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猿之助@「伝統芸能の若き獅子たち(2010)」「ごごナマ」「スジナシ」

猿之助フィーチャーのこれら3本のテレビ番組、すべて9月12日の放映ということで(きゃあ、猿之助まつり!)、録画して見ました。

まず「伝統芸能の若き獅子たち 市川亀治郎」。2010年放送の番組の再放送です。猿之助襲名の2012年に出た「僕は、亀治郎でした。」という本では、この頃の話が詳しく出ていてゆかしく思っていたので、映像で見られて感激でした。

両者を合わせてみると、2009年から始まった亀治郎と3代目猿之助さんの新たな師弟関係、2010年初春からの澤瀉屋の演目の(しかも大作の)復活上演、そして四代目襲名へ、という流れがよくわかります。

2009年末、浅草新春歌舞伎の出し物として、二代目猿之助(初代猿翁)の「悪太郎」に取り組む亀治郎、化粧や振付に苦労していただけに、3代目が稽古を見に来た日、「(3代目から)『猿翁さんに似てる』って言われた」と、ぽろっと言うところがあります(「よかったですね」「似てるってだけだからね。でも…うれしいけど」)。しかし上記の「僕は、亀治郎でした。」によると、このとき、本当は三代目に「猿翁さんに似てるね。…猿之助、継いでね」と言われた、とあるんですよ!うわあ、それについて、猿之助がどう思ったのか、映像ははっきり語っています。それが見られるなんて。

父上の段四郎さんと、悪太郎の振付について話すシーンも、段四郎さんは「頑固で自分でいいと思ったことしかやらない」なんて後でおっしゃっっているように、素直に言うことをきいていないんですが、いつもテキパキ役者やスタッフに接する雰囲気とちがって、彼を溺愛しているという父にどこか甘えている感じがあって、またこれが貴重なものを見た気が。

そして、2月、博多座での猿之助18番の一つ「金幣猿島郡(きんのざいさるしまだいり) 」制作の克明なドキュメンタリー。猿之助ファンなら、彼が新作の苦心を惜しみなく見せるのは当たり前のように思いますが、ほかの役者ではなかなかありません。染五郎、獅童の姿、綿密に打ち合わせる囃方に傅次郎さん、そして不自由な体をおして通し稽古にダメ出しする三代目、そばに寄り添う笑三郎さん。三代目は、自分が半生をかけて作ってきたものが引き継がれるのを見て、そりゃ四代目を彼にするしかない、と思われたことでしょう。

衣装を着けないシルエットで、「金幣猿島郡」の最後の舞踊を少し踊っているシーンも素敵です。当時の華奢な(女形中心だったこともあるのでしょうか)亀治郎の動きの滑らかで美しいこと。白拍子の踊りではずっと膝を内側に曲げたまま、回転のときに少しも体の軸がブレないのがよくわかります。被り物が揺れないのが口伝だとか(「あ、言っちゃった」って)、なかなか誰にでもはできないでしょう。

化粧の筆が絵筆であることを説明してくれるお弟子の澤五郎さん、いかにも古風な番頭さんという雰囲気の方ですが、「隈取をするときは坊ちゃんも(猿之助さんと)同じようにやって…」の坊ちゃん呼び!あの大人数のキャストとスタッフをまとめ上げて細かい指示を出しているヒゲの濃い大人なのに。

NHKの午後のバラエティ「ごごナマ」は、ワンピース歌舞伎再演を前に、猿之助と尾上右近がゲスト。紹介に黒塚や四の切(狐忠信の回転は、先月のみっくんに比べてやはり格段の美しさ!)、二人が共演した連獅子の映像があったり、二人のほほえましい関係をうかがわせるエピソード満載で、さすがNHK、たっぷりでした。

質問コーナーで、「相手よりいい男だ」にYESと答えた猿之助、理由を問われて、「実際には彼の方が若くてかっこいいかもしれないけど、自分がいい男だ、と思って出なければ、お金を払っていただくお客様に失礼」。――ああ、なんていい言葉。どんな役でも常にドヤ顔の、究極のドヤ役者、ですもんね。

