジァンジァンを思い出すような、舞台と客席が一体となる空間でした。

「グローリアス!」は、英国のピーター・キラー脚本による、実話を基にしたお芝居です。ペンシルベニアの資産家の娘フローレンス・フォスター・ジェンキンズ(篠井英介)は、致命的な音痴ですが、それを認識しておらず、父の死後、遺産を基にコンサート活動をしています。伴奏のため雇われたコズメ(水田航生)は、戸惑いながらも彼女のサポートにやりがいを感じていきます。そして、カーネギーホールでの一世一代のコンサートの機会がやってきますが、そのチケットの売れ行きは…。

篠井さん、美しいんですよ!そして上品。これ、女性がやったら、少し痛々しい雰囲気があると思うんですが、彼が演じることで、安心して見られます。そして、音痴の表現の上手いこと!もちろん、音痴って聞き苦しいのですが、その加減が絶妙で、不愉快までは至らない、一瞬心地よいくらいの歌い方。

水田くんは、テニミュ出身のイケメンで、「ロミオとジュリエット」や「JAM TOWN」でキラキラしたところを見せてくれた人ですが、フローレンスにあきれながらも、だんだんに優しさが滲み出ていく感じがよかったです。

そして彩吹真央は、メキシカンのメイドやフローレンスの友人など各場面で違う役を熱演。この方、ミュージカルコンサートでも、気取らない温かみのあるお人柄だなあと思っていたんですが、その良さが出ていて、とってもよかったです。メイドのスペイン語?は驚愕でした。

生のピアノ演奏に乗って、笑っているうちにコンサート場面。あざとくはないのに、泣いちゃいました。英国の脚本家は、人生のほろ苦さを笑いに乗せて描くのがほんとにうまいなあ。

「ヤング・フランケンシュタイン」@東京国際フォーラム

Photo  とにかく行ける限り行かなくちゃの福田雄一演出のミュージカル、今回は小栗旬主演、夏休み期間中ということで苦労しましたが、何とか見てまいりました。久しぶりの東京国際フォーラムです。

「ヤング・フランケンシュタイン」は、1974年のメル・ブルックスの同名コメディ映画を、2007年にブルックス自身がミュージカル化、トニー賞作品賞もとったヒット作です。ブルックス、「プロデューサーズ」もこれも、作曲も彼ですよ。何たる才能。

お話は、フランケンシュタイン博士(宮川浩)が亡くなり、財産を相続することとなった孫の脳外科医フレデリック(小栗旬)が、婚約者エリザベート(瀬奈じゅん)を残してニューヨークからトランシルベニアに行くと、祖父の研究のを引き継ぐべきと、アイゴール(賀来賢人)と、インガ(瀧本美織)、家政婦ブリュハ(保坂知寿)が迎えます。結局新たなモンスター(吉田メタル―怪優です)を生み出してしまったフレデリックは…。

メル・ブルックスなので、原作も面白いんだろうと思うんですが、やっぱり福田雄一、自由。コメディなんだから、と、今日本で笑えるネタ、時代を問わないギャグ双方で、笑わせてくれます。よく見ると彼の舞台や映画で気心知れたキャストばかり。皆期待を上回るハチャメチャ、アドリブ、そしてきっちりしたダンス、歌。歌は、けしてうまくない人も多いんですが、一応聞けるし、気にならないレベルです。

キャストはこのほか、町のケンプ警部などいろいろな役でやりたい放題のムロツヨシ。彼をテレビも含めて初めて見たのは、福田雄一演出の2014年の「フル・モンティ」でした。その後の彼の活躍!芸人さんとも一味違う喜劇俳優の味の濃い、どこかかわいらしいムロツヨシ、大人気でどのシーンも盛り上がってました。

そして賀来賢人。素顔は正統派イケメンなのに、ケラの「ヒトラー、最後の20000年~ほとんど、何もない~」や、ドラマ「スーパーサラリーマン左江内氏」でなんかこういう方向に行ってる彼、運動神経もよさそうで、演技もダンスもほんとにおもしろかったです。

瀧本美織も瀬奈じゅんもここまでやるかという振り切った演技。瀬奈じゅんは退団当初より貫禄もついて、第2の天海佑希になるくらいの迫力、そして美貌だと思いました。

キャストがキャラ、演技中心の人選なのもあってか、アンサンブルシーンは見ごたえがありました。キャストもダンスシーン、すごくがんばってました。

で、ストーリーは大団円。福田雄一さん、最近すごい仕事量だと思うんですが、とにかくミュージカルでここまで自分のやりたいようにやってくれる人は彼だけ。コメディ路線、期待してます。

「ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣」

Photo  見た人がみんな衝撃を受けた、感動したというドキュメンタリー映画、「ダンサー、セルゲイ・ポルーニン」を見ました。

  セルゲイは1989年、ウクライナ生まれ。生まれたときから体が柔らかく筋力があり、体操を経てバレエですぐ才覚を現します(最近の人だけに、映像がたくさん残っていて天才児振りがうかがえます)。

キエフの国立バレエ学校に入学したセルゲイの学費を稼ぐため、父や祖母は国外に出稼ぎに。そして母の判断で、英国のロイヤルバレエ学校のオーディションを受けて入学を許され(「ビリー・エリオット」みたい!)、ここでも圧倒的な実力を示します。家族のためにがんばってきたのに、両親の離婚に傷ついたセルゲイ。史上最年少の20歳ででロイヤル・バレエ団のプリンシパルとなりますが、タトゥー、ドラッグ、鬱とBAD BOYと言われたセルゲイは、2年後に突然退団してしまいます。

ロシアに行き、テレビのバレエコンテストから人気者になったセルゲイ、イーゴリ・ゼレンスキ―の指導のもと、しばらく活躍しますが、ここでも行き詰まりを感じ、最後にホージアの「Take me to Church」のMVを、ロイヤル・バレエ学校の親友Jade Hale-Christphi (この方もかっこいいんですよ。もう一人の学校のお友だちも!)の振付で踊って引退しようとしますが、それがYoutubeで大人気となり、復活を遂げます。

セルゲイ、ロシア系らしい彫りの深い美形で、180センチ超、手足も長く、完璧な形のお尻、まるで生きたミケランジェロの彫刻、しかしリアルな人の顔まである全身のタトゥが異様。そしてそのバレエは、驚異的な身体能力と表現力。見ているうちに、あ、この人、「オペラ座の怪人25周年ロンドン公演」で踊っていた印象深いダンサーだということを思い出しました。2011年ですから、短いプリンシパル時代だったんですね。とにかくこの若さに似合わない迫力と哀しみのこもった表情で、ドラマチックな人生、映画にしようと思った人、えらい!

バレエダンサーの過酷さもみられます。美しいバレエの陰に、疲労、痛み。殺伐とした楽屋で水と薬を飲むセルゲイ。猿之助の襲名時のドキュメンタリーでも、体中つって息も絶え絶えになっていましたが、代々使う化粧台と花、何より常にサポートに徹するお弟子さんのいる居心地の良さそうな楽屋との違い。プリンシパルのメンタルは歌舞伎役者よりずっと強くないとやっていけないのでしょう。

そしてセルゲイのために人生を捧げた両親、とくにお父さんは息子を深く愛しているのに、孤独感が滲んでいて(インタビューの背景もちょっと荒んでいます)、幸せになってほしいと思いました。

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