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中川右介「歌舞伎 家と血と藝」

Kabuki_歌舞伎の家系図に出てくる7家(團十郎、菊五郎、歌右衛門、幸四郎、吉右衛門、守田勘彌(三津五郎)、仁左衛門の各家が、明治以降どのように興隆してきたか、ということについてひたすら書きつづった本です。講談社新書といっても400ページ超の労作です。

歌舞伎歴1年足らず、役者の名前を覚えてきて、「あらすじで読む名作歌舞伎50」の巻末の家系図と日本俳優協会の「歌舞伎俳優名鑑」を眺めている私のために書いてくれたようなもので、たいへん面白く読みました。これで、昔の歌舞伎役者についての評論等も、興味深く読めそうです。

興味のない方にはまったくつまらない本です。誰が誰の養子で、その後に実子ができて、後は誰がついだ、その子は誰に預けられて名優○○となった、誰は美貌の女形だったが若くして亡くなった、廃業した、自殺した、東宝に移籍した…ということが、3つの時代ごとに、各家系ごとにひたすら書いてあるだけ。人気があったとか権力があったということは書いてありますが、芸自体の批評はほとんどありません。でも、そこがまた、今はこういうことになっているけどそうだったのか、と思うこともいろいろ。

さて、この本を読んで私が思ったことを順不同であげてみましょう。

・今は、歌舞伎は家柄が全て、御曹司でなければ大きな役はつかず、玉三郎や愛之助は例外のように言われているけど、歌舞伎の家はまったく血統でつながっていない。昔は養子ばっかり。芝居茶屋の子や弟子筋が継いでいるケースが多い。

・勘三郎の死の意味。彼自身が卓越した役者であったことのほかに、血筋や芸の承継という点からも、早すぎる死が惜しまれる。

・九代目團十郎、熱心に取り組んだ活歴劇は大衆には受けなかったというものの、後進への影響は大きい。

・菊五郎家の広がりの大きさ、梅幸という名との因縁。

・名跡の格はけっこう逆転する。フグ毒で亡くなった八代目三津五郎は人間国宝だったので有名でしたが(このニュース覚えてました)、実はこの名はずっと脇役で(人間国宝は舞踊でのもの)、当代の10代め三津五郎は実力で主役を張るようになった。

・三代目時蔵の息子5人は歌舞伎では大成しなかった。しかしその中には映画・テレビで活躍した萬屋錦之介、中村嘉津雄の名優がいた。そして孫の二代目錦之助、ひ孫の隼人はみんな美形。

・三重の土建業の息子で幸四郎家の養子となった7代目幸四郎は、息子が11代目團十郎、8代目幸四郎、2代目尾上松緑と名優ぞろいで子孫がみな栄えている。松緑さんって、ここに位置する人だったんですね。私、大河ドラマ「勝海舟」の海舟の父役、大好きでした。

・五代目歌右衛門、六代目歌右衛門の政治力、当代では吉右衛門の政治力。

・仁左衛門家の偶数代の悲劇。そして、次の仁左衛門は愛之助が継ぐんでしょうか。

・歌右衛門、鴈治郎家(珍しく実子が連なる家系)と福助家に連なる大家系の複雑さ。

・猿之助家は独自の道、歌舞伎座にもまだ当代の猿之助は出ていない。だからといって、この本で触れないのもあんまりだと思いますが。その意味では、香川照之の中車の襲名は、歌舞伎界においてはさほど意味のないことなんでしょうか。先代の中車は脇役とはいえ、なかなか政治力のあった人のようです。

読んでいない方には全く意味不明かと思いますが、備忘録として。後から読んだらこのころはわかってないなあなんてことになりそうですが。

 

 

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