最後はTBSで深夜に放送された「スジナシ」。鶴瓶がゲストと台本なしの即興で観客の前で芝居をし、あとから録画を見ながら振り返りを行う、というシリーズ。

今まで見たことがなかったので、ほかの俳優と比較してどうかはわかりませんが、とある理事長室を舞台に、理事長カモイケ(猿之助)が政治スキャンダルで逮捕の危機、信者をどうする、と傀儡教祖(鶴瓶)と話し合うという設定を猿之助が強引に作り、関西弁を封じられた鶴瓶がタジタジとなるという展開。でも本人がいうほど何もできなかったわけではなく、ちょいちょい繰り出すジャブもあって、なかなか面白かったです。「カリスマに足りないものがない」なんて、へんなセリフもありましたが、力でねじ伏せた感じ。

振り返りで話す内容がやはり論理的で、ファン的にはそちらも見どころ。実名をちょっと変えて、政治批判だと言われないようにしてきた歌舞伎の技を使ったとか、スーパー歌舞伎の「大いなる詐欺師」のセリフを使ってみたかった、とか。

というわけで、いろいろな猿之助をみられた、たいへん充実した1日でありました。

亀治郎/猿之助関係のコンテンツを検索していたら、こういうのもありました。玉木正之さんの亀治郎インタビュー初出は2001年です。亀治郎の言っていることは、驚くほどその後と同じなんですが、それより注目は、2000年頃のスーパー歌舞伎「新・三国志」で本水の立ち回りをした直後の亀治郎の顔についての、玉木さんの以下の記述。

「…そのとき花道に立っていた役者の横顔がよかった。見事だった。まるで客席を睥睨するかのように、顎を突きあげていた。その姿は傲岸不遜のようでありながら、若き花形役者ならではの心意気と美臭が匂い立っていた。
 観客に媚びず、しかし、観客を侮らず、「何なら、もう少し、お水をおかけしましょうか…」とでもいいたげな若者の姿に向かって、私も私の母親も、大きな拍手を贈ったのだった。
 これは、並みの役者にはできない顔であり、立ち姿である。出雲の阿国なのか、近松なのか、いつの時代までさかのぼるべきなのか、私にはわからないが、おそらく日本の歌舞伎という何百年かに及ぶ伝統というものが創りあげた顔であり、立ち姿といえるものに違いない。」

これですよ、これ。それから20年近くたっても、変わらない彼の魅力です。

そしてもう一つ、首都大学東京の高本教之助教の「三代目から四代目へ…「市川猿之助」覚書」 。分析的でありながら、ファン感情満載の面白い論文です。その一節に、2002年の第1回亀治郎の会のときの、三代目の評があります。「非常に才能があるし、努力家で頭もいい。ただ一点足りないのは、華が足りない。それから器量があんまりよくない…(それは自分で克服すべき)…」。それに対して筆者は、今では四代目の器量が悪いというのは少数派のようであり、それは顔の造作云々というよりも「華」があるから美しく見えるいという種類のものであるからである。だから、彼の器量の良さは四代目が十年の歳月をかけて自身でえたものり、亀治郎が自ら獲得したもの、と書いています。亀治郎愛にあふれた記述ですよねえ。

このほか、天才子役時代のお話や、三代目が天才子役と評したのは富十郎、十八代勘三郎、亀治郎とか、興味深い記述が続きます。この論文、歌舞伎のもっと大きな話もしているのですが、今日はファン目線の記事なので、割愛します、すみません。

ちなみに、雑誌「演劇界」の、2012年の猿之助襲名についての座談会では、「ヤマトタケル」の四代目について、「三代目の女方は加役の面白さだったけど、四代目はきれいだから…」「あれなら熊襲も騙される、と思わせる」と評されています。そう、四代目の女方はきれいなんです!

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